第5話



「お疲れ様夏樹!」

試合が終わり解散になるなり氷緒は夏樹に飛び付きスポーツドリンク、タオルを手渡した。ついでに夏樹の汗の匂いを嗅ぐことも忘れていない。


「ありがとう氷緒さん。寒いのにわざわざ見に来てくれて嬉しいよ!」

そんなこと知る由もない夏樹は心底幸せそうに微笑みそう漏らした。完全にいちゃついている。2人の世界が出来上がっているのだ。


だが忘れないでいただきたいのは解散したからといって2人きりという訳ではない。つまり野球部のチームメイトや先輩がいるのだ。



「夏樹くぅ〜ん? 先輩とちょっとお話ししよっかぁ〜?」

「ひっ……遠慮しておきます……。あっ僕用事があるのでお先に失礼します……。」

夏樹に目が笑っていない笑顔で圧をかけるのはエースの佐賀先輩。顔は悪くないのだが性格にやや難ありなのではっきりいってモテない。


全速力で氷緒の手を引いて走る夏樹。氷緒は驚きながらも「へへへ……初めて手繋いだ……。」と完全にドリップしており遠くでは野球部から「活躍したからって調子乗んじゃねぇ!」とヤジが飛ぶ。場はもはやカオスとなっていた。


そんなカオスな場をなんとか抜け出し落ち着いた夏樹は自分のしたことを理解して頬を羞恥で赤らめていた。


「ごめん氷緒さん……。強引に引っ張っちゃった……。」

「い、いいよ……。その、夏樹に手を握られるの嫌じゃなかった……から……。」


初々しい新米カップルはお互いに恥ずかしくなって顔を合わせられなくなっていた。


そして2人は改めて手を繋ぐと帰路についた。





✳︎✳︎✳︎





「ねぇ夏樹」

2人並んで帰っている途中流れる沈黙を破ったのは氷緒だった。

「どうしたの?」

「そろそろいいタイミングだと思うんだ。」

「何が……?」

「名前……呼び捨てにしてくれてもいいと思う……。」

「っ……!」

深刻な顔をして何を言い出すかと思えば可愛らしいことを言い始めた氷緒に悶えながら夏樹は勇気を振り絞って小さく呟いた。


「氷緒……。」

「っ……!」

今度は氷緒が悶える番らしい。どこまでも初々しい2人の空気感は周囲の人をも魅了していた。


「もう一回いって……!」

「え、やだ。」

「お願い! 今の録音するの忘れてたの……!」

「余計いやだよ!」

夏樹は付き合う前とはまるで違う氷緒のキャラに戸惑いつつなんとか自分の身を守った。


「これからは毎日呼び捨てにするから……」

「っ〜〜〜〜〜〜〜!」

声にならない叫びという言葉がこれほどぴったりな状況は初めて見た。というレベルで氷緒は悶えていた。



繋いだ手を離さず、指同士を絡める恋人繋ぎにレベルアップして2人は歩いて行った。

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