第2話 有機体の人間からアバターロボットに

●目覚め

1億年であろうが2億年であろうが、それは重要な事ではない。3体のロボットがスリープしている限り時間は止まっている。しかし、10億年となると、さすがに物質の自然崩壊が始まってしまう。それまでには辿り付きたい。3人はいきなり現実世界に現れるのではなく、先にバーチャルタウンでソリッド頭脳の点検と微調整を行う。


何となくぼーっと光が見えてきた。しばらくすると、青とか緑とか赤とか、、、色が見えるが、まったく輪郭がない混沌とした状態。その次に、何となく暖かく柔らかい風の感触を肌で感じた。何だこれは?ここはいったい何処なのか?

1分なのか10分なのか、時間の感覚もよく分からないが、しばらくすると、きっと青いのは空、緑は芝生、赤いのは花かなあ、という様に区別する事が出来る様になってきた。取り敢えず、まず天と地を分けるんだ、きっと古典的な宗教を信ずる潜在意識かな、、、突然、声が聞こえた。

「カラン君、おはよう!」

「えっ、なんだ?」

実はミカエル船長とキャサリンは先に起きていて、笑い声が聞こえる。キャサリンはカランの肩をツンツンと突きながら、

「カラン君って寝起き悪いみたいね。」

「そうだね、はははは」

船長の笑い声も聞こえるぞ!何だこれは!

今度は船長がカランの肩に手を当てて、ポンと叩いた。

「起きる時間だよ。」

その手の感触が熱い!あれ~~?

はははは、また二人の笑い声が聞こえる。

「しばらく放っておきましょ船長。」

「そうだな。」

二人はPADを手にして、航行データの確認を続けた。


実は、目覚める時のプロセスは非常にデリケートなので慎重に実行される様に予め決まっていた。3人同時はコンピュータの負担が大きいので、船長のミカエル、次にキャサリン、そしてカランの順番である。


カランの意識やはゆっくりと回復してきているが、未だかなりぼーっとした状態である。あれっ、上を見れば青い空、正面は緑の芝生、赤い花がちらほら、だんだんと輪郭が明瞭になってきた。左を見ればミカエル船長、その向こうにキャサリン。ここはロボット工場前のセンター公園。

「カラン君大丈夫かね、認識出来てるかな?」

ああ、そう言えば目覚めの時にはここで会おうと3人で決めてたよな。そうか、これがその場所なんや。船長の向こう側に座ってたキャサリンが笑ってる。

「この場所を決めたのは、カラン、あなたでしょ。」

「そうやったあ。バーチャルタウンと五感のリンク前に、新しい脳の検証をやってるんやなあ、すみません、しばらくぼーっとしてます。」

「カラン君、私らはデータを確認してるんで、ゆっくりしてたらいいよ。時間はいっぱいあるしね。」


それから10分か15分か、もしかして1時間か?時間の感覚も戻ったし、五感がシャキッとしてきた。

「もう大丈夫、シャキッとしてますよ。で、船長どんな星に着いたんですか?」

船長はパッドのページを戻しながら、

「その前に、何年経ったと思う?」

「そうですね、出発前の予想では1億2000万年ぐらいやったし、それぐらいやないんですか?」

船長はパッドを手渡して、自分の目でみる様に促した。

「ええと、万、十万、百万、千万、一億・・・、何と1億9000万年!マジっすかあ、何という誤差。」

「どうも、この銀河系の移動についてのデータが不足していた様で、それをずっと追って来たみたいだね。まあ、でも目的の惑星には無事に着いて、周回軌道を回ってるよ。」

「どんな感じです?」

「気圧の高さがちょっと気になるが、水も酸素もあるし、かなり期待出来るよ・・・それより、さっきから腹がが減って、先に朝食にしないか?」

「カラン君、起きるの遅いから私もペコペコ。」

「ああ、申し訳ない、じゃあ朝食いきましょか。」

3人はさっと立ち上がって繁華街の方に歩き出した。

キャサリンはお腹を手で押さえて、さぞかし空腹の様子。

「もう、脳も身体もロボットなのに、何でこんなにお腹が空くのかな?」

船長も笑いながら、

「腹が減って当然だな、1億9000万年も何も食っていないしな(笑)それにしても、このヒューマンモードは良くで出来てるな。今のところ全く違和感が無い。カラン君も今回のバーチャルタウンのバージョンアップには参加してるんだろ?」

