第35話 アルスの過去(中編)

 僕が呼びかけると、アルスは羽の塊から顔を出した。


「何があったんだ? 思い出したこと、話してくれないか?」

「ああ、うん……。気になるよな、そりゃあ……」


 アルスは気のない返事をして、トンと左耳を羽に埋めた。


「っていうか、結局ウェントスも一緒なんだな。姿は隠してるけど」

「離れると見えなくなるから……」

「わかってるよ。あと、ウェントスなら無害ってことも」

「その……本当なのか? アルスがイタクラ ユウヤだって」

「本当、らしい。ちょっとまだ受け止めきれてないけど、ツバサと一緒に大学で講義を受けてたことも、ツバサが入院して何度かお見舞いに行ったことも覚えてる。ベイコクに渡って研究してたこともな」

「信じられないけど、ちょっと納得はする。アルスって頭いいし、細かいことによく気づくし、ツバサの映像にも夢中になってたし」

「記憶を無くしても、同じ人にまた恋するとか、自分でも引いたよ」


 アルスはハァと深く溜め息をつく。


「あんなことがあったのに、忘れてたなんてな……」

「ツバサはアルス? いやユウヤ? の恋人だったんだろう? 何があったんだ?」

「色々だよ。そりゃあもう、どこから説明すればいいのかわからないくらい沢山」


 アルスは閉じた羽を開き、ベンチから下りた。背中から大きめの羽を一本抜くと、それで地面に長い右矢印を描いた。

 矢印の上に三つ点を打ち、左の点に〈太陽ソル〉爆発、真ん中の点に死と書いた。アルスは〈太陽ソル〉爆発の左を羽で示した。


「まず、最初っていうか俺がイタクラユウヤとして生きていた時代の話な。俺はツバサと出会って恋に落ちた。盛り上がる話がいつも生物や宇宙の話ってことを除けば、俺達はどこにでもいる普通のカップルだった。

 ある時、ツバサが入院した。どんな病気とかは説明要らねえだろ? 俺は星が好きで宇宙物理学を専攻してたんだけど、ツバサのことがあってから星じゃなくて〈命源ポエンティア〉について興味を持つようになった。

 輪廻の法則、同じ軌道には複数の魂が乗っていて、確率的に考えると最大三つの魂が同じ時間に生命として存在することが出来る。ドッペルゲンガー現象の説明さ。当時、凄く話題になったんだ。そういう時代の波も受けて、俺は〈命源ポエンティア〉を専門にすることにした」

「それで天秤なんとか理論っていうのを打ち立てたんだろう?」

「いいから、俺の話を聞いててくれよ。俺はベイコクに渡った。〈太陽ソル〉に近づくためだった。ツバサの病を克服するには〈命源ポエンティア〉を得るしかない。けれど、倫理的な問題で人から〈命源ポエンティア〉を得るわけにいかない状況だった。フロースの実験でネズミの〈命源ポエンティア〉を注入されたセミがすぐに死んだのを見ただろう? もし人以外の〈命源ポエンティア〉を入れてしまえば、あんな感じでツバサも息絶えてしまう。

 ところが、全ての生命の活力となる〈太陽ソル〉の〈命源ポエンティア〉なら、どの動物にも適合するんだ。分化する前の細胞のように、周りの環境に自分の性質を合わせて順応出来るって寸法さ。

 時空転換装置の開発、まさにこれこそが〈太陽ソル〉に近づくための唯一の手段だったんだよ。俺は空間のひずみを時空転換装置で〈太陽ソル〉の中心に送り込めないか研究してた。ひずみに〈太陽ソル〉の持つ〈命源ポエンティア〉を汲んでまた地球に戻せば〈命源ポエンティア〉を手に入れることが出来ると考えたんだ。

 それで、ラボでの実験を重ねて、当時世界的な宇宙工業機関に何度も協力をお願いして、ようやく実験許可を得て実行に移せたんだ。メチャクチャ大変だった」

「上手くいったのか?」

「そうだな。ツバサを救うという意味では成功した。けれど、時空転換装置のポイント設定の計算に小さなミスをしてて、運悪くひずみは〈太陽ソル〉の中心核にぶつかる形で出現してしまったんだ。そのせいで中心核の一部が欠けて、その破片があの〈心臓カルディア〉なんだけど。二年後、ツバサがすっかり病を克服した時、穴の歪みに耐えられなくなって〈太陽ソル〉が爆発した」


 アルスは羽の指し示す場所を〈太陽ソル〉爆発の右へ移した。

 まさか、ずっと話題に出ていたユウヤが〈太陽ソル〉の爆発を引き起こした張本人だったなんて。しかもその青年が今目の前にいる。

 どこから驚けばいいのかわからないな。全部があまりに突飛で現実味がなさすぎる。


 ユウヤは淡々と話を続けた。

 〈太陽ソル〉が爆発した後、灼熱の隕石が無数に落ちてきて、ワコクを含めてタイヘイ海の国々は壊滅状態になったらしい。ユウヤとツバサは偶然オウシュウを旅行していたため、無傷で生き残こることが出来た。

