【エルの星間旅行】

@Tomato_oisiyo_4649

【輝く星】




「これより大気圏に突入します。乗組員は速やかに起床し、着陸準備をしてください。繰り返します。乗組員は速やかに起床し……エル君、聞いてるかい。」



 宇宙船の中、ブラウン管の上に設置されたスピーカーから人工知能の声が響く。

エルと呼ばれた青年はベッドから身を起こすと頭をぼりぼりと掻いた。その青年の顔立ちは若く見えるが、血色は悪く、だらしなくヨレた白いシャツと白衣、黒い長ズボンの所為で、中年のおっさんの様だった。

「いいかいエル君、これから重力発生装置の設定を変えて無重力状態にするから、余計なものはしまってロックする事、わかった?」

 ブラウン管横から延びるアームでエルの背中をたたく。エルは欠伸をしながらスナック菓子の袋をゴミ用引き出しに投げ入れ言った。

「そんなに急かさなくても、俺は何時でも準備満タンですよ。それより、惑星もう目の前ですけど良いんスか?」

「いいかいエル君、これはとても大切な処置なんだ。もし辿り着いた星が百Gの重力を持っていたとしたら、君の体重は百倍にもなるし、それに――。」

 こりゃダメだ、聞いてない。

 博士と呼ばれた人工知能『ガイド』の文句は、宇宙船が着陸するまで続いた。




 その星は輝いていた。緑の空には二つの恒星が輝き、大地は虹色の光沢を持った白い雪の様な物質が満ち、文字通り青い川と黒い池が決して交わらずに点在していた。

「しかし、聞いて驚けエル君。なんとこの星の大気成分及び放射線量は地球と非常に似ている!久しぶりに生身で外に出れるぞ。ひゃっほう!」

 音もなく走るバイクのスピーカーは陽気な音楽を流し続ける。大気成分の検査と、バイクへガイドのプログラムの一部のインストールをし終えた後、宇宙船を離れ星を走り出した途端にこれだ。

