迷宮攻略〜荷物持ちだった男は人類最強に至る〜

ヘイ

第1話 迷宮

「おい、荷物持ち。ちゃんと付いて来てるか?」

「は、はい!」

 

 暗き迷宮を進む一行。

 鈍臭い少年に声をかけたのは巨大な剣を担ぐ白髪の青年だ。

 名をファウスト。

 

「お前が死んで悲しむ人間がいるかどうかは知らんが……精々、気を付けろ」

 

 迷宮に挑む者。

 彼らは人類の未到領域の開拓を続ける命知らずの開拓者としての側面と、迷宮だけにしかない鉱石などの回収を行うワーカーの側面がある。

 彼の場合は開拓者としての要素が強い。

 迷宮攻略の達成は莫大な資金が国から得ることができる。

 この一点が世界中の人間の多くを迷宮開拓へ駆り立てる。

 

「崩壊の廃都……迷宮のボスはパラボロス」

 

 漆黒の巨龍。

 全長二十メートルの化け物。火と毒の王。何人もの人間が挑み殺された、迷宮の主。

 八つの目、蠅のような羽。

 王冠を模したような十三の角、六本の足。

 鼻を突き刺す毒の臭いと、体表二千度による熱波。

 まともに対峙することすら困難なのだ。

 

「荷物持ち。パラボロスのテリトリー直前、ここは安全圏だ。ここで待機していろ」

「はい」

 

 迷宮の中にはモンスターの現れない安全な場所が存在する。それは大抵が迷宮の中間であったり、或いはボスの手前であったりだ。

 パラボロスのテリトリー目前と言うこともあるのかモンスターはいない。

 ファウストの言葉に従って荷物持ちの少年は歩みを止める。

 

「大丈夫、ですか?」

「……別に死んでも構わないさ。難関迷宮の一つだ。ここで死んでも誰も文句は言わないし、俺だって文句はない」

 

 パラボロスの迷宮。

 バラストラの迷宮。

 ハクアの迷宮。

 主にこの三つが難関迷宮として挙げられる。バラストラの迷宮もハクアの迷宮もパラボロスに引けを取らない。

 

「これが終わったらバラストラに挑むか?」

「嫌ですよ!」

「だろうな。……二日だ。二日経っても俺が戻らなかったら、俺が死んだと思って帰れ。お前だって何も出来ないほど弱くはないだろ」

 

 だからこんな難度の高い迷宮にも連れて来たのだ。

 彼一人でもこの迷宮は抜けられる。パラボロスを除けば、荷物持ちの少年にも抜けられる程度でしかない。

 だとしても、彼は戻ってくるだろうと信じていた。

 

 

「あー……流石にムリか」

 

 

 けれどファウストは帰ってこなかった。

 三日目の日が昇る頃、荷物持ちの彼は迷宮を抜けることにした。

 彼の言葉の通り、生存は絶望的だと理解できたから。

 

 

***

 

 

「パラボロスの迷宮に挑みたい?」

 

 あれから七年。

 荷物持ちの少年、ライトも今や青年と言えるほどの歳になった。

 目に宿っていた希望を抱いたような光は消え失せ、深い青色だけが覗く。

 

「やめとけ……。無理だっての」

 

 ライトにとってファウストは最強の人類だったから。

 それを殺したパラボロスを超える人間など出てくることはないと思っている。

 いや、そう思いたいだけだ。

 

「分からないだろ!」

「……こればっかりは違う」

 

 やってダメだったからもう一回は、命の取り合いをするような野生の世界では扱うことのできない言葉だ。

 無謀な若者は身の程知らずの英雄譚を夢見て、自らが英雄ではないとも知らずに挑み散っていく。

 ファウストすらも敵わなかった相手を尻の青いような子供に殺せる筈もない。

 木製テーブルの上、皿の上に盛られた適当に作られたステーキの一切れを口に放り込む。

 

「俺に勝てたら行けばいいさ。俺に勝てるなら俺に止める理由はない」

 

 自分より強い人間を止めない理由は限りなく薄い。

 けれど、ここ何年もライトを超える人間が現れた事はない。巷ではパラボロスの迷宮攻略を遅れさせているのは彼であると囁かれる程に。

 

