第12話:騎士は攻略キャラを探す


 とりあえず総受け展開は回避する方向で、俺はギーザのためにこの世界をよりゲームに近づけようと決めた。

 そうすればギーザも過去を忘れて、心の底から今の人生を楽しめるに違いない。


 そのためにもまず、必要なのはさらなる調査である。


 午前の短い授業を終えた後、俺はギーザと彼女の部屋に引きこもり、さっそく攻略キャラの捜索を試みることになった。

 とはいえ難しいことはない。攻略キャラは一部を除けば全て護衛として校内にやってきた者たちなので、アシュレイの立場と名声を使い教師から護衛のリストを貰えば簡単に解決する。


 そもそも学園の生徒数はさほど多くないので、呼ばれた護衛の数もそう多くはない。だからリストさえ手に入れれば探すのは容易なはずだったのだが……。


「アシュレイ、見つかった?」

「いや、こっちはなにも……」


 ベッドに腰掛け、ギーザと2枚ずつに分けたリストを手に目をこらした物の、見覚えのある名前は一人もいない。


 俺とカインを除き、学園にはあと五名のキャラが来るはずだが、そのどの名前もここには書かれていなかった。


「やっぱり、ハンカチを盗むだけじゃ吸引力がなかったのだろうか……」


 しかしパンツはやり過ぎだし……とリストを手に肩を落としていると、ギーザも考え込む。


「でもあの事件、学園じゃかなりの騒ぎになったわよ」

「ハンカチでも?」

「そもそも悪魔からのメッセージってだけで大事だもの。内容を見て私はすぐアシュレイかもって思ったけど、アレを見て泣き出す子もいたし」

「そ、それは悪いことをしてしまった……」


 その子がトラウマになっていないかと心配になっていると、ギーザがもう一度リストに目を向ける。


「特に攻略キャラの『イオス』と『ジャミル』を連れてくる鼻持ちならない令嬢なんて大騒ぎしてたし、この二人くらいは絶対来ると思ったのよね」


 ギーザの手元を覗き込むと、鼻持ちならない令嬢こと『ベリル』に護衛が二人つけられたと言う記載はある。だがリストに書かれた名前は、どちらも別人の物だ。


「そもそもその二人って、アシュレイの部下だったわよね確か」

「そういえば、ゲームではそんな設定だった気がするな」


 部下と言うより、教師と生徒的な関係だったはずだ。

 イオスとジャミルはいわゆる双子兼ショタ枠。

 といってもゲームでは十四歳の設定なのでグレーなショタだが、実年齢より更に幼く見える外見をしている。

 そんな二人は子供の頃騎士団に拾われたという設定で、そのとき面倒を見ていたのがアシュレイなのである。

 その後イオスとジャミルは魔力の高さを買われ、悪魔を狩ることを目的に設立された『討伐隊』に入ることとなり、そこから令嬢の護衛として派遣されてくるのだ。


「ただ俺は面識が無い。ゲームの設定と年齢から考えて、二人が騎士団に拾われた頃俺は寝ていたし……」

「そっか、だから設定にある出会いも無かったことになるのね」

「そもそも、討伐隊って今どうなってるんだ? 悪魔はこのところ活動が見られないって言うし、仕事もなさそうに見えるが」

「隊自体は今もあるけど、規模は縮小されたし解体も時間の問題って言われているわ。ほら、討伐隊って血の気が多い人が多いし、イオスとジャミルもちょっとイッちゃった感じのどSショタでしょ? 悪魔を殺す以外の仕事が出来ない人が多いから、国王陛下も持て余してるみたい」


