第2話 四条通り

   

 今回、学術集会そのものは宝ヶ池の国際会館で開かれるけれど、用意されたホテルは四条烏丸の辺りにあった。

 四条通りといえば、まさに京都の中心街だ。一番の繁華街は、四条烏丸というより、一つ東側の四条河原町だろうか。

 学術集会の二日目の夜、同僚たちは、四条河原町の一帯へ繰り出した。私たちの発表は終わり、明日は他の研究グループの発表を見聞きするだけなので「今夜は飲むぞ!」と騒いでいる。

 私も誘われたが軽く断り、彼らとは別行動。一人で夜の四条通りを歩く。


 四条通りの歩道は、アーケードで覆われている。立派な屋根であり、多少の雨ならば傘の必要もないくらいだ。

 信号を渡る際に――つまりアーケードが途切れた箇所で――空を見上げれば、きらきらと星が輝いていた。雲ひとつない夜空であり、今夜は雨の心配もないだろう。

 視線を戻せば、夜だというのに、まだまだ人通りは多かった。活気あふれる四条通りだ。

 ほんの3年くらい前では、外出自粛が叫ばれていたり、外を歩く時にはマスクの着用が必須だったりしたものだが……。今の人混みを見ていると、あの時代は夢か幻だったのか、とすら思えてくる。

 当時の夜の京都は、どんな感じだったのだろうか。ふと私は、そんなことを考えてしまった。


 同僚たちが飲み騒いでいるであろう四条河原町を越えて、さらに東へ歩く。小さな川を横切る形になるが、この川が森鴎外の『高瀬舟』で有名な高瀬川。初めて見た時には「えっ、これが?」と思ったほどの浅い流れだ。

 特に四条通りの辺りでは、高瀬川はどうでもよくて、川沿いの木屋町通りの方が認識されているのではないだろうか。烏丸通りや河原町通りとは違って小さな通りだが、河原町通りと同じく、飲み屋なども多い界隈だからだ。つまり、木屋町通り辺りまでが、四条河原町一帯の繁華街という認識だった。


 さらに東へ進めば、四条大橋。ここで四条通りは鴨川を渡る。川辺に視線を向ければ、夜だというのに、大勢の若者たちが遊んでいた。

 かつては私もその一員であり、懐かしく思う。サークル仲間とわいわい騒いだり、当時の恋人と二人でしんみり歩いたり、鴨川で過ごした思い出が次々と甦ってきた。


 感傷的な気分で、少しの間、橋の上で立ち止まってから、再び歩き出す。

 四条大橋を渡ったところにあるのは、川端通り。そこから東は、また賑やかな区域となる。交差点の角には蕎麦屋があり、その隣には、歌舞伎などで有名な南座だ。和風建築が並んでいるせいか、古都京都のイメージも強くなる。

 同じ『賑やかな区域』であっても、ここから先は京都の住民のための繁華街ではなく、観光客のための場所。ここがいわゆる祇園なのだ、というのが、学生時代の私の認識だった。

 土産物屋の他に飲食店もあるが、観光客向けらしく、少し高級そうな雰囲気になってくる。学生時代、足を踏み入れたことがないわけではないが、少なくとも頻繁に遊ぶようなエリアではなかった。

 だから、それほど深い思い出もなく、私は歩くペースを上げて……。

 やがて、四条通りの東の端、東山通りに辿り着いた。

 そこに見えるのは、赤い門のような建物。

 八坂神社だ。


 八坂神社だって、たくさんの観光客が訪れる場所ではあるのだろう。だが東山通りは学生たちの生活圏の一部であり、だから八坂神社の辺りも、自分たちの遊び場の一つと認識していた。

 私が京都を離れた後で閉館してしまったそうだが、八坂神社の近くには映画館もあった。最新の話題作ではなく、過去の名作を上映する映画館であり、古い分だけ料金も安い。学生時代には何度かお世話になったものだ。「新聞契約したらチケット何枚ももらった」というので数名の友人と訪れたこともあったし、「観たい映画やってる!」と恋人が言うので二人で行ったこともあった。


 そうした出来事を思い出しながら、私は八坂神社へ入っていく。

   

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