「面出ろ」

 

 椅子の横に立てかけていた剣を取り、若者達を連れて店の外に出る。

 開拓者達の集う場所、開拓使。

 国が管理する公的施設。

 流石に迷惑をかけることは出来ない。

 

「またかー、どっちにかける?」

「そりゃライトだろ」

「勝てねーって」

 

 どうせ分かりきっている事と。

 皆が口々に言って、悪ふざけも広がっていく。今日こそは、とライトが負けることを祈る者もいるが、結局のところは金が欲しいだけ。別にパラボロスを打ち倒す事を望んでいるわけではない。

 

「開始の合図は?」

「好きに決めろよ」

 

 剣を抜き互いに構える。

 ライトの握る剣は研いでこそいる物の中々に使い古した一振り。

 対して少年が構えた剣は白色と金色の清廉さを思わせる高貴な剣。

 

「……んだ、それ。儀礼用の剣か?」

「違う。これは神剣みつるぎだ」

「はあ?」

 

 ライトはどこか自慢げな様子に疑問を覚えながらも、息を吐いて。

 

「ほら、来いよ」

 

 ダラリと構えた。

 

「行くぞ!」

 

 無鉄砲に突っ込んでくる少年に呆気にとられるが溜息を吐き、直ぐに顔を殴り飛ばした。

 

「ふんっ……!」

 

 右の拳で。

 数メートル、少年が後方に吹き飛んだ。

 

「ぐっ、うぅ……!」

「立つか?」

 

 酒に酔った男どもが囃し立てる。

 いいぞ、もっとやれ、と。

 

「立てーぇえ! 小僧!」

「はははははっ! ライトなんざ切っちまえーっ!」

 

 実に気楽な物だ。

 彼ら自身は危険がないからと言って。

 

「お前はファウストになれない」

「ふぁ、うす……と?」

「いや、ファウストを越えられないって言うべきだな」

 

 血だらけの顔。

 鼻の奥も口の中も切れてしまっているのだろう。

 

「お前は何のために迷宮に挑むんだ?」

 

 ライトの問いに少年は迷わずに答えた。

 

「望まれたんだ、神に。世界を拓けって……」

「生憎だが、俺は神を信奉するつもりはないんだ」

 

 神剣が何だと言うのか。

 大層な物が今更のように出て来て、これは運命だと吹くのならもっと早くに出てくるべきだった筈だと怒りを覚えないでもない。

 

「だから、お前の使命も何だっていい。神ってやつもよっぽど暇だったんだろうな。ガキに、んな大命下すなんて」

 

 立つのなら。

 

「お前が正しいと思ってんなら、何回だってぶん殴ってへし折ってやる。俺は化け物じゃないから殺しはしないけどな」

 

 どこまでも冷たく、完膚なきまでに少年の心を圧し折るだろう。

 

「うわっ、いつも通りだ」

「……白けちまった」

 

 ボロボロになるまで殴り続け、遂には少年は泣き出してしまう。

 

「ひぐっ……うぐっ……」

「これで止まるならお前はそこまでだ。神がなんと言おうと、お前は引き戻れ」

 

 これはきっと。

 優しさなのだと。

 ただ誰もそうは思わない。どこまでもどこまでも昏く落ちていくような絶望の瞳に誰が優しさを見るというのか。

 

「泣けよ。生きろ。死にたくないと願うなら、ここから引き戻せ。誰もお前の死を悼まない。欲望に塗れた奴らだ。義務で挑むなら引き返せ」

 

 見下ろして投げ捨てた言葉に飾りはいらない。ゴミみたいに落とした物を丁重に拾い上げて、終生大事にしろとも思わない。

 

「それでも分からないなら……義務で命を棄てるくらいなら、俺の荷物持ちになれ。見極めろ。お前がやろうとしてる事がどれだけの事か」

 

 教えてやろう。

 身の危険を味合わせ。

 無謀の先にある顛末を。

 

「教えてやるよ……。お前が今、どこに居んのか。どこに向かおうとしているのか」

 

 髪を掴んで無理矢理に泣きっ面を上げる。

 

「神ってやつの言葉も」

 