「ガイド博士、うるさいです。」

「だって、前の星は大気も気候も問題無かったのに、エル君ってば外にも出ずに飛び立っちゃったんだもの。」

「オキシドールの海と二酸化マンガンの陸に宇宙船よりデカい蠅が闊歩する星になんて足を付けたくありませんよ。どんなに万能な宇宙服があってもね!」

 キュルキュル、ブレーキがかかる。エルはニット帽を抑え、目を凝らした。

「博士、見えますか?」

「ああ、あれは村だね。暮らしているのは、ふむ、クラゲのように見えるが……。」

 遠くに見える村には水色の、透き通った体を持つ、クラゲ型の生物が暮らしているように見えた。

踊っていたり、何かを運んだりしている。

「会話、できますかね。」

「私の機能を甘く見ないでくれ。以前、似た形の生物と対話したことがある。そして、その記録が残っている!」

 自信満々に言い終える頃には、エルとバイクは村の中枢へ入っていた。

 「チャオチャオ、アーロハァ。」

「パンの星を知ってる? いい所よ。」

「柔らかいのネ。ベネ!」

「お茶飲む?」

 クラゲの形をした生物たちはエルとバイクを囲み、一斉に話しかけてくる。お陰で身動き一つとれず、一人と一台は立ち尽くした。

「ところで博士、これ地球の言葉ですよね。」

「だね。」

 気負いを入れて向かえば、あなや、聞こえてきたのは実に馴染んだ言葉であった。

「こらこら、旅人さんが困っているじゃないか。」

 呆然としていたエルとガイドの前に、一際大きなクラゲ型生物が現れる。のしり、のしりと白い大地を踏みしめるその姿はエルより二回りも大きく、美しかった。

「はじめまして、貴方がこの村の村長さんですか?」

「まあ、そんな所じゃな。ところで、キミ達はこの星に来たばかりかえ?」

「見ての通りです。」

 周りのクラゲたちが離れていくのを見るに、彼がこの村で大きな力を持っていることは間違いなさそうだ。

「ふむ、ならば儂の家に来るといい。この星について話してあげよう。大方、それが目的だろう?」

「ええ、まあ……もしかして、この星は私たちの様な者がたくさん来るのですか。」

 あまりに手慣れている為流石に怪しく思ったのか、慣れない口調でエルは聞いた。

「はっはっは。ま、そんな所じゃな。我らの星にはキミ達の様な旅人が沢山来るんだ。だから、この星の人々はキミ達の言葉も覚えてしまったのさ。」

「成程、そういうことですか。ところで、ここには図書館とかはありますか。」

 ガイドが横から口をはさむ。招かれているのに、とエルがつつくが、村長は笑うと。

「ああ、小さいがあるぞ。案内させよう。アンナ。」

 村長の後ろから桃色を帯びたクラゲがガイドに近づいた。

「じゃ、博士は図書館に、俺は村長さんの家に行くって形でいいか。」

「ああ、手分けをした方が調査もはかどるだろうからね。幸い、彼らは私達に友好的だ。」

 相談を終えると、エルは村長に近づいた。

「お待たせしました。」

「うむ、では行こうか。キミたちの旅の話を楽しみにしておるぞ。」




「とても素敵なお宅ですね。」

「部屋のコーディネートは妻に任せているからの。」

 村長の家は壁も家具も白いがどれもこの星の地面のような光沢をもっており、窓から差し込む光によって青にも緑にも見えた。それでいて決して眩しくはなく、青色のカーテンとテーブルクロスが落ち着いた雰囲気を作り上げていた。

「さあ、そこに腰掛けておくれ。」

イスは座ると意外にも弾力があり、少しひんやりしていて、気持ちが良い。目の前に立方体をくり抜いた形のカップが差し出され、桃色をした液体がなみなみと注がれた。

「この村の伝統的な飲み物でな、少し酸っぱいが中々クセになるぞ。」

「……いただきます。」

 少しためらいながらも、ものは試しとエルは口付ける。いざという時はガイド特製の万能薬がある、大丈夫だ。

 その液体は生温く、実に濃厚であった。レモンの様な酸味と紅茶の様な風味、林檎の様な甘みが喉を通り全身に染み渡るようであった。頭が痛くなるような数字の羅列に囲まれた日々からの一時的な解放、時間が穏やかに流れるのを感じ、エルはほうとため息を吐いた。

「さて、話をする前に自己紹介をしよう。儂の名前はアルト、キミは?」

「エルです。」

「そうか、ではエルさん。この星の空には二つの恒星が浮かんでいるのには気が付いたかな?」

「ええ、その割にこの星は随分涼しいので、驚きました。」

「そうだろうそうだろう。此処に来た人たちは皆そう言うよ。」

 アルトはエルの胴体と同じくらい太い口腕で、二つ、丸を作った。

「しかし、実をいうとあの二つのうち片方は恒星ではなく、この星の衛星なんじゃよ。なんと、星全体が鏡のようになっていてな、そのことから我々はミラースターと呼んでいるんじゃ。」

「分かりやすい名前ですね。」

 エルはカップの飲み物を味わいながら相槌を打った。

「そうじゃろそうじゃろ! 一部の作家は単純すぎるだ何だ言っていたが、名前というのは分かりやすいほうが良いじゃろうて。しかし、エルさんの旅の中では、こういう星は珍しくもないのかえ?」

「いえ、恒星が沢山見える星はありましたが、それ以上に、此処まで人間にとって過ごしやすい星は初めてです。地表や川には見た事も無い物質ばかりなのに、大気も気候も、俺達の星と似ていますし……。」

