第2話 ドクダミの葉はハート型

Side:美里


「美里さん、好きです付き合って下さい」


 私は花を一本差し出されて、校舎裏で告白された。

 私、美里は16歳で高校2年生。


「ごめん」


 相手の顔がくしゃくしゃになる。


「あの、断りじゃなくて、考えたいの」


 相手の顔が希望に満ちた。


「いつ、返事をくれますか」

「そう、花が枯れるまでには返事するから」


 そう言って花を受け取った。

 家に帰り、机の上の花瓶に花を活ける。

 ふう、どうしようかな告白。

 優柔不断な性格に私ながら嫌気が差す。

 友達に電話する事にした。

 告白された事を話すと。


「付き合っちゃいなよ」

「でも」

「好きな人いないんでしょ。いいじゃない。付き合って合わなかったら別れたら良いんだし」

「そういうけど」

「でもとか、けどとか禁止」

「考えてみる」


 花を眺める。

 7色の花弁を持った花で、とても綺麗。

 高かったのかな。

 ネットで値段を調べる。

 花の名前はエンジェルクロエ。

 クロエという天使がくれた花らしい。

 生産者の岩本さんの逸話が載っていた。


 花は一本329円。

 ちょっと複雑な気持ちになった。

 告白の値段329円。


 値段じゃないのは分かっている。

 気持ちが大事。


 マグカップにティーバッグの紅茶を淹れる。

 ふぅ。

 優柔不断を払拭したい。

 紅茶を飲み終わったら結論を出そう。


 紅茶が無くなった時、ちくしょうという声とぐすんという音が、マグカップから聞こえた。

 ちょっとやだ。

 心霊現象。

 スマホで撮らなきゃ。

 テレビ局が取材にくるかも。


「幽霊さんですか?」

「うぃー。俺? 俺はリックっていう名前がある」

「酔っているの?」

「そうてーす。酔ってまーす」


 酔っ払いの幽霊っておかしいんだ。

 ちっとも怖くない。


「ぐすん。女なんか。女なんか。ぐすん」

「泣き上戸なのかな」

「ばっきゃろう。振られたんだよ」

「へぇ、そうなの」


 奇妙な話ね。

 告白された女と振られた男。

 そうだ。

 確か賞味期限の切れたチョコレートがあったはず。

 マグカップに入れてみた。


 チョコが消える。

 うわっ、心霊現象だ。

 ちゃんと撮れているかな。


「何んなんだ!! こんな物を!!」


 幽霊君が怒ったみたい。


「ちょっと早めのバレンタインデーよ」

「何だよ馬鹿にしやがって。お前もか。お前もなのか」


 大声、出しちゃってなによ。

 いくら優柔不断な私でもキレそう。


「あんたなんか童貞でしょう」

「ど、童貞で悪いか」

「そういう男はもてないわよ。余裕のなさが態度にでるの。がっつくお猿さんみたいにね」

「俺の事を猿扱いしやがったな。お前なんか便所の花だろ」


 便所の花が何かは分からなかったけど、馬鹿にされたのは分かる。


「あんたなんかマントヒヒよ」

「くそう。お前なんかゴキブリだ」


 これは分かった。

 いくらなんでもG扱いは酷い。

 私はマグカップにノートで蓋をした。

 相手はなんか喚いていたが、しばらくすると静かになった。

 動画の記録を止めてちょっと冷静になる。

 幽霊相手に喧嘩してどうなるの。

 こんな恥ずかしい動画はテレビに出せない。


「ごめん、言い過ぎた」


 ノートを取って私は呟いた。


「酔いが醒めたよ。俺もごめん。だけどあの形は許せない」

「形って?」

「だってあれドクダーミの葉っぱの形だろ」

「ドクダミの葉っぱってどんなだっけ」


 ネットで検索。

 確かにハート型だ。

「ドクダミって、確か臭いのよね」

「そう、ドクダーミは臭い。魔獣除けになるぐらいだ」


 あれっ、魔獣?

 なんかファンタジー用語。

 もしかして、異世界に繋がっている。


「さっきのお菓子は心臓の形。あなたに大切な物をあげるっていう印よ」

「へぇ、国が違うと色々と違うんだな」


 それからリックから冒険の話を沢山聞いた。

 物凄くワクワクした。

 こんな人と友達になれたらね。


「やばい、木のコップが割れそう」

「それが割れたら、もう話ができないの」


 物凄く悲しい。

 友達が引っ越しするのより悲しい。

 この気持ちは何?


