第13話:騎士は悪魔について知る


「うふふ、デートという物はとっても素敵な物ですね」

「気に入ったのなら、何よりだ……」


 目の前でケーキを頬張る美形悪魔を見つめながら、俺はもの凄く複雑な気分で目の前のチョコレートケーキをつついていた。

 場所は以前カインとデートをしたあのケーキ屋で、またしても男二人で来たせいか店員にもの凄く怪訝な顔をされている。


 同性婚が許されている世界ではあるが、実際にしているのは少数。

 そもそもここはゲームでもヒロインと攻略キャラがイチャイチャしていた場所の一つだし、客も男女カップルばかりだ。

 そんな中、人間に化けていても美しすぎるレインと、無駄に体格の良いおっさんである俺が窓辺の席にすわり、向かい合ってケーキをつついていたらそりゃ目立つ。


 正直、レインがデート場所にここを選んだときは勘弁してくれと思ったが、一度交わした約束を破るような人間にはなりたくない。

 だから今日はレインの望むようにしようと決めて、奴が食べてみたいというケーキを五つほど頼んでやった次第である。


「たしかにこのケーキというのは、不思議と腹が膨れますね」

「ケーキがあれば、人間の生気なんて必要ないだろ」

「ええ、びっくりです。人の物は食してはいけないと言われていましたが、むしろ生気よりずっと力が出ます」


 そう言って幸せそうな顔でケーキを頬張っているレインは、最初にあったとき以上に人間らしい表情を浮かべていた。

 猫になったり、翼が生えていたりと容姿や能力こそ悪魔じみているレインだが、攻略キャラだけあり人間味がある。


「食してはいけないって言うけど、そういうルールって誰かが決めたのか?」


 悪魔にも法律やルールがあるのかと気になって尋ねると、レインがそこで小さく首をかしげた。


「誰って、他ならぬ主様ではありませんか」

「いや、知らねぇよそんなの。そもそも魔帝っていっても、俺と前の奴は赤の他人だし」

「赤の他人ではありません。主の肉体と魂は歴代の魔帝と同様の物ですから」

「でも俺は俺だ。前の記憶なんかないし、誰かと融合したような感覚さえない」


 だからこそレインの言葉が納得出来ないのだと告げると、奴はここに来てようやく俺という人間に目を向けたようだった。


「言われてみると、主様の気配はまるで別人ですね。肉体を構成する要素は同じですが、溶け合ったはずの魂はかつての主様の色とまるで違う」

「色なんて物が見えるのか?」

「見ようと思えば見えます。でもうむ、確かにこれは興味深い」


 ほっぺにチョコクリームをつけながら、真面目な顔をするレイン。

 何やらシリアスな話が飛び出しそうな雰囲気だが、クリームが台無しにしているので俺はそれを指で拭ってやる。


 その途端、窓の外から「ひぇえええ」と悲鳴が響き、俺は自分の軽率な行動を後悔した。


「前々から思っていたのですが、主様の女神は尾行とのぞきが趣味なんですか?」

「……まあ、そんな感じだ」


 レインに腐女子のイロハを教えても理解できないだろうし、ひとまず誤魔化す。

 それから俺は、カインとのデートの時と同様に、通りの向こうからこちらを見ているギーザに目を向けた。

 人をストーカーっぽいと言っていたが、よくよく考えれば彼女も似たような物である。

 ここまで来たら少しくらい喜ばせてやろうと思い、指についたままの生クリームをペロリとなめれば、新しい悲鳴と共にグッジョブといいたげな顔でギーザが親指を突き上げた。


 彼女が大喜びしてくれるのは嬉しいし可愛いが、どうせなら別の形で喜ばせたかった気もする。


「ギーザとも、デートしてぇなぁ」


 思わず溢すと、レインが何かを探るように俺の胸の辺りを見る。


「魔帝が人間に恋をするなんて、やはりあなたの魂はこれまでの物と違うようですね」

「だからそう言っているだろう。身体は変わっても、俺は今もアシュレイ=イグニシアって人間なんだ」

「しかし魔帝の魂と溶け合った者が、変異を免れることなど今まであり得なかったのに」

「みんな同化したって事か」