「ふむ、確かに植物の類は無いが、不思議と酸素はあるしのう……ああそうだ、もし良ければ明日、この星を案内しよう。」

「本当ですか、それはありがたいです。」

「うむ、この村の先に子供たちが作った彫像が並ぶ場所があってな、娘のアンナもよくそこで遊んでいて――。」




「エル君、戻ったよ。」

不意に扉が開き、ガイドとアンナが現れる。いつの間にか、随分時間が経っていた様だ。

「お父さん、お母さん、ただいま!」

「おかえりアンナ。ガイドさん、この子が何か迷惑をかけなかったかしら。」

「とんでもない。迷惑どころか、とても素敵な時間をもらいましたよ。図書館も隅々まで案内してくれました。」

「そう、良かったわ。いい子ねアンナ。」

アンナの母が娘を優しく抱きしめる。エルが一つ、大きなあくびをしたのを見てアルトは言った。

「もう夜になるし、今日はお二人ともうちに泊まっていくといい。丁度一つ空き部屋があるのでな。」

「おや、それは助かります。ところで、この星に夜があるんですか? 空は相変わらず明るいようですが。」

「それがあるのですよ、空を見て下さいな。」

ガイドとエルが窓から顔を出す。緑色の空は明るいが、到着したときに見えた二つの星は一つになっており、それに応じて空もほんの少し緑が増しているように見えた。アンナの母が言う。

「今沈んで見えなくなったのは恒星、イロウシェンです。この星の自転の影響で、十時間かけて昇り、十時間かけて沈みます。対してこの星の衛星ミラースターは公転の速さの影響で、この地域からだと一年中見えるんですよ。だから、星が恒星と衛生が見える時間を朝、衛星のみが見える時間を夜と呼んでいます。我々はイロウシェンの光を浴びることで生命エネルギーを得ているので、この二つの区別は大切なんです。」

 ガイドは興味深そうに聞いていたが、エルは眠気で今にも倒れそうだ。

「あら、すみません、つい話し込んでしまって。」

「これ、部屋の鍵です。ゆっくり休んでくださいね!」

「あ、ああ。ありがとう。」

「こら、エル君。自分の足で歩きなさいよ。」

 アンナから鍵を受け取ると、エルはガイドのアームに支えられながら部屋へと戻った。




「ぜぇ、ぜぇ、やっと着いた。」

 ガイドは荒い呼吸音をスピーカーからわざとらしく発すると、エルを寝台へと放り投げる。『ぶきゃ!』と何か鳴いた気がしたが、無視して壁にその身を預ける。

「博士よぉ。」

 エルが身じろぎもせずに言う。

「正直、どう思う?」

「どうって、何がだい?」

 サドル下から伸びるアームでミラーを磨きながら音声を発する。

「何って、この村の住民。俺は滅茶苦茶怪しいと思うんだが。」

「おや、どうしてそう思うんだい。」

「アンタも気付いてんだろ。」

 よいせ、とエルは寝返りを打ちガイドの方へと顔を向けた。

「まず第一に、奴らは何で地球の言語使っているのか。村長は旅人が沢山来るからって言っていたが、この俺の器の様に広い宇宙でそう何度も人間が来るもんか?」

「エル君の器はともかく、それは私も疑問に思ったよ。この星は銀河系から随分離れた座標にある。エル君の器はともかく、この滅茶苦茶に広い宇宙で無数の星々の中から都合よくこの星にばかり地球からの旅人が来るとは考えにくい。エル君の器はともかく。」

「三回も言うなっての。それからもう一つ。」

 エルは一瞬考えるそぶりを見せた後、口を開いた。

「あくまで俺の予想だが……奴らは恐らく、地球を知っているんじゃあないか?」

「ふむ、どういう事かな。」

「村長と話したとき、俺がこの星の大気と気候は俺たちの星と似ていると言ったら、彼は『植物は無いが、不思議と酸素はある。』と言った。俺は『この星と俺達の星』と言っただけなのに、何故俺達の星に植物と酸素があると分かった?」

「ふむ、気になるね。」

「そっちはどうだ?」

 ガイドはミラーの次にライトを磨きながら言った。

「私が行ったのは図書館と……あとついでに、この村の名物だっていう『天文台』に行ってきたよ。ここには研究者が多くいるみたいでね。山に隠れていたが中々大規模な施設だったよ。それくらいかな。」

