第26話 愛と狂気(前編)

 俺達が神殿にいた間にサノーは〈魔国デモンドカイト〉のギマハラという地に拠点を移していた。ここはサノーが生まれ育った場所らしい。

 城での生活が長かったのでここにはもうサノーの家はないそうだが、田舎も田舎なので土地は余っていて、サノーは植魔法でせっせと雨風をしのげる簡単な小屋をこさえていた。

 こんな辺鄙な田舎町から〈魔国デモンドカイト〉の王女の主治医に抜擢されるなんて、サノーの腕の良さを改めて実感させられる。


 俺とフロースは小屋の一室で集めた秘宝を広げ、情報を集めていた。

 目的は〈心臓カルディア〉の破壊方法。

 しかしどれを調べてもそれらしい情報は見つからなかった。念のためノートまで読み返してみても収穫なし。


 なんであんな危険を冒してまで手に入れた代物がこんなガラクタ揃いなのか。嫌になる。


「そもそもアーラの秘宝って何をもって秘宝って言うんだ? 命を操る〈心臓カルディア〉はともかく、他の物は別に特別な感じはしないじゃないか」

「私に言われたってわかるわけないでしょ。私だってお父様が神殿に行ってからおかしくなったのを見て秘宝に原因があるって思っただけで、解決法がわかっていたわけじゃないのよ」

「それだけの理由で俺から記憶を奪ったのか? 実行する前にもう少し考えろよ」

「何よ、それ。あんただって他に手がかりはないからとりあえず少しでも可能性のあるところから探っていこうって、私の計画に賛成してくれたじゃない。忘れたの?」

「残りの記憶を奪ったのはそっちだろう! 俺がこんなにグレーだらけな状態で記憶を差し出そうなんて思ったはずがない。何かもう少し決定的な裏付けがあったんじゃないのか?」

「決定的な裏付けって何? あの殺戮を起こしているのは私のお父様なのよ。何もわからなくて不安なのはあんたじゃなくて私なんだからね」

「論点をすりかえるな。フロースが不安なのと俺が危険なことに手を出すことは無関係だ」

「酷い! それでも〈妖国フェリアーヌ〉の第一王子? そんな冷たいことしか考えられないなんて、〈妖国フェリアーヌ〉の未来が心配だわ」

「今そんな話してないだろう」

「もう嫌。今すぐ出ていって」

「なんでそうなる?」

「出ていって!」

「わかったよ。出ていけばいいんだろう、出ていけば!」


 喧嘩の末、俺は簡素な小屋から出た。

 ったく、フロースはなんであんなにも建設的に話が出来ないんだ? 俺の言ってることに何が間違っているって言うんだ?

 イライラする。


 ポツリ。


 雨が額に当たった。こんな時に降ってくれるなと憤慨しつつ、俺は近くの大樹の下で雨宿りすることにした。

 シトシトと滴る透明な水滴。静かな雨音は聞いているだけで気が滅入ってくる。

 足元から緑色の炎が噴き出し、突き放した目をした獅子が現れた。焦げそうな熱気で湿った髪が一瞬で乾いた。


「焦りすぎだ、少しは冷静になれ」

「わかってるけど、今度のパーティーしかチャンスがないって考えると俺も落ち着いていられないんだよ」

「だが焦ったところで何かが解決するわけではないだろう」


 そうかもしれないけど、どうにかならないものか。


「レグルス、何かいいアイディアはないか?」

「小難しい話はわからん。だが気づいたことがある。アーラ秘宝の解釈についてだ」

「秘宝の解釈?」

「ガラクタにしか見えないあれらが秘宝と呼ばれる所以。誰かが宝物だと思わなければそのような名前はつかない。では、誰があの三つを秘宝と呼んだのか」

「うーん……アーラの秘宝って言うくらいだから、アーラ? あ、けど神霊達って可能性もある?」

「恐らくな」

「つまり、結局はガラクタなんだからこれを調べても〈心臓カルディア〉の破壊方法はわからないってこと?」

「然り。そもそも、アーラの秘宝はアーラの呪いを解くために用意されたものだ。アーラの秘宝の一つである〈心臓カルディア〉の破壊方法が記されていると思う方が不自然なのではないか?」

「気づいてたならもっと早く言えよ! なんでそんな重要なことを黙ってたんだよ?」

「記憶を失う前にも同じことを言って、我輩は止めたのだぞ。実行すると言ったのはお前だ。フロースには逆らえないからと、我輩の言葉を一切受け入れようとしなかった」


 そうだったのか。クソ、なんで俺そんなことしたんだよ? 全くわけがわからない。

 レグルスが急にかしこまった様子で頭を下げた。小屋の方から人の姿をしたペンナが歩いてきていた。


「困っているようね」

「まあな」

「ねえ、魔神カエルムを止める方法について一つ名案があるんだけど、聞く?」

「名案?」

「簡単なことよ。私が魔神カエルムの記憶を封じればいいの。貴方、〈赤霊峰マウント・ルーベル〉で目が覚めた直後は自分にどんな力があって何が出来るのかわからなかったでしょ? だから、カエルムの記憶を全て凍結することが出来れば、〈心臓カルディア〉を使いたいって意志があっても使えなくなるわけ」