 全部。

 救うものの言葉ではない。どんな怪物よりも恐ろしい、否定をする理性。

 本能すらも説き伏せるのは彼に恐怖してしまうから。

 向けられた空気はまるで千本の刃の鋒を向けられたかのように。死の恐怖を感じさせる。

 見ているだけでも恐ろしくて冷や汗が漏れる。

 

「お、おい! ライト!」

 

 ジロリと声をかけた一人に目を向けた。

 凄まじい眼光にあと数歩の距離を詰められない。

 

「……ハクアに行く」

 

 少年を脇に抱え込む。

 先の今で何を言っている。

 と言うか、パラボロスと変わらない難関迷宮の一つだ。

 などと言いたいこともある筈だと言うのに誰一人として口を開けない。

 

「……荷物持ち。何でお前が俺の荷物になってんだ」

 

 放り投げて言外に告げる。

 自分の足で歩け、と。

 ただの気まぐれだった。

 これは彼の始まりで、強くなると決心した原点だ。ファウストにバカにされたのが悔しかったから強くなりたいと彼の下にいた、彼なりの理由。

 ここには愉快だとか、愉悦だとか。

 そんな感情はない。

 

「おら、行くぞ」

 

 目指すはハクアの迷宮。

 難関迷宮でありながら最も領域狭し迷宮。そして、ここより最も近い迷宮。

 天高く聳える白き塔。

 それがハクアの迷宮。

 翼なき者たちの伸ばす梯子。

 天へと戻らんとする希望。

 

「え? ちょちょちょ! おいライト! お前酒飲んでなかったか!?」

 

 一人、開拓使施設内の酒屋のオーナーが叫ぶ。

 

「…………飲んでねーよ」

「何だ、その間! おい、全員ライトを止めろ!」

 

 だが、誰一人として動かない。

 止める理由というよりも、止められるような気がしなかったから。

 

「また来る、バラン」

 

 捨て台詞を残してライトは少年と共に去って行ってしまった。

 

「あっ、おい! くそっ……! ちょっと雑なとこだけファウストに似やがった……アイツ!」

 

 文句を垂れて、溜息を吐き出す。

 でも、仕方がないのかもしれない。ライトはファウストに憧れていた所があったのだから。

 

 

 

 

 

「あ、の……」

「酒か? 酔ってねーよ」

 

 ハクアに向けて進む途中、おどおどとした様子で少年はライトに尋ねる。

 別に酔っているかなどを気にしたつもりはないが。

 

「ハクアなんざパラボロスに比べりゃ何とでもなる範囲だ。難関なんざ言われてるが、結局はバラツキがある」

 

 それもその筈だ。

 ハクアは根城としての役割ではなく天へと向かう梯子の役割を担うものなのだから。

 

「だからって勘違いはすんなよ。俺だから何とかなるんであって、お前でも何とかなる訳じゃねーからな……」

 

 どうせあの迷宮の敵は上へ登ることにしか意識はなく、盲目に伸ばし続けるだけなのだ、とライトは思い込んでいる。

 いや、実際はそうなのだ。

 それで間違いない筈だ。

 

 ただし────。

 

「おら行くぞ」

 

 ハクアの迷宮、塔内に足を踏み込んだ瞬間に遥か上から何かが飛び降りて来た。

 羽の亡き者。

 この世に落ちた神の使い。

 名をフォールン、堕天せしモノ。

 

「神の……力が……! ああっ、神よ!」

 

 ────神剣は例外だろう。

 

「何故、人間に神の……っ!」

 

 憎悪、憤怒、嫉妬。

 ぐちゃぐちゃとフォールンの腹の底をかき混ぜていく。たった一つの神剣が、だ。

 

「おい。珍しく降りて来てんじゃねぇか、フォールン。いや、態々、自分から堕ちてきたって言うべきか?」

 

 揶揄うように笑えば、プツリと何かが切れたようで戦いの幕が落とされた。

 

「戯、れ言をっ…………吐くなぁぁああああああああああああああああッ!!!!」

 

 フォールンに翼はない。

 フォールンに光輪はない。

 あるのは人間を超越した身体能力と権能だ。彼らの生まれ持った権能。

 

「荊の杭よ!」

「ああ?」

 

 剣を抜くには間に合わない。

 薔薇の棘の形をした弾丸は茶髪のフォールンの指によって弾き出され、音速を超えて飛来する。

 

 ────キュゥゥウウウン!!