 しかし、光が失われたことで世界はパニックだったし、二人は縁もゆかりもない異国に取り残されて故郷に帰れずで大変だったらしい。

 時間に関係なく光を灯し続けなければならず、電気使用量に規制がかかり、火を灯すための油が大高騰し、満足な生活を送ることすら困難だったという。


「生活が一変して、明日を生きることすら不安になる日々だったんだけど、住む場所やお金はなんとか確保出来て、空いている時間を使って二人で実験を続けてたんだ。呑気なもんだろ。俺だって笑いたくなるよ。さすがに大層な実験装置が必要になるようなことは出来なかったけど、〈命源ポエンティア〉を浴びて変質した植物や鉱物の性質について調べることくらいは出来た。それで、〈命源ポエンティア〉の火力で好きに発光色を変えられる特殊な鉱石を発見した。それが〈色封石ラピス・カラー〉な」

「凄いな。そんなにポンポン新しい物を発明していくなんて」

「偶然だよ。ツバサに不思議な力が現れるようになって、自由に〈命源ポエンティア〉の火力を調整出来るようになったから」

「不思議な力?」

「死んだ生物を好きに蘇らせられるようになってた。俺は信じようとしなかったけど、ツバサはひっきりなしに少女の霊を体に宿したって言ってて、無意識のうちに生命、記憶、精神、三つの力を自分の物にしてた。他にも霊が見えるようになったとか、当時色んなことを言っていたな。まあ、俺が話を聞いていい顔をしなかったんでツバサの方も話さなくなっていったんだけど。

 この街を作り始めたのもその頃だ。俺達は〈太陽ソル〉が消滅した後もわりと楽しく暮らしてたんだ。けど、それもいつまでも続かなかった。時が経てば俺は老いていった。けれどツバサは不老化手術のせいで、五十年経っても高校生の姿のまま。最期が近くなった時はまるで孫が祖父の世話をするように、ツバサが俺のことを介護してくれたよ。そして、ある時ポックリ死んだ。死んだ時の年齢は覚えていないけど、八十は超えてた」


 羽を真ん中の死のポイントへ移す。


「ツバサは酷く悲しんで、俺が死ぬとすぐに輪廻の法則を読み取って俺の生まれ変わりを作り出した。正確には、輪廻の法則に乗った〈命源ポエンティア〉のモヤをあの天使の絵に宿らせて今の俺に成形した感じ。そこに予め俺から抜き取っておいた記憶を全部移した。俺は妖獣として生まれ変わったから、今度は年を取らずに済んだ。永遠に一緒にいられるって、最初は幸せだったんだ。でも、ある時からツバサは豹変した」


 アルスの表情が硬くなる。視線が動揺したように揺れ、手も硬く握り拳を作った。


「急に命令口調になったり、言うこと聞かないと喚くようになったり。酷い時はぶたれて、爪を立てられた。最初はちょっと機嫌が悪いだけなのかもって様子をみてたんだけど、いくらなんでもおかしいって思って、一回何があったのか問いただしたんだ。結局何があったってどういうことかって癇癪を起こされて終わった。ツバサはどちらかというと自分の気持ちを内に抑えがちな大人しい子だった。わけがわからなかったし、怒るツバサを見たくなかったし、叩かれるのも怖かったしで、次第に俺はツバサの言いなりになっていった」

「逃げればよかったじゃないか」

「無理だった。上手く説明出来ないけど、逃げられないって思ってたんだ。多分俺もどうかしてたんだよ。死も老いもない体で、時間ばかりが文字通り永遠にあって。俺は自分が呪われてるって思った」


 銀色の瞳に暗い影が差していた。きっと当時こんな顔をして過ごしていたんだ。

 希望も気力もなく、ただ淡々と時を刻む。日常を繰り返す。終わりのない時間、ずっと。


「俺は俺なりに上手くやっていた。でもある時、俺がツバサの髪をとかしている時に急にツバサが俺の首を絞めた。さすがに妖獣だから死にはしなかったけどな、人間として生きた記憶があったからそれなりにショックは大きくて、俺は死んだように意識を失った。で、次に目覚めた時、ウェントスと一緒にステラが俺のことを舐めるように見ていて、ユウヤの記憶はすっかり消されていたんだ。俺はウェントスから新しい名前を与えられて、アルスとしての人生を歩み始めた」


 右の点の上に、アルス誕生と書き足した。

 フウと吐息を漏らし、羽を点の右側へ進めた。


「二回目の死の後、何が起こったのかは知らない。ただ、わかったのはツバサの肉体は〈赤霊峰マウント・ルーベル〉の山頂で眠っていること、三羽のウサギはツバサの要素を受け継いでいることだけ。行き場を失った俺は名前をつけてくれたウェントスの元を訪ねた。んで、仕えることにした」


 その後、僕が作り出されて、僕と一緒に星の神殿に住むことにした。

 以上、と短く言い切り、アルスは羽を置いた。

 とりあえずアルスがユウヤだった時代からの大体のことはわかったけど、疑問点が多すぎる。

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