「天文台ねぇ、お空眺めて何探してるんだか。」

「ロマン、とか?」

「ロマンってなんだよ。」

「お菓子でできた星、とか。」

「そりゃ可笑しいな。」

 あっはっはと大声で笑い合った後、唐突に虚しくなり互いに顔を背けた。しばしの沈黙の後、エルが口を開いた。

「明日はアルトさんがこの星を案内してくれるってよ。」

「そうか、それは楽しみだ。それはそうとエル君。滑らないジョーク千集の本は宇宙船に積んだままかい。」

「おやすみ!」

 ニット帽を磨きたてのミラーに投げつけると、エルは眠りについた。




「はいおはようございまーす。本日はお日柄もよろしくこんな日は携帯用ビスケットがより美味しくいただけることでしょう。」

 きっかり八時間後、ガイドの喧しい音声で叩き起こされる。もう慣れたことだが、毎度毎度このテンションなのはいかがなものだろうか。

 居間へ行くとアルトとアンナが何か話し込んでいたようだが、二人に気が付くと話を切り上げた。

「おはようございます。」

「おはよう、よく眠れたかな?」

「お陰様で。」

「そうか、今日は約束通りこの村の周りを案内しようと思うのだが、もう出られるかい?」

「問題ありません。」

 アンナの母が桃色の液体をカップに入れてエルへ差し出す。部屋で食べたビスケットのお陰で口の中がぱさぱさしていたエルにとってはありがたい代物だった為、すぐに飲み干した。

「此方の傘をどうぞ。この時間は光が強いので、使ってくださいな。」

「ありがとうございます。」

 ガイドは勝手に動いてくれるので両手を空けている理由もない。この星と対照的に真っ黒な傘をさし、外へ出た。

村は思っていたよりも随分広かった。図書館やカフェ、雑貨屋等を見て回る。例の『天文台』も、勿論行った。村というより街の様な印象だ。活気が溢れ、誰もが幸福そうだ。

丘を下りた辺りに昨日アルトが言っていた通り、沢山の彫刻が並ぶ広場があった。そこにいる住民達は全員クラゲ型だが、恐らく子供なのだろう。誰も彼も村長よりは圧倒的に小さく、中にはエルよりもサイズが小さい者も居た。

「あっ、ガイドさんにエルさん!」

 広場の方から聞いた事のある声が響く。エルにはいまいちピンとこなかったが、ガイドは直ぐにその子供がアンナであると気が付いた。

「おはようアンナ、今朝から姿を見なかったがここにいたんだね。」

「はい!友達と一緒に遊んでいたんです。ガイドさんもどうですか?」

「おっ、やるかい? 言っておくけど鬼ごっこなら私は負けなしだから、覚悟してくれ給え!」

「オートバイと鬼ごっこはしたくねぇだろ。」

 クラゲの子供達の輪へと走っていくガイドを見て溜息を吐く。毎度毎度、彼は行く先々で無邪気にはしゃぐものだから、どちらが人間なのか分からなくなってくる。

「すまんのう、ウチの娘が。」

「あーいや、気にしないで下さい。アノ人大人ぶってるけどあれが素なんで。」

「そうかそうか、お二人の旅は楽しそうじゃのう。」

 村長のその言葉がどことなく寂しそうに聞こえた。エルが口を開くも村長の言葉が遮る。

「エルさん、あれを見て下さいな。」

 振り向き見えた景色に、思わず驚きの声を漏らした。

 延々と続く虹色に輝く山々。青い川が流れ黒い池が点在するその先に、土星の様に円環を持つ巨大なクリスタルが見えた。


「数か月前、この星に降ってきた隕石じゃ。でも、この村は研究者や科学者が多くてな。隕石の衝突を予め予知して強力な反重力装置を作って備えていたのじゃ。当初の予定ではうまく軌道をずらして衝突を防ぐつもりだったのじゃが、そこまではいかなくてのう。でも、衝撃が和らいだお陰で緩やかに星に突き刺さって、今じゃちょっとした観光名所じゃよ。」