 

 思わずライトは左掌を突き出して盾のように構えるが貫通。

 顔を僅かに歪める。

 

「チッ……!」

 

 ダラダラと血がしたり落ちる。

 少年はこの光景を見て足がすくむ。

 仕方ない。

 実際は命を奪われるなどと思ったこともないのだから。

 

「痛いか、人間! だが私の痛みはこんな物ではない!」

 

 ああ、どうだっていい。

 お前らの言葉だって戯れ言だと。

 心底、吐き気がするほどだと。

 ライトの中には否定の言葉が満ちるのだ。

 相互理解は不要だ。

 

「引き裂かれてしまいそうなこの心を、神は救済せず! あまつさえ人間を! 人間を、だぞ!」

 

 だとしても元々が神に仕えると定義された彼らでは造物主を恨むことさえ許されなかった。

 故に矛先は堕落の由縁たる人間。

 こんなことでは戻れぬと塔を建造したというのに。神の威光を宿す剣があるとなれば冷静ではいられまい。

 

「荊よ!」

 

 新たな弾が装填される。

 

「神を恨むことは……出来ぬが! それでも!」

 

 ピンっ。

 弾丸が発射される。甲高い、空を割く音。回転しながらライトを貫かんと進む。

 ただし、今度は違う。

 

 ────ギィイイイイ……ッ!

 

 耳障りな音を上げながら荊の弾が弾かれた。

 

「分かってりゃ、どうとでもなるんだよ」

 

 ライトが振り抜いた剣が弾いたのだ。

 

「弾が一つとも、我々が一人とも言っていないがな!」

 

 人類最高峰。

 

「知ってんだよ」

 

 懐からナイフを取り出して投擲。

 背後のフォールンに突き刺さる。

 

「おい、ガキ。そこ動くな」

 

 一振りの剣と数本のナイフ。

 透明な糸を結びつけ、ナイフの回収は可能。

 

「荷物持ちは俺の最低限の荷物だからな」

 

 これが彼の編み出した戦い方だ。

 ファウストほどの力がないのなら変幻自在、手数で押しつぶす。

 とは言え、ライトの力が弱いというわけでは無い。単にファウストに敵わないと言うだけだ。

 糸を手繰り、フォールンを突き刺し赤に染まったナイフを掴む。

 

「あ、あの! 俺に何か────」

「余計なことすんな。それがお前のすることだ」

 

 曲線を描き少年に向かい飛んでいく荊の弾を投げたナイフで叩き落とす。

 

「ひっ……!」

「動くなよ」

 

 すぐ近くの背中だけしか頼る事ができない。目の前に見えるこの男は間違いなく自分を守り抜くだろう。

 

「いいか? フォールンはお前に殺到する」

 

 それでも動くな。

 これだけを求めるのだろう。鳴り響く金属音にビクリと肩を震わせる。

 

「狙いはその剣だ……。俺の考えが足りなかったな」

 

 ライトもこんな事になるとは思ってもいなかったのだ。

 上からフォールンが四体、新たに堕ちて来る。知性を持つ怪物との闘いなど面倒この上ない。

 だが、負けはない。

 

「ふっ────!」

 

 落ちて来たフォールンが着地する前にライトが四本のナイフを投げる。翼なき彼らには簡単には避けられない。

 狭き迷宮ハクアの影響か避ける場所が足りなかったのだろう。二体の脳天をナイフが貫いた。

 自由落下の速度とライトによって投擲されたナイフの速度の衝突だ。

 絶命は必至。

 それでも二体が現れた事に変わりはない。

 

「いいか、よく見てろ。これが────」

 

 ゾワリとする程の寒気が支配する。

 殺気と殺気が打つかり撒き散らすは凍てつくほどの冷たい空気。氷柱を背中に入れられたような気味の悪さ。

 

「────迷宮だ」

 

 さあ、絶望が口を開いたぞ。

 少年は選択を迫られた。

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