第11話/夢現

『なんだ、これは』


「ねいたんは夢を司る神さま、夢と現の境を行き来する柵越えの羊」


がっしりと掴んでいる黒い腕。

ッ!?なんだ、段々と、衣服が透けて来たぞ。


「夢も悪夢も自由自在に魅せられて、夢を現に持ち出せる……貴方の夢を見させて頂戴?」


そして、俺の顔を両手で挟み込んで、薄桜色の唇が俺の口を塞いできた。

何かが吸い取られる感覚。俺の心底にある願いが、薄れていく………。


「ん……んんぅ」


唇が離れて、彼女は口の中を動かした。


「羨望、濃い味……『迷宮から抜け出したい』……それが貴方の夢」


彼女はお腹を擦ると、細く長い爪で己の腹部を突き刺した。

下腹部、丁度、子宮がある場所を弄る、そして、ずぶりと取り出したのは、一つの匣だった。


「貴方が欲していた『夢』……これを使えば、きっと貴方の夢は叶うでしょう」


そう言って、彼女は俺に匣を置く。

もしも、彼女の言う言葉が本当であるのならば……これを使えば、俺はこの迷宮から抜け出す事が出来る。


けど、何故だろうか。

あれ程、このダンジョンから出ていきたいと思っていたのに。

今は全然そんな感情が湧き出て来ない。

迷宮から出る事なんて、どうでも良いなんて思っている。


「ねいたんは、夢から夢を叶える力を与えます、当然、夢を叶おうと願う人の夢を使うから……夢が消えてしまえば、夢に対する願望も消えてしまう」


……俺が迷宮から逃げたいと言う感情が消えてしまった。

多分、前の俺なら……喉から手が出る程に欲しいものだったのだろうけど。

この匣は単なるガラクタに見えて仕方が無かった。


「ねいたんが夢を叶えたから……今度は、貴方がねいたんの夢を叶えてね?」


と、そう言って彼女は俺に向けて手を伸ばす。


『夢って……っ?』


俺は彼女の夢を聞く。


「子供が欲しいの……ねいたんはママになりたいんです……だから、貴方は今からパパになるの」


『はぁ!?』


何を馬鹿な事を言うんだ、この淫乱女は。


「逃げる事は出来ないわ……だってここは夢の中……私の思うがままの世界ですもの」


『ちょ、待っ』


俺は声で少し落ち着かせて欲しいと願うが。

口にチャックが付いて、口を塞がれてしまう。


「大丈夫……きっと、気持ち良いから……」


ぬるりとした感触がした。

俺はその時間を、彼女に貪り食われる為だけに過ごす事になる。


……夢から覚める。

依然変わる事の無い闇の中。

しかし、其処には俺以外にも女性が居た。

それは先程俺が見た夢の人物だった。

確か『寧嘆ねいたん梦何有郷むかゆうきょう』……と言う名前だったか。


夢現むげん、でも良いわ。ぱーぱ?」


ぎゅっ、と。

俺の体を抱き締める夢現。

……何故だろうか、彼女との会話は覚えているが、俺は、彼女と行った行為の事を思い出せない。


「と、取り合えず……」


この暗闇から出ようと思った。

俺の手には、俺の夢で出来た匣があった。

けれど、何故か……俺はそれを使ってダンジョンから出ようとは思わなかった。

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