好きな人と結婚できる or 毎週誰とでも1回セックスできる

朝飯抜太郎

好きな人と結婚できる or 毎週誰とでもセックスできる。

 おーい、お前ー。神様だよー。お前、この先も幸せないから、願いをかなえてやるよー。でも、次のどちらかから選べよー。好きな人と結婚できる、もしくは、毎週誰とでも1回セックスできるのどちらかだよー。結婚は絶対にさせるよー。セックスは、相手を選べば老若男女だよー。但し、週に1セックスだけだよー。



 突然頭の中に声が聞こえてきて、絶望的な気分に囚われた。とうとう幻聴まで聞こえるくらい頭がおかしくなってしまった。僕の幸せは今もこの先もないの? 神様! 

 それはそれとして僕は「週1セックスがいい」とつぶやいてみる。だって今特に好きな女の子はいないがセックスしたい女の子は三桁はいるのだ。S、E、X。セックス。僕にとってのそれは、未だ到達し得ぬ遥かな頂き。未だ鏡に映る花で、水に映る月で、インターネットの、幻影少女の、FC2の蜃気楼のオアシスでしかない。

 50歳くらいまで現役で有り続けるとすれば、あと約30年だ。世間では定年が65歳まで延長されるらしいから、そしたらさらに15年だ。僕は死ぬまでに何人と何回セックスできるのだろう。どんな場所で、どんな気持ちで、どんな音楽を聴きながら、どんな風なセックスをするのだろう。そこに愛はあるのだろうか。そんなことばかりを考えて、僕はもう21歳になった。ついにフォークダンス以外で女の子と手をつないだこともないまま僕は成人してしまった。コンビニでお釣りをもらうときでさえ、1㎝以上の空間が僕の手と彼女の手を隔てている。


 天(or 脳)からの声の後、僕が反射的にセックスについて思いを巡らしていたとき、部屋のテレビには、秋の新ドラの発表記者会見の様子が映し出されていて清純派美少女の外見と強気の素顔で人気の女優触尻エリアがマイクを握っていて、僕は自動的に勃起した。そしてほぼ口癖になっている、今日十数回目の「セックスしたい」を呟いたとき、ぴろりろりと脳内に8bit音源の幻聴。懐かしきマリオが1UPキノコをとった時のSEが鳴り、数十分後今度は僕の家のインターホンを触尻エリアが鳴らしている。触尻エリアはサングラス越しにも分かるような不機嫌さで僕を見つめ「するなら早くして」と言い放った。僕が震える声で「何を」と言う前に触尻エリアは僕の家に上がり込み、知っていたかのように二階の僕の部屋のベッドに寝転がったあと「セックス」と呟いた。晩御飯を作っていて客に気付かなかった母にこれからテスト勉強するからと嘘をつき部屋の鍵をかけて僕は触尻エリアとセックスをする。

 天の声が聞こえてから65分後の出来事だった。人生はジェットコースターだ。僕は長い上り坂を超え、一気に滑り落ちた。


 次の日の朝、僕はベッドの上に正座し半ば放心しながら昨夜の出来事を反芻していた。神様の声、1UPキノコ、触尻エリア、ブラ、パンツ、桃、茂み、裸体、裸体、裸体、挿入、放出、そして喪失……。僕はエリアによってつけられた二の腕の痣を隠すように身体を抱き、頭からベッドに倒れ込み、生まれて初めて神様に感謝した。ありがとう、神様。ありがとう。そして、顔をあげた僕の目には、小さな炎が灯っているだろう(マンガとかで見れば)。

 デスクの鍵のかかる一番目の引き出しには僕が小学校から愛用している友達100人ノートがある。ここには死ぬまでにセックスしたい100人の(未来の)フレンドが記され、今でも更新され続けている。その表紙を見つめながら、熱情にかられノートに書き綴った小中高の思い出にふける。思い続ければ夢はかなう。僕はサ行のページを開き、触尻エリアと書かれた場所の横に、済という字を赤で書き込む。その下のチェックリストの「罵倒されながら乳を揉む」「尻をさすりながら罵倒される」「挿入直後に鼻で笑われる」項目に丸をつけていく。備考欄に「予想よりくる。涙は勝手にでてくる」とだけ書いておく。ことが終わった後に直立のミドルキックをくらい唾を吐きかけられた事を書こうか迷ったがやめておく。思い出しただけでまた泣いてしまいそうになったからだ。