「そんな方法があるなら、俺達わざわざ神殿に行く必要もなかったんじゃ……」

「わかってないね。この方法は私の持つ風の力が必要よ? アーラの秘術は〈赤霊峰マウント・ルーベル〉でしか使えないから、私の協力がなかったら出来ない方法だわ。今回はアーラの秘宝を揃えてくれたことに免じて、一回だけ使わせてあげようと思っただけ。これって特別なことなんだからね?」

「まあ……そっか。神霊の力だもんな。協力してくれるのはありがたいけど」

「でも、発動するには儀式が必要だから、〈赤霊峰マウント・ルーベル〉でやったみたいにカエルムに呪文を刻んでね。サノーの音魔法を使えば多分パパっと出来るから。じゃあね」


 ペンナはウサギに姿を変えると、小屋に戻っていった。


 俺は小屋に帰ってすぐサノーにペンナの提案の内容を話した。


「っていうことなんだ。ペンナはサノーの音魔法を使えば簡単だって言ってたけど、出来そうか?」

「ふむ、音場を上手く使えば塗料を模様の形にするのは出来るぞい。こんな風にな」


 サノーは魔導書を開き、飲んでいたチョコの汁を飛ばして対面の壁に自分の名前を刻み込んだ。

 インクさえあれば人の体にも同じことが出来るらしい。


「方法は大丈夫そうだけど、人払いは必要ね。誰かを巻き込んでしまったら大変だもの」

「なら、魔神城の地下牢を使えばいいじゃろう。あそこの壁には魔法の力が外に漏れ出ないような術が編み込まれておる」

「どうやって地下牢に誘い込む?」

「わしが騒ぎを起こす。ここも任せてくれればよい。姫様達はどうやってカエルム卿に呪文を転写する隙を与えさせるかを考えるんじゃ」


 フロースは術を使う前に瞑想に入る必要があり、その間は俺が頑張るしかないという。

 わかっていても俺は自分の心が恐怖に縮みこむのを感じた。


「怖いかのう?」

「そりゃあ……。俺はカエルムに殺されかけたんだろう? こっちは戦った時のことを思い出せないのにまた戦いを挑むなんて、自ら殺されに行くようなもんじゃないか」

「カエルム卿に殺されかけた? いつの話じゃ?」

「いつって、わかるだろう? サノーが俺を助けてくれたって聞いたぞ」

「まさか。わしはお前さんが魔神城に向かったとフロースから聞かされた後、七種の妖霊を宿すまでお前さんとは会っておらん。音信不通だったんじゃから」


 なんだって? フロースまでもキョトンとした顔をしていた。


「一体なんでそんな話になってるの? あんたは魔神城に乗り込もうとして失敗したの。何度も言ってるように、あの城は今誰も近寄れない状態にあるから」

「アルスが言ってたんだ。俺は死にかけたって」

「それ、きっと嘘よ。知ってるでしょう? 私はあんたに記憶が与えられないようにするため、妖霊達に口封じの呪いをかけていた。本当のことを言っていたらその瞬間、眠りに就いてるはずよ」


 そういえば……なんで俺はそんな肝心なことに気づいてなかったんだ?

 思い返してみれば他にもおかしな発言をしていたような気がする。

 なんでアルスはそんな手の込んだ嘘を?


「イグニスや、この話は後にしよう。きっと何か理由があってのことじゃ。事が済んだら風の神殿に行き、事情を聞いてくればよい。今は明日に備えることが先じゃ」

「そうだな。考えたところでなにもわからなそうだし」

「フロースは魔法の手ほどきをカエルム卿本人から受けておったな。確実に隙を与えさせるためにも、姫様からカエルム卿の癖や魔法の特性をイグニスに教えてやってはくれまいか?」

「わかった。イグニス、外に出るわよ」


 フロースは颯爽と外へ出た。俺も後を追って小屋を出る。

 フロースは既に近くの木をデク人形に変えると、俺に手鏡を向けた。


「お父様は水魔法が得意なの。大波を呼んだり、水の球に閉じこめて溺れさせたり、そういう技を使ってくるはず。呪魔法にも気をつけて。私のに比べたら可愛いものだけど、自力では解けないと思うから。一回でも当たったら死ぬって思って」

「わかった」

「それじゃあ、早速始めるわよ」


 フロースはデク人形を操ってカエルムの動きを再現した。それで得意な魔法と苦手な魔法、癖、知っている限りのことを教えてくれ、どういう時が狙い目かアドバイスしてくれた。

 二人でいくつも作戦を練り、実行に移す。何度も練習するうちに、デク人形をかなり高い確率で倒せるようになった。

 最後の練習にはサノーにも参加してもらい、人形に呪文を刻むことまで出来た。


 行ける。これならきっとカエルムの記憶を封じることが出来る。

 そうしたら全て終わりだ。

 悪夢なような殺戮も、フロースの苦しみも解決する。


 明日は、きっと。

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