 言いながら、ギーザはそこで何故か残念そうに肩を落とす。


「でも鬼畜枠がいないのは残念ね……。アシュレイとの3P、楽しみにしてたのにな」

「いやいやいや、しないぞぜったい!」

「えー、元上官を媚薬で蕩けさせて二人がかりで雌堕ちさせるイベント楽しみにしてたのに」

「そんなイベントは、公式にはない!」

「私の中では公式だったのに」

「色々アウトだろ! それに、仮にも元夫だぞ? 元婚約者だぞ? それが雌堕ちしてもいいのか?」

「むしろいい」


 分かっていたが、断言されると悲しかった。


「あの二人が来なくて良かった」

「いやでも、まだ断言するのは早いわよ。これから来るって可能性もなくはないし」

「ならなその可能性を今すぐ消したい。3Pされるくらいなら、むしろ奴らの存在を消したい」

『ならいっそ、消します?』


 そこで突然会話に割って入ってきたのは、ここ数日大人しくしていたレインである。

 今日も朝から庭で寝ていると思っていたが、気がつけば黒猫モードで俺の膝の上にいた。


「今のは言葉のあやだ!」

『でも主が望むなら大喜びで殺しますよ』


 可愛い顔でにゃぁにゃぁ泣きながらも、さすが悪魔だけあって台詞が酷い。


「殺しなど許さん、これは命令だ!」


 だから念のためにときつく睨み付けた瞬間、レインは慌てて飛び上がる。


「あ、アシュレイ……」


 だが飛び上がったのはレインだけではなかった。

 俺の顔を見て血相を変えたのはギーザも同じで、彼女は怯えた表情で俺を見つめている。


「ん、どうした?」

「いやあの、瞳が……」

「瞳?」

「レインのこと睨んだ瞬間、もう片方の目も悪魔みたいに赤くなったの。だから、心配で……」


 慌てて瞬きしてみるが、自分では何かが変わった感覚は無い。


「こ、怖がらせてすまん! 目に力を入れすぎたせいで、もしかしたらおかしくなったのかもしれない」


 こんな些細なことで変化が出ると思っていなかったので、俺は慌ててギーザから顔を背ける。

 一方で、俺の視線から逃れたレインは嬉しそうににゃーとないていた。


『おかしくなったどころか絶好調ですよ主様。今のは他の悪魔を問答無用で従わせる“魔眼”です! 魔帝が使える貴重な力ですよ!』

「どこが絶好調だ! そんな力など俺はいらん!」

『いらないもなにも、既に備わっている力の一つです。ああ、真なる王としての覚醒がきっと近いのですね!』

「不吉なことを言うな!」

『不吉こそ魔帝の証! いずれあなた様は全人類を滅ぼす厄災の王となるのです!」

「だから、滅ぼすわけないだろ! 人間が全員死んだら、ギーザが大好きなイケメンも消えるだろう!」

『というか、その子も消えますね』

「ギーザは俺の女神だぞ! 消すことなど絶対にない!」

『じゃあいっそ悪魔にしたらどうでしょう。そうしたら永遠に、彼女は主の傀儡です』

「しない! 俺は、ありのままのギーザが好きなんだ!」


 傀儡なんて冗談じゃないと憤慨していると、レインが呆れた顔でにゃーとなく。


『いやでも、そうでもしないと彼女は主に靡かないじゃないですか。ここ数日の間様子をうかがってましたが、脈無いですよね全く』

「そ、そんなことは……あるけども……!!」

『わかってるなら悪魔にしちゃいましょうよ。そしたらやりたい放題できますよ』

「やりたい放題なんて求めてねぇよ! むしろ俺は、やりたい方題するギーザに振り回されたい!」


 振り回すより振り回されたいタイプなんだと豪語した瞬間、ギーザに軽く小突かれた。


「馬鹿なこといってないで、もうちょっと真面目に状況を見てよ。レインはこう見えても最上位の悪魔だし、それに『主』って呼ばれるなんて凄くヤバイ状態なのよ」

「それ、前にギリアムとマルにも言われた気がする」

「なら馬鹿げた口論してないで、自分がいかにまずい状態か把握して。魔帝って言ったら、悪魔と愛の銃弾シリーズ通してのラスボスなのよ? それに自分がなりかけてるって、分かってる?」

「でも平気じゃないか? 魔帝ってなんか影薄いし、最後の最後に突然出てくる上にヒロインにやられるからあんま強そうじゃないし」

「確かに私もショボいなとは思ってたけど、もしあなたが魔帝ならいずれヒロインに倒される運命にあるって事なのよ?」


 あり得ないと言いたかったけど、そこでセシリアから銃口を向けられたときの恐怖がよぎる。


「無いとは言えないでしょ? セシーはSTR極振りな上に、カインの件で既に恨みを買ってるし」

「い、いやでも大丈夫だって。俺にはセシリアに喧嘩を売る理由も無い」

「今は良くても、いつ何が起こる変わらないじゃない。レインが言うとおりあなたが魔帝として覚醒しかけてるのだとしたら、アシュレイがアシュレイじゃ無くなることだって……」