「見事な光景ですね。人も大地も美しい星には、同じように美しい星が引き寄せられるのでしょうか。」

「がっはっは! そう言われると、なんだか照れ臭いのう!」

子供達(とガイド博士)の賑やかな声を背に、エルはただじっとその景色を眺め続けていた。





 その日の夜。

「!」

 勢いよく寝台から身を起こす。首筋を伝う冷や汗を白衣の袖で拭った。

「おや、エル君どうしたんだい? 君が起こされもせずに目を覚ますだなんて。」

タイマーはまだ二時間と経っていない。手の中はじっとりとしていて、不快だ。

「……嫌な予感がする。」

「気の所為じゃないかい? 周囲に危険反応は無いし、恐らく外も正常──。」

 ガイドがカーテンの外にカメラを入れるより早く、突然地が揺れ動く。振動は穏やかだが暫く続き、五分後にようやく止まった。

「博士、周りはどうなってる!」

「正常正常、びっくりするくらいにね。村の住民が慌てている様子も無い。おそらく、この土地は地震が起こりやすいんじゃない?」

「かなり長かったが……そういうものか?」

腑に落ちない顔でドアを見つめる。

「なんにせよ、明日が来れば私達はこの星を去るんだから、気にすることはないよ。今日は外に出て疲れただろう、ゆっくり休みなさい。」

 エルは何か言いたそうだったが、やがて頭まで布団を被ると、五秒と経たない内に再び眠りについた。




「今までお世話になりました。」

 アルトを始めとする村の住民に向かって挨拶をした。星に着いて三日目、旅立ちの時だ。

「寂しくなるのお……エルさん、ガイドさん、どうかお元気で。」

「子供達と遊んでくれてアリガトネ! ガイドさん、これお土産ヨ。」

「この国の、川と、池と、大地の物質の瓶詰。綺麗デショ? これを見て私達を思い出してネ。」

「ありがとうございます。」

 村人たちから土産物を包んだ風呂敷を受け取り、バイクの荷物入れへしまう。帰り際に採取する予定だったのだが手間が省けた。

「ガイドさん、エルさん、これをどうぞ!」

 アンナから一本の筒を手渡される。

「手紙じゃよ、儂と、アンナと、村人全員の想いが込められておる。」

「おやおや、とんでもないお土産ができたね、エル。」

「ああ、本当に、短い間でしたが皆さんには本当によくしてもらいました。改めて、ありがとうございました。」

 村長のアルトやアンナ、住民達の触手と沢山の握手をすると、バイクに乗って村を後にした。




「何というか、結局ただの良いクラゲだったな。」

「うん、正直少しでも疑ってしまったことが良心に突き刺さるよ。」

 宇宙船の出発準備をしながら笑い合う。

「今回の星は中々の収穫だ、記録することが多いね。」

 そうだな、と言おうとした矢先、昨晩と同じように地が揺れ出した。

「おっと、今回はかなり大きいぞ。早めに出た方がよさそうだね。」

 一切の準備を急ピッチで終えると、星を後にする。エルが星を見下ろそうと窓を覗いた途端、警報が鳴り響いた。

「何事だ博士!」

「ヤバイね、ヤバイぞこれ。」

「えっ本当に何だよ怖いんですけど。」

「エル君、至急席について。」

 言われるがままに席に着き、ベルトを締める。重力発生装置も問題なく稼働しているし、気圧計も正常値を示している。という事は、外の問題だろう。

「えっと、今ね、さっきまで私達が居た星の温度が物凄い勢いで上がっているんだ。何か表面もどんどん膨張してきてるし、恐らくこれは星の中心核でおこる核反応がね。」

「簡潔に。」

「うん、あの星は爆発する。よって、普通に飛んでも逃げ切れないから空間転移を実行するよ。」

「よし、理解した。ワープした先がブラックホールでない事を祈る。」

 エルは椅子に座り直すと死んだ魚の様な目で呟いた。

「宇宙船内の気圧、重力、温度、問題無し。外壁、内壁の損傷未確認。転移装置の稼働確認、エネルギー出力オールオッケー。座標、五百光年先の銀河。緊急離脱用プログラム『近道』実行!」