 ノートを閉じて「45年」と呟く。僕は50歳まで現役で有り続けられるか? 僕は自分に問いかける。45×12×4=2160。僕は少し控えめに、ノートの表紙に0を一つ足した。ジェットコースターは次の坂を昇る。僕の胸は高鳴り続けていく。


 

 それから1ヶ月半で、触尻エリアを含めると僕は合計7人とセックスした。僕はその7人で大体のルールが掴めてくる。

 まずセックス可能になる条件。神様は僕の相手をどうやって決めるのか? これは単純だった。相手(映像でも)を目で見て「セックスしたい」と声に出すこと。「セックスしたい」と相手の前で口に出すのは相当な勇気が要ると思うが、僕の場合、欲情したら条件反射で「セックスしたい」と呟いてしまうくらいの変態だったので問題なかった。むしろ、僕の場合ハードルが低すぎて問題になった。7人中3人は能力の誤作動によるものだ。二人目の女子高生熊木安寿の場合、道端で出会ったときに顔を見る前に短いスカートから伸びる足を見ただけで欲情してしまい能力が発動してしまった。なまはげのような女子高生熊木安寿は日常的にセックスの代価を得ているようで、セックス後に僕に金銭を要求し、僕は財布の中身を彼女に全て奪われることになり、足りない分は後日支払った。4人目の右田香織は白いワンピースの青いパンツとブラが透けてみえただけで能力が発動し、SM風俗釀だった彼女に全身を鞭で叩かれたがロウで体をほぼ固められていたのであまり痛くはなかった。6人目の、10年間で1000本のAVに出て万単位のエロ画像をネット上に残した伝説のアクトレス水橋のぞみの宝物動画でつい呟いてしまい能力が発動し、40を超えたばかりのはずなのに長年の無理がたたったのか骸骨のような水橋のぞみにサービスされたときは涙が出そうになった。7人目の近所の未亡人鈴木志摩はその不幸そうな口元の黒子に欲情したが初のスカトロ趣味で僕の小学校から愛用したスーパーマリオのタオルケットを泣く泣く捨てる羽目になった。最後のは回避不可能だが、慎重にいかないといけないと思い知った。まず口癖を改めねばならないが無意識に培ったものを直すのは難しい。

「1週間に1セックス」の定義はセックスしてから7日間後にセックス可能になるというので間違いなさそうだ。神様関係なしの普通のセックスもそのルールに従うかどうかは今の僕には確かめようがない。あとわからないのが一つのセックスの終わりだ。普通のセックスはどうなのだろう。僕視点からすると挿入と射精になるのかもしれないが、3人目の大学の講義でいつも一人で一番前に座っていて気になっていた吉崎薫の場合、女装が趣味のゲイであり、僕は挿入されて射精されたが1セックスと数えられたようで7日後に4人目の右田香織とのセックスが始まった。


 セックスした女性の状態について述べておこう。

 記憶はある。熊木安寿は記憶があるが故に僕から金銭を巻き上げたし、吉崎薫は泣き濡れる僕にコーヒーをおごってくれた。

 そして意思もある。触尻エリアは僕をさんざん罵倒し暴力を加えた。それがプレイであるかどうかは確かめられなかったが、催眠術や薬のように人形のようになるわけではない。

 そして愛はない。多分ない。彼女らにあるのは僕とセックスしなければならない、という義務感に似た感情で、セックスした後にはそれが仕事を終えたような達成感に変るように思える。プライドの高い触尻エリアや5人目の幼馴染で生徒会長兼イジメの総元締め三嶋優理子でさえ文句は言わなかった。そのあとこの世の終わりのようにイジメられたがこれは素だろう。