 そこで言葉を切り、ギーザが何かをこらえるように唇を噛む。

 泣きそうな顔が見ていられず、俺は慌てて彼女の頭に手を置いた。


「大丈夫だ。確かに身体と力は悪魔に近づいた気はするが、少なくとも心に変化は無い」

「けど、急に悪に目覚めたりとか」

「ない。心には、ギーザへの愛しかないし」

『え、私は?』


 言葉を挟んできたレインの口をつまんで黙らせると、ギーザがようやく笑みを取り戻す。


「レインも大事にしてあげて。一応攻略キャラだし、デレると滅茶苦茶優しい便利なキャラよ」

『便利とは何ですか! それに私はちょっとやそっとで絆されるような低級悪魔とは違――』

「レイン、良い子でいるならお前を大事にしても良いぞ」

『良い子ににゃります!!!!』


 驚きのチョロさだった。

 チョロすぎて逆に不安になったが、ニャーニャーすり寄ってくるレインはこちらを騙している気配は無い。


『主に大事にしてもらえることこそ悪魔の悦びです! だからして! もっと大事にして!』

「じゃあ人を殺すのはなしだぞ」

『殺さなければ、私を大事にして頂けますか?』

「ああ。あと、ギーザを不安がらせるようなことを言うのも禁止だ」

『いいません』


 ゴロゴロ喉を鳴らし、人の膝の上でお腹まで見せるレインが心配になってくるが、喉とお腹を撫でてやると奴は心の底から幸せそうな顔をする。


『あと、もっとかまってもらえると、なお良い子になります』

「……もしやお前、カインのデート発言以来俺が構ってなかったから拗ねてたんだろ」

『めっちゃ拗ねてました! だから魔帝の自覚が芽生えれば私のことを思い出していただけると思って、先ほどはつい煽ることをいってしまいました! すみません……!』


 構ってくれないの寂しくて……! とごめん寝ポーズをするあざとい猫を、割と本気で可愛いなと思い始めた俺である。チョロいのは、俺も同じかも知れない。


『魔帝とデートなんて私だってしたことが無いのに……、悔しくてたまらなかったんです』

「あー、じゃあお前もデートするか? それで人間を傷つけない良い悪魔になるならしてもいいぞ」

『そ、そんな……デートなんてそんな……嬉しすぎて死んでしま……う……』


 というか現在進行形で、レインは恍惚とした表情でぐったりしていた。

 多分俺とのデートを妄想し、幸せのあまり意識が飛びかけているのだろう。


「アシュレイ、あなたまた一人攻略キャラを陥落させたわね」


 失神しかけたレインを撫でている俺に、呆れた視線を向けたのはギーザだ。


「いや、カインは未遂だったしこれも陥落と言えるかどうか……」

「セシーへの溺愛で霞んでるけど、カインのあなたへの好感度はほぼMAXよ。それに見てよレインの幸せそうな顔……、ゲームのスチルでもこんな顔見たこと無いわ」

「レインのスチルは、こういう感じじゃ無いのか?」

「甘い顔するけど、こんなにデレッデレじゃないわよ。っていうか、人間モードのデレ顔もちょっと見たいわ」

「レイン……」


 命令する間もなくそこで突然膝の上の重さが増した。

 同時に胸元に大きな身体がのし掛かり、俺は慌てて体勢と立て直す。


「やばい……なにこれやばい……」


 などと言いながら悲鳴を上げているギーザの目に映っているのは、全裸で俺に身を寄せる人型モードのレインである。


「主……! 主の腕に抱いて抱けるなんて、私は世界一幸せな悪魔です」

「わ、分かったから戻れ! それか服を着てくれ!」


 向かい合わせの上に、レインが俺の膝に跨がっている形なので股間の物が嫌でも当たる。

 それにぞわぞわしたものの、レインは幸せのあまり完全に意識を飛ばした。


「おい、失神すんなレイン! こんな状態でぐったりするな!」

「が、眼福すぎる!!! ピクシブでもこんなの見たことない!!!!」

「ギーザもそんなに見るな! 俺以外の男の肌なんて見るな!」

「レインの裸なら、前世ではいっぱい見てたし良いじゃない。あ、スケッチしよ、あとで本にするときの参考にしよ」


 本という単語に嫌な予感を覚えたが、この世界には即売会もピクシブもないので、俺の痴態を絵にして売られることはたぶんない……と思いたい。


 とはいえどこからか取り出したスケッチブックを構えるギーザの目は血走っており、下手に動くことも出来ない。

 

「頼むレイン起きてくれ……。っていうか、魔眼発動しろよ! 中二病的なパワーが目覚めるなら今だろ今!」


 などと目に力を込めてみたが効果はなく、もちろん呼んでも揺すってもレインが起きる気配は無い。

 それに悪魔という物は、無駄に重いのだ。


 そのせいで結局、俺は全裸のレインを抱き締めたまま、二時間ほど過ごすことになるのだった……。

 

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