「してますけど、僕は人間じゃなくて景観とか建物の方ですわ。ハワイに実在しない最高のホテルを作ってあるんで、是非皆で行きましょう。北の端の半島に建ってるんで、朝日と夕日、どっちも楽しめるんです。」

キャサリンはとても嬉しそう。

「へえ、是非行ってみたいなあ。でも、実在しない物を作るのってルール違反でしょ。」

「以前のバージョンまではね。でも、今回は各プログラマーに一つだけ許されてるんで、何処かにアッと思うような所があるかも。場所は全く分からないんやね。楽しみやと思わん?」

キャサリンは色んな所へ行って、小さな発見を楽しいと感じる性格。

「うん、凄く楽しみ。時間はいっぱい有るから、いろんな所に行ってみたいね。」


色々話しながら歩いているうちに繁華街に到着した。

「船長、何が食べたいです?キャサリン、何がいい?」

「私は自宅で料理を作るのが趣味で、殆どここへは来た事無いなあ、カランとキャサリンで決めたらいいよ。」

「キャサリン、何にする?」

「んんん~、今は凄くお腹が空いてるから、ガツンと食べたい気分かなあ。」

「ガツンかあ、だったらKOBE SUNRISE。」

「ええっ?朝からステーキ?、、、でも今日はアリかも。」

「船長、どうです?」

「まあ、以前なら有り得ないと思うけど、今はアリかな。しかし、朝から営業してるかな?」

「大丈夫ですよ、この区画は全店24時間営業ですから。」


「いらっしゃいませ~、毎度カランさん、今日は3人様でご来店ですね。」

フロアー長トミオはいつもの様に笑顔で出迎えてくれた。

「どのお席にいたしましょう?」

「いつもと同じ、景色の見える窓際が空いてれば、」

「かしこまりました、ご案内いたします。」

キャサリンはカランの方に顔を向けて。

「そっか、彼女とよく来てたんだあ。」

「いや、僕には彼女はいないよ。ロボット工場の先輩とよく来てたんや。まあ、彼女らしき人はいたけど、他の男に取られたよ、ははは。」

「こちらのお席で如何でしょう?」

「船長、どうです?」

「いいね。」

オーダーの前に、カランはトミオに、

「いつものワイン、先に持ってきて。」

「承知いたしました。」

船長はカランの方を見て感心している表情。

「なるほど、いつものワインと言えばそれが出てくるんだなあ、そうか、外食にはこういう楽しみもあるのか。」

「ははは、僕はワインには詳しくなかったけど、先輩のマークさんのお気に入りだったもんで(笑)」


しばらくしてワインがテーブルに運ばれた。トミオがそれぞれのグラスに丁寧に注いでくれた。

船長がグラスを持って立ち上がった。カランとキャサリンも続いた。

「それじゃ、記念すべき二度目の誕生日に乾杯!」

3人は笑顔で乾杯した。

ワイン通の船長は、味と香りを楽しんでいる。

「カラン君、なかなか良いワインだな。これイイよ。」

キャサリンも満足な様子で、

「美味しい~、なんか身体中に染み渡るような。」

「よかった、さすがはマークさんが選んだワインなんや。」


3人とも、よく食い、よく飲み。長い年月の経過など、理論的には感じていなかったはずであるが、飢えというのは理論を超えた感情なのかも知れない。まあ、とにかくたらふく食って満足である。