「はひ、ほのほうりへふ。……んぐっ、あと、ケーキおかわり下さい」


 ケーキを食べながら喋る彼に「行儀が悪いぞ」と突っ込む。

 それから俺は追加のケーキを頼むのと引き換えに、レインから魔帝のことを聞いてみようと思い立つ。


 俺は基本ポジティブ思考だし、自分が悪者にならないという自信があるが、ギーザを筆頭に俺の今の状況を憂う奴は多い。

 だからみんなが無駄な心配をしないで済むよう、もう少し魔帝とやらについて知っておこうと思ったのだ。


「そもそも魔帝って――それに悪魔って何なんだ?」


 その辺りについて、ゲーム内ではあまり説明がなかった。少なくとも俺が主にプレイしたセカンドシーズンでは、恋愛を盛り上げる敵として安易に使われる要素でしかない。

 そしてこの世界でも、『悪魔』は得体の知れないモノ。未知の存在として扱われ、その正体を知る者も解き明かそうとする者も不思議といない。

 だがレインなら知っているのではと思い、アップルパイを引き換えに質問を投げると、彼は躊躇いも無く口を開いた。


「魔帝とは、我々悪魔の創造主にして、闇の女神の子供です。女神様の意志を受け、この世をより良くするために生み出されたと言われおります」

「闇の女神って、なんか聞いたことあるな……」


 だが多分この世界にある知識ではない。となればゲームかファンブックあたりかと考えながら、記憶を探る。


 確か女神に関する記述は、ファンブックに書かれた世界観設定のページにあった。

 それによると、この世界は闇と光の力を持つ二人の女神によって作られたらしい。

 しかしそこに住まう生き物を作る過程で二人は大げんかになる。

 完璧主義の闇の女神は強靱な肉体と魔力を持つヒト――後の悪魔――を作り、光の女神は欠点こそが美しき者だと主張し、肉体的にも精神的にも脆弱なヒト――いわゆる普通の人間――を作った。

 その後女神たちは仲直りする間もなく眠りにつき、代わりに彼女たちに作られヒトたちが代理戦争を行ってきたが、戦いは人間の勝利に終わる。そして悪魔は地の底に追いやられたが、いずれ復活する日を虎視眈々と狙っている……。


 と言う、割とベタな世界設定がファンブックには書かれていた

 だがその世界設定も正直ゲーム本編とは関わり合いがない。だから今の今まですっかり忘れていた。


「人類創造しながら姉妹で喧嘩とか、はた迷惑にも程があるよな」

「め、女神様をちっとも敬わないなんて、やはり魔帝……いやアシュレイ様は今までの主とはひと味違う!」

「いやだって、つかなかった決着を人類に押しつけて眠る神ってどうなんだよ」

「まあ言われてみるとそうですね」

「っていうか誰か突っ込まなかったのかよ。『俺たち関係なくね? 争う理由ないしラブアンドピースでよくね?』って普通なるだろ」

「らぶあんどぴぃすと言うのが何かはよく分かりませんが、悪魔の方には戦う理由があります。人間の生気がなければ、我々は生きてはいけませんし」

「ケーキですむだろ」

「すみそうですね」

「……っていうか、その理由付けのために食べ物禁止されてたんじゃねぇの?」


 何気なくこぼれた言葉だったが、割と的を射ているのではと言う気がする。


「相手を殺して食べなきゃ死ぬぞーって言われたら、そりゃ必死になって襲うし」

「言われてみるとその通りです」

「それにお前も散々言ってたけど、魔帝と悪魔の目的は人類を滅ぼす事なんだろ? もし人間の生気しか糧が無いなら、人類滅亡したら悪魔たちも死ぬだろ」

「た、確かに――!」


 もの凄く単純なことに、レインは心底驚いている。


「そういうこと、今まで考えなかったのか?」

「はい、かれこれ200年ほど生きてきましたが全く考えませんでした」

「お前……凄い長生きのわりに結構抜けてるよな……」


 その割には少々考えが足りないし、どことなく思考が幼すぎる気がするが。


「生きていた……というより生かされてきたと言うべき200年でしたからね。魔帝の能力によってほぼ傀儡化していましたし、こうして自分で思考するようになったのはアシュレイ様が王となってからですし」


