禍憑姫の祓ヰ師

三流木青二斎無一門

【前章『序』】



俺ん親父はチンピラで、ヤクザん所のアシをやってた。

香港辺りからマワして来た葉っぱァ売り捌いて、上ん奴らに払う金を作ってたんだと。


お袋クソババアは、糞みてェな親父から買ったモンでハネ回って、頭がラリっちまった。

実家の金ェ盗って勘当されて、親父に金の代わりに抱かれて、そんで俺が生まれた。

そん後は、薬の為に泡に溺れて、身も心もボロボロになって、それでも金が無ェから団地の一室で客取って金を作ってた。


俺はクソババアの喘ぎ声を聞きながら育って来てよ。

たまに来る親父が金をむしり取っては気まぐれに暴力みてぇな性交したり、ヤクザから成り上がったのか、下っ端にも抱かせてビデオを撮ったりして……どうしようも無ェクソみてぇな日常を過ごしていた。


今じゃあ、俺はあんなヤク中毒になって、最終的に首を括って死んだババアなんざどうでも良い。

けど……ガキん頃はババアだけが俺の世界だった。

だから、暴力を振るう親父が何よりも嫌いで、倒してやる、なんて馬鹿な妄想をしてたんだよ。


ある時、おふくろの客が気まぐれに、俺に玩具をくれた。

それは、当時のテレビでやっていた正義の味方が装着して戦う変身ベルト。


『ガガーンッ、変身ッ!』なんて音が出て来る作りの良いモンだった。

その客の子供に渡そうとしたが、要らないと言われたから持って来たんだと。

大方、ババアの気を引く為に、まずは外堀から埋めてやろうと言う魂胆だったんだろうが、くだらねぇ。


けど、何も買って貰えなかったそれは俺にとっては唯一の宝モノになった。

腰に巻いて、見たことも無ぇ特撮番組のヒーローみてぇな真似をして。

変身、なんて叫んで、自分がヒーローになった気になって。

正義の味方は居るんだ。俺に力をくれたんだ、って、本気で信じてた。

夕方、夏の蝉が煩い時。


俺は隣の部屋で寝ていて、お袋の泣き叫ぶ声と共に起きた。

親父が部屋に帰って、何時もの様に暴力を振るって、服を破いて無理矢理自分のモンをしゃぶらせてた。

俺ァ、変身ベルトを巻いて部屋に移って、やめろと言いながら変身ポーズを取ってな。正義の味方のフリをして拳を振るった。


……言わなくても分かるだろ。親父は俺に容赦なく顔面をぶん殴って、俺は歯が折れて大泣きで。

下っ端がベルトを無理矢理外して音を鳴らして笑ってた。


『正義の味方ぁ?そんなもん、どこにもいませーんっ!』


嘲笑しながら、変身ベルトを畳の上に叩き付けた。

俺は、宝物だったそれを取ろうとしたけど……親父は俺の頭を踏み付けたまま、動く事を許さなかった。


『やめてぇ!ぼくのぉおお!!ぼくのだからぁああ!!!』


『ほらほら変身してみろよッ!おらッ!ひひゃひゃ!!はいはい、これでもう変身出来ませぇーん!!』


土足で部屋に上がって、鉄板入りのシューズで変身ベルトを踏み潰す。


『が、がッが、へ、じへ、んっがへ』


ベルトから鳴る音声はバグって、死んだ蝉みたいにぽっくりと逝っちまった。

俺は泣いた、ただ泣いた。

どんな餓鬼でも、そんな経験をすりゃ見えて来るもんがある。

どんな悪でも、それを裁く人間は居ねぇし。

人を助けて幸せにしてくれる聖人なんざ存在しねぇ。

泣いてる子供を庇う母親なんざ……まやかしだ。


あぁそうさ、何よりも。

正義の味方なんざ、何処にも居ねぇんだよ。

そんな簡単な事ァ、痛い目を見なけりゃ分からない事で。

馬鹿な真似をしたからこそ、理解出来た事でもあった。


これが俺の始まりだ。

八峡やかい義弥よしやと言うクズな野郎の物語。

俺の人生は常に、他人から死んで欲しいと望まれてきたモンだった。



次話↓

https://kakuyomu.jp/works/16816700426335346360/episodes/16816700426371416792

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