「船長もよく食いましたね。」

「いや~美味かった。最高だね。」

「よかったです。・・・キャサリン、デザートは?」

「アイスクリーム、バニラ。」

「船長は?」

「アイスコーヒーかな。」

「じゃあ僕もそれで。」

フロアー長のトミオは、いつでもオーダーのタイミングを知っている。ニコニコと歩み寄ってくれた。


アイスコーヒーを飲みながらカランが尋ねた。

「船長、今日この後の予定は?」

「それは何も無い、取り敢えずバーチャルタウンで違和感がないか確認だけだよ。」

「じゃあ、これからどうします。」

「レンタカーでも借りて、あっちこっち行って、色んな人に会って、不具合が無いかチェックしようか。」

キャサリンはバニラアイスを食べながらPADでこの惑星の情報を見てる。

「この惑星、以前の地球に凄く似てるわ。気圧は高いけど大気も温度も理想的だし、惑星の並びも殆ど同じ、大当たりかも!」

船長もPADのページをめくってカランに見せた。

「今居るのは太陽から3番目の惑星だ。その外側にも惑星はあるけど、この惑星の太陽との距離がいいね。最適だよ。」

カランはそのPADを真剣に覗き込んでいる。

「船長、これって故郷の地球と同じやないですか?」

「そうなんだ、故郷に戻ってきたかと勘違いする程似てるなあ。」

キャサリンもPADのページをめくってカランに見せた。

「これも見て、この無数の赤い点は動物の活動を表しているの。既に動物が誕生して、活動している惑星に違いないわ。」

「おお、それなら任務は楽勝やな、めちゃ楽しみ。船長、このバーチャルタウンとのリンクテスト、早く行きましょう。」

「ああ、そうだな。ボチボチ行くかあ。」


ロボットなので、アルコールだけをリセットすれば一瞬で素面に戻るが、3人ともそういう機能は使いたく無い。出来る限り人間で有りたいので、ヒューマンモード以外の便利な機能は極力使わない。これは話合って決めた事では無いが、言葉にしなくても、この程度は心で通じ合っている。3人はこの後8時間の睡眠を取った後、早朝に工場前に集合した。



●感覚は正常なのか?

まずはレンタカーを借りてドライブ。カランはこのバーチャルタウン・プロジェクトにも参加した一人なので、風景や建物、興味深く見ている、運転してるのはキャサリン、カランは助手席。

「よく出来てるねえ。素晴らしいよ。」

後部座席の船長。

「カラン君はどれを作ったのかな?」

「いや、このあたりには無いです。そのうちお見せしますよよ。」

突然、キャサリン。

「何か、スピードメーターと実感が違うのよね。」

カランがメーターを見ると、何と180Km/h。

「おおい、飛ばしすぎや、もっと押さえて。」

「全然平気なんですが。」

「ドライバーは平気でも、車の性能は違うんで、せいぜい110Km/hぐらいで、お願いしますよ。」

「分かった。」

船長も後部座席で笑ってる。

「まあ、だから微調整が必要なんだろうね。この先も何か不自然な事がないか、注意して報告してくれよ。」


ずっとハイウェイを走って来たが、突然、船長が、

「次で降りてみないか。」

キャサリンはルームミラーでちらっと船長を見て、

「何かあるんですか?」

「さっき遊園地の看板があったので、五感のチェックに向いてるかなと。」

カランもうなずいて同意。

「ですね。そこへ行ってみましょう。」


タケダパークという田舎の小さな遊園地に到着。大人入園料5ドルを払って中に入る。ジェトコースターも有るし、まあまあ普通の遊園地。カランの興味はまずジェットコースター。

「あれに乗ってみますか?船長。」

「子供の時から長い間乗った事はないが、五感のチェックには最適かもしれんね、行ってみるか。」

「キャサリンは?」

「本当はあまり好きじゃないけど、五感のチェックにはイイかも、コワイけど。」


勿論、どんな事があっても人が落ちない機構があるし、カランとキャサリンは両手を広げて大はしゃぎ。勿論バーチャルタウンなのでいつでもリセットは出来るが、感覚は実際と全く変わらない。船長はハンドルを握り締めて少々お疲れの様子。下車してからカランが尋ねた。

「船長、どうでした。」

「疲れたけど異常なしだな。」

「ですかあ。それじゃ次は?」

カランは周りを見渡して、

「次は極端に緩いの行きませんか?ボート漕ぎとか、」

船長はほっとした表情。

「ああ、それ行こうか。」


元気満々のカラン。

「僕が漕ぎます。」

ここで、船長は少しハイになっているカランに少し異常を感じた。

「キャサリン、ちょっとカランの状態おかしくないかな?」

「そうかも知れませんね。」

キャサリンはカランの顔を見て、

「ちょっとハイになってるみたいね。」

「そう?この程度でハイか?」

「まあ、後で検証してみるわ。」


暖かい日差しの下でのんびりとボート。春のボート漕ぎは最高です。一番元気なカランが漕いで、船長とキャサリンは船尾にゆったりと座っている。まあ、何も問題は無さそうである。

今日はそんな感じで五感のチェック終了。まあ、キャサリンのスピード感覚のズレには少々驚いたが、特に問題というレベルではない。明日はいよいよアバターロボットとリンクして、また五感と機能のチェック。今日は疲れたし、この辺で寝るか。