 ケーキを頬張るレインの表情はのほほんとしているが、予想していたより奴の言葉は重い。

 200年も傀儡って、恋愛ゲームのキャラ設定としてしんどすぎる。


「アシュレイ様、さっきから顔色が悪いですが大丈夫ですか? 私のケーキいりますか?」

「いや、大丈夫だ……。それよりなんというか、この200年辛かったな……」


 突然のシリアス設定について行けず、ろくな言葉もかけてやれない自分が情けなかった。

 けれどレインは感激した顔で、ほっぺにクリームをつけている。


「かつての私は意思もなかったので、つらくはありません」


 でも……と、レインは嬉しそうにはにかむ。


「自分で考えて行動するのは何だか良いですね。アシュレイ様とのデート先を選んだり、ケーキを選んだりするのは楽しいです」


 美しいその微笑みに、俺は思わず息を呑む。

 こ、これが攻略キャラの底力か……。美しい顔にはにかんだ笑顔を浮かべ、そんなことを言われたらちょっとぐらっとくる。


「け、ケーキで良ければ好きなだけ食べろ」

「あ、紅茶のおかわりもいいですか?」

「ああ、何杯でも飲めばいい」


 デートはギーザとしたかった、なんて思って本当に申し訳ない気持ちになる。

 お前が望むならケーキ屋でもどこでもこれからいっぱい連れて行ってやるからなと思いながら、俺は注文を追加するレインを眺める。

 それから奴がケーキを堪能するところをひとしきり見守った後、俺は話を戻すことにした。


「そういえば、お前のように悪魔はみんな傀儡化されていたのか?」


 問いかけに、レインはケーキをモグモグしながら考え込む。


「全てではありませんが、魔帝の参謀たちはほぼそうですね。自分の意思で服従していた者も昔はいましたが、人間との戦いが長引くにつれて魔帝にたいして懐疑的になるもの増え、魔帝は皆を『魔眼』で無理矢理従わせていました」

「じゃあお前が傀儡から解かれたように、他の者たちも今は自由なのか?」

「はい。故にあなたを捜していたのは私だけだったのです。生まれてすぐ傀儡にされていた私はともかく、みな魔帝には多かれ少なかれ酷い目に遭わされていたようで、関わるのはこりごりだと……」

「悪魔も一枚岩ではなかったと言うことか」

「我々の王は大昔に一度、人間と戦って大敗しましたしね。肉体を失っていたし、運良く人の身体を乗っ取り復活できたとしても、勝利は無いだろうというのが大多数の見解で……」


 実際、俺の状態を見るに奴は乗っ取りに失敗している。それにゲーム通りギリアムの身体を乗っ取れていたとしても、少女の愛の力で倒される位だから名前の割に持っている力も権威もさほどではなかったのだろう。


「女神の息子……の割にはたいしたことないよな魔帝って」

「作られた当時はとてつもなく強かったそうですが、何千年も生きているうちに肉体と魂が劣化し、ここ300年ほどは従来ほどの力を出せなくなったようです」


 そうしているうちに人類の躍進が始まり、魔帝は倒されたのだろう。

 この世界で聞かされた歴史によれば、人類が悪魔の王を倒したとされるのが今から約二百五十年前。それをきっかけに人間はこの世界の覇者となり、多くの国々を建国したとされている。ゲームの舞台であり、俺たちが住むイングリード国が出来たのも同じ時代だ。


