DAY.8:「サドーくんの家で寝たいんだけど」

 翌日、日曜日の夕暮れ時。合倉宅。


 テーブルの隅々にまで並んだ料理を前に、沙也さんは目を丸くしていた。


 シーザーサラダ、フライドチキン、一口ハンバーグ、フライドポテト、サーモンのカルパッチョ、ガーリックトースト……。洋食を中心とした品々が卓上でひしめき合っている。


「あと冷蔵庫にケーキも入ってますから」

「ど、どうしたの? こんなご馳走。何か良いことでもあった? 模試の成績がA判定だったとか? それとも大学の指定校推薦に受かったとか?」


 沙也さんは驚きを通り越して怯えているようにすら見える。


「……もしかして引っ越しちゃうの?」

「違いますよ。本当に心当たりないんですか」

「うん、さっぱり」


 クッションを抱きしめ、沙也さんが上目遣いをする。ここはさっさとネタ晴らしするべきか。下手に話を引っ張って、言い出すタイミングを逃したら面倒だ。


「沙也さん」

「……はい」



「お誕生日おめでとうございます!」



 俺はガラにもなく大きな声で祝福するとともに、手元のクラッカーを鳴らした。


「ふぇ?」


 カラフルな紙テープを頭に乗っけた沙也さんが、口をあんぐりとさせる。


「ほら、今日誕生日じゃないですか」

「え、サドーくんの?」

「いえ、あなたの。……まさか、忘れてないですよね」

「……」

「……」


 数瞬の後、沙也さんがはっとする。


「そうでした!」

「あああ良かったぁ! あまりにリアクション薄いから日付間違えたのかと思ったじゃないですか!」


 思わず俺はテーブルの角にしがみついてしまう。プレッシャーから解放された瞬間だった。


 本当は沙也さんからチラつかせてくれればこっちも祝いやすかったのだが、今日も起きてから解散するまでバースデーの素振りをまったく見せないし、夕食に誘ってもやっぱり普通の反応だし。ちなみに料理は俺の家で作ってからこっちに運んできた。


「そういえばお母さんからメールが来てたような……。読んでなかったけど。でもどうして、サドーくんが私の誕生日知ってるの?」

「ほら、最初に添い寝をした日、運転免許証見せてくれたじゃないですか」


 そういえば、という顔をして沙也さんが財布から免許証を取り出す。俺も念のためもう一度確認すると、誕生日は今日で間違いないようだ。


「何かプレゼントを用意しようかと思ったんですが、大人の女性が喜ぶものとかわからないし、あまり高価なものを差し上げてもかえって迷惑になるんじゃないかとか色々考えちゃって。予算的な事情もあって結局料理が一番喜んでもらえるかなーと。ほら、平日はゆっくり夜メシ食べる時間もないじゃないですか。外食ばかりだと栄養も偏るし」


 恥ずかしさからつい早口になってしまう。それに余計なことまでしゃべっている気がする。思えば俺は物心がついてから、ここまで盛大に誰かの誕生日を祝ったことがなかった。


「サドーくん」


 沙也さんの両腕が、ふわりと俺の肩を包む。


「ありがと。すごーく嬉しい」


 もっと無邪気に喜んでくれると想像していたので、俺は硬直してしまう。


「……どういたしまして」


 俺の心臓はバクバクとビートを打ち鳴らしていた。抱きしめられた今の状態では、間違いなく心音は相手に伝わっている。ベッドの外、素面での抱擁は、俺の男心を激しく乱した。いつぞやの宅飲みで、酔っ払った沙也さんを抱いた時にはこんな気持ちにはならなかった。


 両腕が離れ、沙也さんはぴっかりとした笑顔を見せる。


「早速食べよっか。サドーくんもシャンパン飲む?」

「ジョークだとは思いますが、謹んで遠慮しておきます」

「ふふ、こんなこともあろうかと」


 ニヨニヨとした表情で沙也さんが冷蔵庫から緑のボトルを取り出した。ラベルには英語でシャンパンと書かれており、隅に「ノンアルコール」という未成年に優しい一言も添えてある。


「今夜は一緒に飲もうよ、サドーくん」

「喜んで」


 誕生日は、祝われる側だけでなく、祝う側も嬉しい日だ。


 ☆ ☆ ☆


「うへへぇ~。サドーくんの料理全部おいしかったぁ~」

「それはどうも」


 テーブルに所狭しと並んでいた料理は、すべて俺たちの胃に収められた。シャンパンボトルは早々に空になり、沙也さんだけがハイボールを飲んでいる。まだ半分も減っていないのに、気分が高揚しているからかすでにベロベロだ。


「でもまたサドーくんの勉強の邪魔しちゃってる私……くすん」

「平気ですよ。『合宿』の翌日は、勉強時間は普段の半分にするってルールですから。時間費やして無理やり頭に詰め込んでもパンクするだけなので。脳に浸透させる工程も必要なんです」

「~っ、サドーくん大好き~!」

「はいはい」


 サプライズパーティー開催という重要任務を終えた俺は、情熱的なハグにも冷静に対処する余裕が生まれていた。


「ねぇねぇ、もしクリスマスもサドーくんに予定がなかったら、またおうちでパーティーしよ?」

「予定なんかできませんよ。学校は冬休みだし、その頃にはアルバイトも辞めているでしょうから」

「そうなの?」

「さすがに受験勉強を優先したいので。そのために今は生活費を詰めて貯金してます」

「でも彼女ができるかもしれないよ」

「ないですよ。学校じゃ異性とろくに話しませんし。まともに接するのはチヅくらいです」

「チヅちゃんから告白されるかもしれないじゃん」

「だからアイツはそういうのじゃないですって」

「むー……」


 沙也さんはなぜかチヅの話題になるとご機嫌斜めになる。ギャルとの相性の悪さは折り紙つきらしい。


「……ねぇ、一個お願い事してもいい?」


 ぎゅ、と袖を握り、沙也さんがリクエストをしてくる。


「さっき、私が何を貰ったら喜ぶかわからないって言ってたじゃない? ……その、欲しいものっていうか、したいことがひとつだけあって」

「いいですよ。俺にできることなら」


 沙也さんは深呼吸をしてから、俺の目を真っ直ぐ捉える。



「……今日、サドーくんの家で寝たいんだけど」

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