第48話/冷静



手錠の鎖が伸びて、空の辺りでピンと張り詰めた。

足首に装着された範獅は何故自分が中途半端な位置に居るのか一瞬分からず、足元を確認する。


「な、んだとッ!この、卑怯、ものがァ!!」


足に装着された銀色の術具。前輪と後輪が付いたそれはローラースケーターに類似していた。


「黙れ、範獅。貴様は此処で死んで貰う」


指を指して、鹿目メルルがそう睨んだ。


「こ、この俺を、殺す、だとぉ!?」


表情を蒼褪めた、かと思えば、即座に赤くなる。

自分が一瞬だけ死を想定して、それを覆す為に覚悟を決めたらしい。


「………ふぅ。そうだな、こうして、三人も居ると言う事は、俺を殺す為に呼んだと考えるのが道理だろうな」


範獅は、随分と冷静な口調でそう口にして。

体を半回転して、足が頭に、頭が足に回る。

そして、地面に向けて落下する。

何を考えてるんだ、奴は。頭から落ちたら致命傷は避けられないぞ。

そう思ったと同時。


「不味いな」


そう鹿目メルルが叫ぶと共に、聖浄さんの方に駆け寄る。

そして、聖浄さんに体当たりをすると共に鎖を無理矢理離させた。


「征くぞ『天夜叉てんやしゃ』―――俺が頂点へ上るが為に」


術具、『天夜叉』の降臨が壊れた。

……いや、それは、壊れたと言うよりも、自壊した、に等しく。

尤も適した言い方をするならば、それは変形した、と言った方が適切だ。

顔面から地面に衝突する寸前、体をぐるりと回転させて地面に向けて蹴りを放つ。

刃の様に変形した後輪が地面を蹴ると共に、波紋の如き刃の斬撃が周囲に射出される。


「ぐ、ッ!」


俺は地面に伏せる。

何故ならば、聖浄さんと鹿目メルルが同じ様に、伏せていたからだ。


風が俺の上を通る。

ばさり、と、何度も何度も切断される音が響く。


「な、んだ?」


音が止んで、俺は顔を上げる。

目の前には、地面を抉り、クレーターとなった穴がある。

その中心に、範獅が立っていた。

背後を見る。

森林であった地帯は、向こう百メートル先まで見晴らしが良い伐採地帯と化していた。


「まさか、こんなにも早く冷静になるとはな……」


鹿目メルルは顔を上げて喉を鳴らした。


「冷静になったから、なんだっていうんだよ」


俺は聖浄さんの方に近づく。

そして、聖浄さんに預けた術具を受け取った。


「奴は熱が入った時が一番弱く、暫くは熱が止まない傾向にあるが……手柄が入ると理解した瞬間に、冷静さを取り戻した様子だ」


そう説明をする。

つまり、どういう事だよ。


「豹原範獅は冷静になった時が一番強い」


簡潔にそう教えてくれた。

成程……確かに、一筋縄じゃいかない様子だな。

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