第27話 愛と狂気(中編)

 パーティー当日。

 主役である俺とフロースはきちんと正装し、ホール中央の席に並んで座っていた。

 パーティーは毎年、会を開催する国の人が多く招かれて盛大に行われる。今回は戦時中で人もまばらなんだろうと思っていたが、違った。

 五年前、最後のパーティーが行われた時と同じように百人以上集まっていた。

 こんな状況なのにどうやって人を集めたんだと思う。まあ、いつもより魔族の割合が断然多いところから察するに、カエルムが脅して参加させたんだろうが。


 俺の両親は俺達から一番近いテーブルで表情を硬くしていた。しきりに周囲に視線を振っているのはコルヌを探しているからだろう。

 俺も気になって客席を隈なく捜したものの、それらしい人物はいなかった。


 パーティーは両国の最高権力者の挨拶で始まった。魔族の音楽隊が優雅なメロディーを奏でると、それぞれのテーブルに料理が運ばれてきた。まるで結婚式みたいだ。


 けれど、妖族と魔族が一緒に祝いの席にいるのを見てると、俺達が妖族と魔族の懸け橋となる存在なんだなと実感出来た。多分パーティーというのは名ばかりで、この会の本当の目的は妖族と魔族の交流だったんだ。

 会の最中、俺はずっとフロースのそばにはりついていた。皆に心配をかけないように、フロースが自分の失明を隠したがったからだ。


 俺達が食事をしている最中も、妖族魔族関係なしにパーティーの参加者がひっきりなしに挨拶しにやってきた。

 フロースは顔が隠れるようなベールの髪飾りをし、手首に小型の手鏡を忍ばせていた。

 それにしても上手くやっている。俺くらいの距離でもなければ、差し出した手と視線の先が微妙に合っていないことに気づかないだろう。


「フロース様もこんなにお綺麗になられて。もう成人されたとは」

「ガルダ水源の水守様。お会い出来て光栄ですわ。いつも清浄な水を届けてくださって、ありがとうございます」

「滅相もありません。姫様、私も年を取りました。来年には水守を息子に継がせようと考えております。宜しければ挨拶させてくださいませんか?」

「あら、そうなの? 是非ともお話しさせてくださいな」


 なるほど、ここに招かれているのは〈魔国デモンドカイト〉の要所を守っている人達なんだな。

 それにしても、水辺を守る水守に食物を育てる種守か。本来なら自然が勝手にやってくれることを人がイチイチやらなきゃいけないっていうのは面倒極まりないな。

 だから一見ただの漁師か農夫にしか見えない人も重役扱いされるのかって納得出来るわけだけど。

 参加者は皆、王女様と直接話がしたいみたいで話も長かった。そのせいで俺達は殆ど自分達の食事には手をつけられていなかった。


「ねぇイグニス、先生は客席にいるの?」

「いや、まだ見てない。捜してるんだけどどこにもいない」

「作戦の準備をしているのかもしれないわね。お父様はどんな感じ?」

「上機嫌だよ。気持ち悪いほど」

「会の最中は何も騒ぎを起こすつもりはないのね。その方がありがたいけど」


 肝心の魔神カエルムは俺達の左側の席に座って魔族の参加者と話していた。

 何も知らなければ、まさに賢王といった感じの男だ。どうしてあそこまで平然としていられるのか、その神経は全く理解出来ない。

 魔神カエルムに話しかける魔族達は心から敬意を表している様子だ。もしかして、魔族の人達はカエルムがおかしくなったことにさえ気づいていないんだろうか?