「魔帝が弱っていたいおかげで、人間は勝てたのか」

「まさしくその通りです。劣勢になるうち、魔帝は人間の強さをしり、自分の魂を人に移すことでその力を得ようと考えました。故に自分の魂の一部を指輪に移したのですが、結果的に劣化が加速し人間に倒されてしまったのです」

「そのとき、お前は自我に目覚めなかったのか?」

「我々にかけられた魔法が解けるのは、魔帝の魂が欠片も残さず消滅するか、魔帝自身が魔法の継続を望まないときだけです」


 つまり、指輪の中に残ったちっぽけな魂でも、それがある限り悪魔たちは自由にはなれなかったのだろう。そう思うと、彼らが少し哀れだ。


「なのでアシュレイ様が力を継承するまで、多くの悪魔が魔帝の復活に尽力していたのです。魂の封印された指輪を魔力の高い人間にはめさせるために、画策していた者も多数おりました」

「もしかして、ギーザと母親を襲った悪魔たちも……」

「魔帝復活を主導する悪魔に従った者たちです。ただまあ、その際悪魔よりも恐ろしい男が現れたらしく、作戦は失敗したようですが」


 それが俺であるということは、どうやらレインには伝わっていないらしい。知られたところで怒られたりはしなさそうだが、言うべきか少し悩む。


「ちなみに復活を主導していた者はいまどうしている」

「彼らもまた傀儡となっていたが故にそうしていただけで、今はようやく訪れた自由を喜び家族と静かに暮らしております。多くの悪魔は、勝ち目のない戦いから離れ、ひっそり暮らしたいと願っている状況ですので」


 それでも生きるために人は襲っているようだが、ケーキで事足りることを知ればそれも無くなるだろうとレインは告げる。


「人を襲わずに済むと、他の悪魔に伝えることは出来るか?」

「可能です。たぶん、伝えずとも察する者も少なくないでしょう。先日知人から、東の国にある『納豆』と呼ばれる食べ物を食せば生気を得ずとも生きられるという手紙を頂きましたし」

「よりにもよってそれをチョイスするのか」

「私は食べたことありませんが、まずいのですか?」

「苦手な奴は苦手だろうな。だから納豆以外でも生きられると、広まることを祈っている」


 かくいう俺も納豆は嫌いだし、それがこの世界にもあると知って戦々恐々としている次第である。


 それが何となく伝わったのか、レインが俺を見て目を丸くした。


「魔帝であるアシュレイ様にも、苦手なものはあるのですね」

「そりゃいっぱいあるだろ。っていうか、魔帝だってそんな無敵じゃ無かっただろ」

「まあたしかに、弱点とする魔法などもありました」


 そういえば火属性の攻撃に弱かったなと、ゲームのラストバトルを思い出す。

 特に火に弱すぎて、火炎瓶でも倒せるのが悪魔と愛の銃弾のラスボスなのだ。

 アクションゲームが苦手な女子向けの設定なのだと思うが、序盤から拾えるアイテムで殺せる弱さには少々同情する。


「バトルより恋愛に主軸をおいた乙女ゲーなら、まあそれでもいいのか……」


 でもそういえば、ラスボスよりその前のボスが強かったんだよなぁ……と考えたところで、ふと違和感を覚える。

 やたらと状態異常を使ってくるそのボスに苦戦した覚えはあるが、その詳細が思い出せないのだ。

 悪魔だった気がするが、あいつは一体誰だったのかと悩んでいると、レインが突然身を乗り出してくる。


「前から気になっていたのですが、おとめげーというのはいったい何ですか? アシュレイ様の女神様も、良くその単語を口にされますよね」


 どうやらレインは、こっそり俺たちの会話を聞いていたらしい。

 ギーザとのやりとりの意味が分からず不思議だったと言い出す彼に、俺はもういっそ彼にも事情を話してみるかと思い立つ。


 レインとは今後も長い付き合いになる気がしたし、話してみるのも良いかと思ったのだ。


 だから追加で注文された山のようなケーキをレインが食べているあいだに、俺は自分とギーザの不思議な運命を話すことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る