第4話 二人の散策

 新薬師寺に到着した。ここは、奈良のほぼ全てのお寺を回った僕の中でも上位五番以内に入るお気に入りの場所だ。

 本堂の中は、LEDの照明が付けられ、弱い光量でうっすらと十二神将を浮かび上がらせている。


「うわっ。なんだか凄い迫力やね。先生、これって干支と関係あるみたいだけどどういうこと?」

「迫力があると思うのかい? 橘、この迫力がわかるなんて凄いな。えっと、十二神将は、薬師如来さんを守っている闘将のことをいうんだ。そして、十二の方向を守っているということで、それが干支とも関連しているというわけなんだ。それになんといっても、ここにおられる仏像のほとんどが国宝だからね」


 僕らは、この狭い本堂の中にかなりの時間滞在した。勿論、言葉も交わさず二人はそれぞれが思うままにじっくりと仏像を眺め、遠い昔へ思いを馳せていたのだった。


 名残惜しく新薬師寺を後にした僕らが次に向かったのは、入江泰吉記念奈良市写真美術館だった。入江泰吉は、奈良の写真を多く残した僕が尊敬する写真家だ。

 僕は、その写真の数々を橘に見せたいと思っていた。


「うぁ〜。これって法隆寺?周りってこんなに田んぼと畑ばっかりやったんやね。今はもう家ばっかりやんか。この頃の方がなんかいいなぁ。二月堂の参道か〜。雪が降った時ってこんなに綺麗なんやな。あ、これさっき新薬師寺で見た伐折羅像やん。凄いなぁ。なんだか今にも動き出しそうな気がする!」


 美術館での声出しは御法度だが、橘は興奮して抑えきれず声を出してしまっている。


 まるで、初めて来た時の自分のようだ…。

 僕はその姿をとても微笑ましく見ていた。


 高畑町で予定していたオフ会プランを終えた僕らは、遅い昼食を得る為、破石町バス停の横にある「そば処 観」にいた。ここの蕎麦はとても美味しいと評判で、梁や棚の上に、きっと値が張るであろう高価そうな器が多数飾られていて、目でも楽しませてくれる店だ。


「橘、今日はご馳走するから食べたいもの頼んでいいぞ」

「やった!先生、どれがおすすめなん?というか、先生はなんにするん?」

「僕は、天麩羅蕎麦かな」

「じゃあ、私も同じで!」


 橘は、テーブルに置かれた天麩羅を美味しそうに食べている。

 野菜から食べ始め、海老は最後に残しておくのも僕と同じみたいだ。そんな事を思うとちょっと楽しい。

 最近は、いつも一人の食事だったが、他の人と一緒の食事もいいなと僕は感じていた。


 美味しい天麩羅と蕎麦、そして、そば湯をいただいた僕らは満足して店を後にした。

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