 いわば神様からの勅令。全ての生き物が従うべき裏コマンドというものだろうか。ただし最初に聞いた凄く適当っぽい神の声を思い出すに、慎重にならざるを得ない。記憶があるということは、下手したら犯罪者として逮捕される可能性だってあるのだ。まあ、セックス中の記憶が消えるとしても、セックス直後に記憶が消えたら僕はほぼ間違いなく逮捕されるので、神様としてもしょうがなかったのかもしれない。

 セックス可能になるのはテレビの向こうでも同じなのは触尻エリアで確認済みだが、芸能人はより慎重にならないといけない。後で知ったが触尻エリアはドラマ撮影中に何も言わずに抜け出して僕の所にきたらしい。危ない。僕は植物のように静かにセックスを繰り返したいだけなのだ。


 僕が1ヶ月半の整理をし、ノートに今後の注意を書き出している間にいつの間にか寝てしまっていた。枕元の時計を見ると夜になっていた。

 ぼんやりとした頭が、ドアの外から聞こえた母の声で一気に覚醒する。

「ゆうちゃんきてるよ。早く降りてきな」

 ゆうちゃん。池田優佳。僕の三つ上の従姉妹。僕は慌てて部屋を出て、階段を駆け下りた。リビングに入る直前に口元のよだれに気づいて拭く。

 ゆうちゃんはますます綺麗になっていた。来年大学を卒業し東京の新聞社に務めるという。就職関連の何かがあったのかゆうちゃんは黒いスーツを着ていて、僕にはそれがとても艶っぽく見えた。夕食中僕は機械的に食事を口に運びながらずっとゆうちゃんを見ていた。

 初恋の人であり初オナニーの人であり僕が100人斬りノートを作ったきっかけであり有名芸能人やAV女優や50音を無視してノートのトップに記入した人であり要するにゆうちゃんは僕の中で性的な意味で神だった。

「秀一、勉強してる?」

「全然してない」

「だろうねー。顔見たら分かるよ」

「頭悪そう?」

「イヤラシイことばかり考えてる顔だ」

 図星だ。僕は答えず、ゆうちゃんは笑う。両親の前でもゆうちゃんは変わらず、そんな彼女のさっぱりした性格は両親も好感を持っている。

 母がゆうちゃんのグラスにビールを注ぎながら、さりげなく言った。

「ゆうちゃん、もう遅いし、久しぶりに泊まってきなさいよ」

「ありがとう、おばさん。お言葉に甘えちゃおうかなー」

 Good Job。ママ。素晴らしいお母さん。僕からもお礼を言います。

 部屋に帰り、ベッドの上でしばし悶えて、足をバタバタさせながら考える。

 神のお導きは、僕にGoとおっしゃっている……。そ、そうなのか。そうなのか……? 僕はベッドの上に正座して手を合わせた後、下に降りる。

 まずは身を清めようと、洗面所で顔を洗う。そして、洗面所の向こう、風呂場から水音が聞こえるのに気付いた。

 いる。

 僕は静かに目を瞑り、破裂しそうな心臓の音を聞きながらドアに近づく。そして、洗濯かごの中の真っ赤な下着、それを見た瞬間僕は勃起した。僕は軽く目をつむり、ごく自然に、決断した。

 僕はそのままドアを開けて、神の言葉を言う。

「君とセックスがしたい」

 目を開けた僕の前にはスポンジでわきの下をこすりながら、ぽかんとして僕を見つめる母の姿があった。



 それから僕はずっと悩み続けている。母は何も言わないが、時折僕に向かって「どうするの」というような目線を向ける。僕の部屋を用もなく(あるのだろうが)ノックすることが多くなった。あれから誰ともセックスしていない。おそらく、母とセックスするまで能力は使えないだろう。僕宛に「神田神夫」という人物から小包が届いた。中には黒い布。試しに目に当ててみると全てが闇に沈んだ。目をつぶるか。そうすれば終わるのか。何が、終わるのか。僕はまだ答えを出せない。

 実の母とセックスする or 一生セックスしない。君ならどうする?


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