 やはりなんか不気味だぞ、この会。


 食事が一旦落ち着くとカエルムの提案で皆でダンスすることになった。きっとフロースの失明を知った上での嫌がらせだったのだろう、俺達にも踊るように促してきた。

 悪趣味な奴め。


「どうする? 踊れるか?」

「イグニスこそ、踊り方わかる?」

「パーティーで踊ったことは思い出してる」

「なら、きっと平気よ。私達は王族で婚約した仲。他の人達と踊る必要はないの」

「決まりだな」


 立ち上がり、ホールの中央に立つ。綺麗に着飾った魔族の男女も周りに並んだ。手と手を取り合い、音楽隊が演奏を始めるのを待つ。


「俺がエスコートする。フロースは俺に身を任せておいてくれればいい」

「信じてるからね」


 記憶が曖昧だったとしても、俺は数え切れないほどフロースと踊ってきたんだ。フロースを導けるのは俺しかいない、そう思うと嬉しさで胸がいっぱいになった。


 ステップ、クロス、ステップ、ターン。


 何も見えていないのが嘘なんじゃないかと思えてくるほどフロースは完璧に踊った。

 互いの息がピッタリ合わさって俺も心地よかった。

 ばれていない。ここまで順調に進んでいる。

 後はサノーが上手くカエルムを地下牢へおびき寄せてくれれば。


 トスン。何かが壁に刺さる音が聞こえた。見ると小さな矢が壁に突き刺さっている。

 それからうわあと叫ぶ声がして、そっちを見てみると、昆虫の角を生やした妖族が魔族に取り押さえられていた。

 手には妖霊を変形させて作った弓を持っている。魔神カエルムを狙っていたんだ。


「離せ、クソ! 魔神カエルム、俺はあんたのせいで全てを奪われた。家族も故郷も、あんたの呼んだ大津波に全部持っていかれた。死んで詫びろ!」

「おい、誰かこいつを今すぐ縛り上げろ。牢にぶち込め!」


 穏やかだった会場に攻撃的な罵声が溢れかえる。魔族の小さな子供が大声で泣き出した。

 衛兵の魔族が妖族を呪いで拘束して担ぎ出した。暫くの間、「忌まわしい魔神に死の裁きを!」と喚き散らす声が扉越しに聞こえてきた。


 彼のせいで妖族の中に溜まっていた恨みや怒りが一気にかき立てられたらしい。妖族達の殺気を感じ取り、魔族達も敵意をむき出しにした。


「これがサノーが計画した騒ぎなのか?」

「違う気がする。これでは地下牢にお父様をおびき寄せられないもの。私達が何もしないでも騒ぎが起こってしまう状況にあるということよ」


 挑発に乗った魔族が手鏡を取り出し、攻撃を仕掛ける。炎を受けた妖族がいばらの鞭で対抗した。それまで平和だったのが嘘のように妖族と魔族が戦い始めてしまった。


「やめなさい」


 俺の隣に控えていたフロースが声高に命令する。拡声魔法を使用しているわけではないのにフロースの声は会場内に響き渡り、魔族も妖族も関係なく動きを止めた。

 声が大きかったわけではない。彼女の声の存在感が強すぎて、聞いただけで圧倒されたんだ。

 会場内が異様な緊張感に包まれる中、フロースは足を進めた。時計の針の音のように、ツカツカとヒールの靴の音が反響した。

 中央まで進み出て、フロースは叱責するように視線を左端から右端へ大きく振った。


「今、両国がどういう状況下にあるのか、私もよく知っているわ。でも、今は私とイグニスのパーティー、祝いの席です。戦時中というこの時に、何のために今日の会が開かれたのか考えてごらんなさい。貴方がたは敵国を憎む戦士である前に、私達の成長を見守る国民であるはず。今日は、今日だけは全てを忘れて私とイグニスを祝って。これ以上この場を荒らすというのなら、魔神女子の名を持って退場を命じます」


 皆フロースの言葉に聞き入っていた。彼女の真摯な表情を見て、今この場で最も辛い思いをしているのが誰なのか悟ったのだろう。

 魔族達は全員、手鏡をしまった。妖族も武器に変えた妖霊を次々と消した。


 しかし、一人だけ武器をしまわない者がいた。イノシシの牙をたくわえた男がフロースの前に立ちはだかった。


「あんたはいいよな。何もしないでも魔神女の座に即位する時には我々の領土も手に入っている。言葉だけ立派にしていれば国民はついてくるもんだと思っているんだろう。俺達はそんな愚かじゃない。そうやって見下して楽しいか!」

「いい加減なことを!」


 間に入ろうとした俺をフロースが制止した。注意深く相手の視線を探り、フロースはしっかりと相手の目と視線を合わせた。


「もし、このまま〈妖国フェリアーヌ〉が〈魔国デモンドカイト〉の属国となってしまったなら、私が魔神女の座を引き継いだ瞬間に返還すると約束するわ。これからは私とイグニス二人で国を作っていくんだもの。〈魔国デモンドカイト〉が〈妖国フェリアーヌ〉を脅したところで、何の得もない。そうでしょう? イグニス」

「ああ。俺達の時代には両国が協力して生きていく。俺達が夢見ているのはそういう国なんだ。じゃなきゃ俺はとっくにフロースから離れてるよ」


 勢いで言ってしまったが……これが俺の本音なんだな。

 〈妖国フェリアーヌ〉の王子として俺が望んでいるのはただ一つ。皆が幸せになってくれること。そのために俺とフロースは一緒に頑張っているんだ。

 フロースの言葉によってこの妖族も引く気になってくれたらしい。氷の混紡をしまい、元いた場所へ引き返した。


「会を続けましょう。皆、楽しんで」


 フロースが微笑むと参加者達を黙らせていた緊張が解けた。ざわざわと取り繕うように談笑する声が大きくなっていく。

 驚いたな。あのワガママ嬢にこれほどまでの指導者の才覚があったなんて。

 正直言ってフロースを見直した。俺は何とかフロースに合わせたけど、呆気に取られてばかりだったな。

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