「転移成功。周囲に危険反応無し、ブラックホール、恒星、共に未確認。船内船外共に異常無し。」

 ガイドのアナウンスが流れる。エルの座っていた椅子の上半分はロックが外れ、限界まで倒れていた。

「エル君、いつまで寝ているんだい。」

 椅子を操作しエルを起こす。エルはしばらくぼんやりしていたが、意識を取り戻すなりガイドに向かって言った。

「博士、博士は、あの星が爆発することを知っていたんですか。」

「ん? 知ってたよ。」

 帰ってきた答えはあまりにあっけないものだった。

「どうしてそう思ったのかな?」

「いつもの博士なら、もっとまくし立てるように超新星爆発のメカニズムを解説しながら離脱の準備をしたはずです。今回はあまりにも落ち着いていたので。」

 そうか、私もまだまだだな、とでも言うかのようにガイドはブラウン管の上部をアームで撫でた。エルの頭を掻く仕草を真似ているのだろう。

「図書館にあった天文学の本にね、書いてあったんだよ。」

「やっぱり。」

 エルは呆れながら壁の引き出しを開けると、あの星で受け取った筒を開けた。中には手紙が入っていた。





 エルさん、ガイドさんへ。

 あなた方がこの手紙を読んでいるとき、私達はもうこの宇宙には居ないでしょう。

 ですから、伝えるべきことは全てこの手紙に託します。

 まず、私達はこの星に元々存在していた生命体ではありません。

 私達は、地球からこの星にやってきた調査隊の第一陣、人間です。

 この星は知っての通り、人間にとって最適ともいえる環境がありました。その為、ここを第二の故郷とするべく私達は送り出されたのです。

 調査は順調に思えました。トラブルもなく、誰かが怪我をする事も無くこの星で調査の日々を過ごしました。

 けれど、それが最大の罠でもあったのです。

 変異は三日目から起こりました。調査隊の数人の腕が、クラゲの口腕の様な形に変化してしまったのです。

 私達は直ぐに引き返そうとしました。

 けれど、手遅れでした。

 宇宙船に戻ろうとするも、私達の体は次々に変異し始めました。

 宇宙服すら突き抜けて、腕も足も、透き通った水色の触手に変異しました。

 あとから分かったことですが、これらは恒星イロウシェンからの光によって起こる現象だったようです。

 何本にも増えたそれらの手足を上手く扱えず、もたもたしている間に、やがて、頭も、膨れ上がって……。

 もう、私達は地球に帰れません。こんな姿で戻っても、誰も受け入れる者は居ないでしょう。

 私達は、絶望に包まれました。後はただ、死を待つのみと。

 けれど、その絶望はあっさりと消え失せてしまいました。

 どうやらこの体になった私達には食事や排泄といった活動は必要ないようでした。

 それに気が付いた一人が立ち上がり、それにつられてまた一人、一人と立ち上がり、やがて皆立ち上がりました。

 そして、誰かが言いました。

『帰る場所がないのなら、ここに新たな文明を作ろう。』

 元はと言えば、この土地に来たのはここを人間の新しい星とする為だろうと。

 私達は希望を取り戻し、地表に満ちる物質で家を作り、宇宙船の積み荷を使って研究設備を作りました。

 その途中で私達はもう一つ気が付きました。

 この星では何もしなくても生きていける。即ち、好きなことだけをしても生きていけると。

 私達第一陣のチームは一家丸ごと或いは天涯孤独の者で構成されていましたから、地球に残された大切な人を憂う事もありません。

私も妻も、この星に来てから産まれたアンナも、幸福に過ごしてきました。

 しかし、ある時私達はとんでもないことをしてしまいました。

 

 ――宇宙船に残された通信機器を利用して地球にSOS信号を送り、やってきた人々をもてなし、この星に留まらせ、恒星からの光によって同じクラゲ型の生命体に変異させたのです。

 今思えば、何と恐ろしいことをしたのでしょう!