「たぶん、そうだろ」

「私達、友達よね」

「そうだ、友達だ。俺、あんたの事がす……」

「えっ、す何よ」


 凄い、それとも素敵。

 好きだったら良いな。


 それからマグカップは喋らなくなった。

 そして次の日。


「ごめんなさい。お付き合いできません」

「理由を聞いていいかな」

「好きな人、ううん。気になる人ができたの」

「僕は諦めるよ。本心を話してくれてありがとう」


 それから、季節は進み大学受験のシーズンになった。

 今日は試験。

 私はあのマグカップを拝んだ。


「どうか、勇気を下さい」

「やっと話が通じた」


 リックの声だ。


「言いかけた事を言っておきたかったんだ。俺は君の事が好きだ―」

「はい、私もよ。よくよく考えたら、これって究極の遠距離恋愛よね」


 私はマグカップに指を入れた。

 指先が指に触れた。


「もう行かなきゃ。今日は試験なの。帰ってきたら、話を聞かせてね。絶対よ」

「ああ、待ってる」


 今日の私は無敵だ。

 ゴジラが来ても負ける気がしない。

 試験、頑張る。


Side:リック


 俺はリック、冒険者だ。


「くそう、なんだよう。俺のどこが悪いんだ」


 酒場で買った酒の瓶が空になっているのに気づいた。

 木のコップを石畳に投げつける。

 俺がこんなに荒れているのは宿屋の看板娘のメリッサに振られたからだ。


「ちくしょう」


 涙が出て鼻水が出る。


「幽霊さんですか?」


 木のコップから若い女の声がした。

 人の事を幽霊扱いかよ。

 木のコップを拾い上げる。

 木のコップにはひびが入っていた。


「うぃー。俺? 俺はリックっていう名前がある」

「酔っているの?」

「そうてーす。酔ってまーす」


 女なんかにもう一生関わらないぞと決めたが、女の声を聞くとメリッサの事を思い出す。


「ぐすん。女なんか。女なんか。ぐすん」

「泣き上戸なのかな」

「ばっきゃろう。振られたんだよ」

「へぇ、そうなの」


 何か甘い匂いのするものがコップにある。

 酷い。この形は酷い。

 これってドクダーミの葉の形じゃないか。

 ドクダーミは嫌われ者の代名詞だ。

 魔獣さえその臭いを嫌う。

 アクセサリーでもなんでもこの形は避ける。


「何んなんだ!! こんな物を!!」

「ちょっと早めのバレンタインデーよ」


 訳の分からない事を言いやがって、悪臭野郎って罵倒すればいいじゃないか。


「何だよ馬鹿にしやがって。お前もか。お前もなのか」


「何よ。あんたなんか童貞でしょう」

「ど、童貞で悪いか」

「そういう男はもてないわよ。余裕のなさが態度にでるの。がっつくお猿さんみたいにね」


 図星を指された。

 ああ、俺のそこが不味かったのか。

 だが、ムカつく。

 もっと優しくしてくれても良いじゃないか。


「俺の事を猿扱いしやがったな。お前なんか便所の花だろ」


 便所に飾ってある花は大抵は枯れているものだから、ブスを指す言葉だ。


「あんたなんかマントヒヒよ」


 また分からない言葉。

 異国なんだな。


「くそう。お前なんかゴキブリだ」


 俺はありったけの悪態をついた。

 しばらく経って、少し冷静になる。

 このコップは転移事故だろう。

 もしかして送り主の所にはドクダーミがないのかもな。

 俺は甘い匂いの物を口に入れた。

 まろやかな味と魔力が溢れた。

 一気に酔いが醒めた。

 レベルアップしたような気がする。


「ごめん、言い過ぎた」


 相手が謝罪の言葉を呟いた。


「酔いが醒めたよ。俺もごめん。だけどあの形は許せない」

「形って?」

「だってあれドクダーミの葉っぱの形だろ」

「ドクダミの葉っぱってどんなだっけ」


 やっぱり無いんだな。


「ドクダミって、確か臭いのよね」


 噂に聞いた事はあるらしい。


「そう、ドクダーミは臭い。魔獣除けになるぐらいだ」

「さっきのお菓子は心臓の形。あなたに大切な物をあげるっていう印よ」

「へぇ、国が違うと色々と違うんだな」


 大切な物をあげるか。

 俺の大切な物を返そう。


 大切な物、冒険の話を沢山、話した。

 冒険者にとって経験は何よりも財産で武器だ。

 これを話すという事は命を預けるという事。

 木のコップのひびが大きくなった。


「やばい、木のコップが割れそう」

「それが割れたら、もう話ができないの」

「たぶん、そうだろ」

「私達、友達よね」


 やった友達になれた。


「そうだ、友達だ。俺、あんたの事がすきだ」


 完全に割れた木のコップは喋らない。

 がっついた罰が当たったのかな。


 それからマグカップは一切、喋らなくなった。

 俺は喋る木のコップを探す旅に出た。

 ある街の占い師に言われた。

 『探し物は既に手の中にある。形が見えなくなっているだけよ』と。

 そうか、割れた木のコップを修理すればいいのか。

 糊で付けてみたが駄目だった。

 色々な接着剤を試したが駄目で諦めかけた。

 いっそ粉々にするか。

 木のコップを粉にして漆喰に混ぜてコップにする。

 そして。


「どうか、勇気を下さい」


 彼女の声だ。


「やっと話が通じた。言いかけた事を言っておきたかったんだ。俺は君の事が好きだ―」

「はい、私もよ。よくよく考えたら、これって究極の遠距離恋愛よね」


 再生したコップの底に指が見える。

 俺はそれを指で触った。


「もう行かなきゃ。今日は試験なの。帰ってきたら、話を聞かせてね。絶対よ」

「ああ、待ってる」


 やった、俺に恋人が出来た。

 まだ、指先しか触れ合えないけど、話は出来る。

 今日の俺は無敵だ。

 ドラゴンにもきっと勝てる。

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