第6話 東条 渚ー3ー

「渚はさ、告白とか……しないの?」

「ンンッ!」


 食後のケーキを一口食べた後の出来事だった。

 もう少しで変なところにケーキが落ちていくところだった渚は、慌てて咳をした後、お冷やを飲んだ。 


「な、にを……」

「渚がずっと誰を好きなのか、わかってるよ」

「……」


 目を泳がせても、真っ直ぐに見詰める咲桜の視線に、結局また、彼女と視線を合わせてしまう。


「……男だから」

「それが?」

「相手も、困るだろう……」

「へぇ……。東条渚は、そんなことを気にするんだ?」


 ちょっとイタズラっぽく笑った咲桜の顔に、既視感を覚える。ああ、咲桜は、そうやって笑う女の子だったな。ーーー自分の知っていた咲桜が、そうして少しずつ顔を出すのが、感慨深く、嬉しかった。


「私は気にしなくても、相手が気にするよ」

「そうかな? 気にしてるのは、渚の方じゃない?」

「……」


 ゆっくりとコーヒーを味わった後、飲み下す。


「あいつには、……好きな人がいる」

「あ、」

「………だから、言わなくていい」


 斜め下に視線を落とした渚の、その長い睫を見ながら。言い淀んだ咲桜は、一度唇を噛み、告げる決意をする。


「……その人の、好きな人は、……彼に恋愛感情を抱くことは無いから」

「……」

「だから、………渚は、渚の幸せを、どうか、諦めないで……?」


 困ったように笑う幼馴染に目を向けた。

 ああ、そんな顔もよくしていたな、と場違いに思う。

 咲桜はーーー渚にとって、夢のような女の子だった。可愛くて、元気で、儚くて、弱くて、強くて……守ってあげたくなる。けれど、そうやって守られているのは、自分の方では無いかと思う時がある。或いはこの気持ちは、偶像崇拝にも似ているのでは無いかと思ったりもする。



ーーー好きな人の、“好きな女の子ひと”。



 だって。敵う筈がない。叶う筈がないのだ。

 そう、思う。

 ゆっくりと目を閉じて、開いた時に、渚は微笑んだ。


「………本当は今日。夏祭りに行く時につける、髪飾りを見たくて」

「そうだったの? じゃあ、今から行こうよ!」


 咲桜はにっこりと笑顔になり、さっさと片付けるように大好きなスイーツを食べた。渚の先程の沈黙をどう捉えたのだろうか。渚にはわからない。


「………花火の日、咲桜は本当に、行かないのか?」


 踏み込んでも良いのだろうか、と思うことも、いつも結局、踏み込んでしまう。ーーーその役目が、自分だと思っている。互いに、気遣いはするが、遠慮はしない。本当の事を言うから、いつだって信じ合える。そんな関係に自分達はいるのだと、渚はそう、思っている。


「……うん。花火を、一緒に見ようと……約束した人が居て……」

「……」

「……その人と一緒に見ることは、もうきっと無いんだろうけど。でも、そろそろ、逃げるのを辞めなくちゃ」


 今度は曖昧な笑顔ではなかった。

 ほら、と渚は思う。ほら、咲桜は、強い子なのだ。


「そうか。……咲桜の決意がどんなものであれ、私達は、応援する」


 此処に居ない勇志の気持ちも代弁すると、咲桜はまた一層、笑みを深めた。


「ありがとう」






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る