ソリッド頭脳は一般的なコンピュータと物理的には全く同じ、はたして睡眠が必要か?一見バカげた事に思えるかも知れないが、高度に進化したソリッド頭脳は、生身の人間の脳と同じ働きをする。人間は寝ている間に夢を見るが、それを再現する事は、実は殆ど不可能である、しかし、もう一つの動作は必ず実行しなくてはならない。寝ている間に、その日に体験したり考えたりした事を自動的に整理して記憶するし、それらとは別の未解決な問題に関しても、自動的に解決策を見つけようと活動している。ソリッド頭脳も同じ働きをする。生身の人間と同じく、それが睡眠である。人間と異なるのは、その間の時間経過を全く意識しない点で、だから睡眠時間が8時間でも1万年でも全く同じ目覚めになる訳である。



●アバターロボット始動

今日はバーチャルタウンではなく、現実世界でのアバターロボット。それぞれのソリッド頭脳をリンクして、正常に機能するかどうかをチェックする。格納庫には3体のアバターロボットが、直立で壁に固定されていて、3体ともヘルメットを被り宇宙服を着ている。一見無意味にも思えるが、元の人間と同様に繊細に作られたアバターロボットは、やはり強靱な宇宙服で保護した方が良いだろう、未知の惑星でどんな危険が有るかも知れないし。


今回も船長、キャサリン、カランの順番でオンラインになり、まず、最初の船長が正常と判断してからキャサリンを起こし、キャサリンが正常であればカランを起こすという手順である。

最初に始動した船長は、手の動き、指の動き、足の動きなどを入念にチェックしているが、全て正常と判断して次のキャサリンを始動させた。キャサリンも同様に身体の動きをチェックした後、船長と同様にバイザーを上げて、顔を見ながら音声機能、つまり普通に声を出して船長に正常である事を伝えた。

「船長、正常ですよ。」

その時、お互いの微笑む表情もしっかりと見えた。船長はもう一度キャサリンの顔をしっかりと見て。

「凄いなあ、キャサリンがロボットとは全然思えない、出発前と全く同じだ。」

「船長もそうですよ。ロボットとは全然思えないです。」

「そうか、じゃあカランも起こそうかな。」

3人とも正常と判断した船長は、アバターロボットの固定装置を解除した。


「わー、これが私の新しい身体ね。」

キャサリンは嬉しそうに手足を動かして踊っている。

「どうだね、キャサリン?」

手足の動きは完璧。完璧にアバターロボットと同化している感じである。

「船長、全然問題無いですよ。それより凄くフレッシュな気分ですよ。」

船長もそれは同感である。

「以前の有機体の身体よりずっとイイな。凄く動きが軽い!、カラン君達が作ってくれたんだね。」

「僕は手の部分だけなんですが、他の部分も凄くイイですね。」

カランはやっぱり手の動きが一番気になる、何か投げるものは無いかと周りをキョロキョロ見ている。壁に予備の通信カードを見つけた。

「キャサリン、これを投げるから受け取ってくれる?」

「いいよ、投げて。」

キャサリンは難なく受け取った。

「船長もいいですか?」

「いいよ。」

カランが投げた通信カードを、船長も難なく受け止めた。

「この手、完璧だよカラン君(笑)」


3人は格納庫から出てメインデッキへ移動。船のAIが収拾した大量のデータをこれから分析する。PADの簡易情報ではなく、全ての詳細データである。船長はソーラーシステム、カランはこの惑星の地質学的な情報、そしてキャサリンは生命に関する情報、それぞれ熱心にモニターを見ている。殆どはAIが自動的に分析して、それなりの答えは出ているが、最後に人間的な感性による繊細な分析が必要である。


モニターを見ながら船長はカランに言った。

「これ、面白いね。太陽の周りの惑星は7つ。でも、その外側の不安定な惑星も含めると9個だ。」

「だったら故郷の太陽系と同じですね。」

キャサリンも持ち場を離れて船長のモニターを見ている。故郷の地球に戻ったかと錯覚する様な類似点である。

「地球の衛星も有る。月が有る事は地上の生命に周期的な影響を与えるので、動植物にとってはかなり良い事です。」

「地質学的データも故郷の地球に近いですよ。」

今度はカランのモニターに3人が見入っている。

「物質の割合、大気、海水も凄く似てます。」

これはきっと当たりクジなんだと期待出来る情報ばかりである。

「キャサリンは何か発見有った?」

「規則的な電波らしきものは全然無いので文明は無いと思うけど、大気や重力は理想的、生命活動も多数有り。早くバルーンで降りて調査したいなあ。」



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