第4章 『友達以上、恋人未満』

第1話 「ずっと変わらないモノ」

 咲桜さくらの記憶が戻ったらしい。


 渚が息を飲んだのは、彼女を気遣っての為だった。


「………朝陽はるきが帰って来てた」

「……」


 もう一人の幼馴染みである[[rb:勇志>ゆうし]]も苦い顔をした。沈黙の後、じゃあ、と口を開く渚の唇は心なしか震えている。


のことも、思い出したのか……?」

「……いや、それは……わからない……」


 二人は顔を見合わせた。

 似ても似つかない容姿。一人は、計算され尽くした黄金比の美貌を持つ男。もう一人は、知能の高さが窺えるようなシュとした顔立ちにトドメのように眼鏡をかけていた。一方はその背景に百合の花が見えるようだが、もう一方の背景は“無”だ。そんな二人が、同じような顔をして、眉を寄せている。


「………確証を得るまで、触らないでおこう。これからも」

「……そうだな。あぁ、でも……少し前に『朝陽』の名前を口にしてしまった……」

「あいつが咲桜とコンタクトを取ったんだから、仕方がないだろ。それに、咲桜は怯えてた……。おれ達の知り合いだとわかる言葉くらい、かけてもよかったろ」

「……そうだな。あれでは、確かに、朝陽も気の毒だ……」


 二人は、誰も居なくなった弓道場でひそひそと会話を続けた。「それから、、いつになったら学校に来るんだよ」ーーー二人とはまたタイプの違う整った顔立ちを共通に思い浮かべながら、二人は溜息を吐く。


「やっぱり、咲桜と恋人なんてのは、都合のいい嘘だったのか」ーーー静かな怒気を含んで、彼は言った。

「いや、私は感謝しているよ。咲桜に、笑顔が戻るのが早かったから」ーーー静かに微笑みを浮かべて、彼は言った。


 じわじわじわじわ、蝉の鳴く声が聞こえる。いつの間に、こんなにも夏が近付いたのだろうか。

 冷房の無い解放された室内で、二人はこめかみから汗を流す。袴は熱を閉じ込めて、袴の中はすっかり滝の汗だった。


「………お前は咲桜のこと、ずっと好きだったもんな」


 じわじわじわじわ、蝉の声はその台詞を隠せない。

 確かに、そのデシベルは騒音並みだろうに、彼の台詞は凛と空気を震わし、もう一人の彼の耳まで確実に届いた。


「……咲桜をずっと好きなのは、お前だろ?」

「……だから、お前は馬鹿なんだ」


 中学生の時から今でもずっと、勇志は渚に勝てたことがない。こと、勉学に於いて。彼が学年二位であり続ける所以である。

 ガリ勉、と揶揄されても少しも動じなかったその眉毛がピクリと跳ねた。なんだと?と低く重たい声を、渚は涼しい顔をして受け止める。

 

「……夏祭りは、去年のようになるのかな」

「……」


 脈絡の無いその一言に、勇志の怒気がスッと冷える。


「……ずっと、変わらないものなんて、無いのだろうか」

「……」


 哀愁を含んで揺れる渚のその瞳に、勇志は返す言葉を持たず、ただ静かに、美しい顔立ちの彼の事を見詰めていた。


 







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