第2話 決めなくちゃ
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幼馴染みから、煙草の香りがした。
お呼ばれした晩御飯の席では、親と一緒にチューハイを飲んでいた。
(………知らない人みたい……)
煙草。お酒。それから、彼女。
大学生になっていた
「……夏祭り、彼女と行くんだね」
「え? おお」
朝陽のご両親はすっかり出来上がっていて、「置いといてねぇ」と言われたけれど、下げた食器を洗う為に台所に立つ。
隣に、チューハイの缶を持った朝陽がやって来て、つい口から出た言葉は彼女の事だった。
「こっちの人なんだっけ?」
「そうそう。偶然」
「同じ学科で」
「サークルも同じ」
ふぅん?興味無さそうに澄まし顔をして、大皿をスポンジで擦る。
「名前も。お前と一緒」
「え?」
「『さくら』って言うの。桜」
「……ふぅん?」
ごしごしと大皿を擦り続けると、「そんなに強く擦ったら、皿が割れちゃうだろ」と朝陽が笑った。
神様って残酷だ。
この、只でさえ鷲掴みに握り潰されそうな胸の痛みに、更に追い討ちをかける準備をしていたなんて。
『さくら』ーーー朝陽が、愛おしそうに呼ぶその名前は、同じ音なのに、私に向けられていないのか……。
ほらまた。
ぎゅうと、握り潰されるような痛み。そして、空虚。自覚する。私の胸の中には、[[rb:朝陽>あなた]]で一杯になっていた場所があった。今、空虚。空っぽ。何もない。満たされていない。
「咲桜は? 居ないの?」
「何が?」
「彼氏」
落とした沈黙を気にすること無く、朝陽は「そう言えば、居たな!」と頷いた。「一段と可愛くなったもんなぁ! そりゃ、周りもほっとかないか!」と。酔っているのか何なのか。そんなことを言って頭をわしゃわしゃと撫でられる。変わらない…ところも、確かにあって……。
というか、あまり変わっていない。
悔しいことに、心臓がどきどきと鳴る。切なくなる。泣きたくなる。貴方の隣に、知らない女の人がいるんだと思うと、苦しい。
「さくら」と、愛おしそうにその名を呼ぶ彼のことを想像する。髪を撫でる。キスをする。全部、その視線の先にいるのは私ではないのだ。……悔しい。
(それなら、全然違う人が良かった……)
こっちの『さくら』じゃ駄目ですか?ーーーそう、訊いてしまいたい。ああ、それとも、臆病にならずにちゃんと告白していたら、彼と付き合える未来もあったのだろうか……。どうなんだろう。過去の『もしも』を考えること程、無駄な時間の使い方なんて無いと思う。
「彼氏とは順調? あの日、デートの邪魔して悪かったな」
「いや……」
あの日ーーーあの、突然の大雨の日。
私が、過去の記憶を思い出せた日。記憶の中には、朝陽が居て、『[[rb:彼>・]]』は何処にも居なかった。それが、得体が知れなくて、ぞっとして、不安で。サァッと血の気の引いた顔に、彼も同じ様に顔を白くして、「すみませんでした」と頭を下げ、傘を私に渡すなり、立ち去った。
あの時は動揺してしまったけれど。それでも、落ち着いて思い返してみれば、まだ思い出していない記憶に彼がいたのかも知れないし、何より、彼と交際をし始めて、私の近辺でおかしなことは起こっていない。ーーーおかしなこと、とは、例えば、詐欺被害であったりとか……その、体の、関係も……まだ、無い。……から。
『彼氏です』と自身を紹介したそれが、例え嘘だったとしても、確かに私は愛されていたと思うし、私も確かに、彼を愛していた……と思う。
だから、つまり、……どうしたらいいのか。どう、考えたらいいのか……。
答えが出せないまま。混乱する頭で、次の日、どんな風に接したらいいかわからず。つい、拒絶するようなメッセージを送ってしまった。ーーー彼とは、そのまま。それっきり。
送ったメッセージには、既読すら付かない。
時間ばかりが過ぎていく日々。
あっという間に夏休みに入ったって、音沙汰が無い。
“花火大会、二人だけでの花火。プールに、川遊びに、海。肝試し。旅行”
二人でした、未来の話。
いつの間にか、“現在”になっていた。
ちくり、と胸が痛む。彼が、何を考えているのか……わからない。
「咲桜?」
「あ、いや……ごめん。なんだっけ?」
「……もしかして、ケンカ中?」
曖昧に笑う。
なんと答えていいかわからない為だったけれど、朝陽は勝手に肯定と解釈して、「早く仲直りできるといいな」と今度は優しく頭を撫でた。
きっと朝陽は私の事を、良くて妹か、それともペットか何かのように思っているんだろうなぁ、なんて苦笑する。
そうは思っても、頭を撫でられればくすぐったくて、幸せな気分になる。
(ーーー…私は、)
私は。
兎に角、彼と会って、話をしなければいけない。
でも、どんな言葉を紡ぐべきなのか、まだ決めかねていた。徐に、カレンダーを見る。夏祭りの日に赤丸がしてあった。あと、一週間と少し。
猶予は、それだけ。
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