 地球に家庭を持つものが居たでしょう。無事を祈る友が居たでしょう!

 けれど、あの時の私達の動機は単なる欲望や寂しさからではありませんでした。

 この星に居れば何かに縛られることなく好きなことが出来る、この素晴らしさを同胞に分け与えたい!

恐ろしい程盲目的な、善意からくる行動でした。




私達が星の崩壊を知ったのは丁度三ヶ月前です。この星に落ちた隕石は緩やかにこの星深くに突き刺さり、やがて核へ到達して大爆発を起こすだろうと。

きっと、これは私達への罰なのでしょう。後先を考えずに欲望を満たしたから。

 都合の良い日々が続く筈無かったのです。今度こそ、滅びを待つ他ありません。

 地球側もこの星の異質さに気が付いたのか、もう誰かが来ることもありませんでした。

 けれど、滅びと向き合った私達の日々は、意外にも、今まで以上に清々しい物でした。

 一日一日を大切に、有意義に過ごそうと誰もが決意したからです。

 この星が滅ぶ四日前、最後にお二人が訪れました。

 本当は直ぐにでも追い返すべきだったのでしょう。

 しかし、私達は誰かにこの真実を託したくてなりませんでした。

 地球へ送ったメッセージが届いている保証もありませんでしたから。

 エルさんにお出しした飲み物は、滅びを知ってから開発した、光による体の変異を抑える薬です。

 見知った誰かに、私達と、私達の罪を覚えていてほしい。

 エルさん、ガイドさん、身勝手ではありますが、どうかよろしくお願いします。

 来てくれてありがとう。どうか良い旅を。

第一次調査隊リーダー、アルトより。




 ガイドは手紙の内容を聞き終えると、納得したような様子で言った。

「成程、イロウシェンとは地球の言語で侵蝕の意味を持つ。物騒な名前だと思ったらそういうことか。」

 エルは手紙を読み切ると頭を抱える。ガイドは呆れたような、困ったような様子だった。

「どうせ私達には彼らを救う事なんてできない、その辺君が気負う事は無いんじゃない?」

「……けれど、俺達では、この事を地球の人間に伝えることなどできない。」

「別に良いんじゃない? 彼らは誰かに覚えていて欲しいってだけだろう? 地球にこのことを伝えて欲しいなんて一文も書いてないし。それに――。」

 ガイドは何かを検索すると、ブラウン管の画面に一つの記事を表示する。それは五十年前、リーダーアルト率いる調査隊の第一陣が例の惑星へと旅立ったことを示す記事であった。

「これにある通り、彼らが地球を離れたのは君が産まれる随分前の出来事だ。知識として知っている人間は居ても、直接的な関係者は数えるほどしか居ないと思うよ。」

「でも、約束は好きじゃない。きっと、いつか忘れちまう。」

「おや、託されたのは君だけではないだろう。私の空き容量は宇宙の様に大きいぞ。」

 はらり、筒からもう一枚手紙が落ちた。

「はぁ……なになに『ガイドさん、エルさんへ』……。」

「読んでよ。」





 ガイドさん、エルさんへ。来てくれてありがとうございました。

 お二人とすごした毎日を、わたしはわすれません。

 だから、お二人も、わたしたちを忘れないでください。

 たまには、また、あそびにきてくださいね。

 アンナより。





 外まで伸びる望遠鏡から宇宙を覗く。五百光年後ろにあるあの星は、当然だが見えなかった。

 エルは思う、彼らの罪が誰かに赦される日は来ないのだろう。それでも、あの星は、子供達の無邪気な声と活気に満ちた彼らの星は、確かに輝いていたのだと。




〈輝く星-END〉

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