社会心理学

 例えば、自分だけ先に仕事が終わる。

 例えば、授業で自分だけ答えが分かっている。


 こういう時、あなたは素直に行動に移せるだろうか? 

 すなわち仕事中の上司や同僚に何の気兼ねもなく「お疲れ様でした」と告げて退勤したり、みんなの前でわざわざ手を挙げて答えを言ったり、そういうある種の「大胆な」行動に出ることができるだろうか? 


 でもよくよく考えてほしい。仕事が終わったなら帰っていいし、答えが分かったなら言っていい。これらの「素直な」行動には、論理的には何の問題もないのだ。


 では何が我々にある種の「抵抗」を与えているのか? 

 これについて考えるにはまず「他者」を考えないといけない。これらの「素直な」行動を抑制しているのは、察しのいい方なら分かるだろう。他者なのだ。上司や同僚や同級生や先生、そういう自分ではない「他者」が自分に影響を与えた結果、行動が抑制されているのだ(促進される場合もある)。


 人間は集団に属している場合とそうでない場合とでは明らかに心理的機微や行動原理が変わる。では個人と集団の間に何があるのか? 


「他者の中での自分の在り方、ないしは行動について」

 社会心理学を平易に端的に分かりやすく言うならそういう話になるだろう(と筆者は思う)。人は周囲に人間がいると容易に行動を変える。それが論理的に間違っていても、人道的に非情でも、何でもやるし何もやらない。


 第二次大戦の話をしよう。ヒトラーは人を扇動するのが上手かった。おそらくだが、当時は未発見だった社会心理学の理論などを経験則的に分かっていたのかもしれない。


 ヒトラーとは逆の場合もあるだろう。すなわち周囲に煽られた結果無茶な行動を取る。周囲に持ち上げられたから尊大な気分になり偉そうな行動を取る。個人が集団に与える影響だけでなく、集団が個人に与える影響についても調べるのは社会心理学の務めである。


 またユダヤ人虐殺に限らず政治的虐殺をした人間は大抵口をそろえて「権力者がそうするよう指示した」と責任を転嫁する。では権力を持った人間が命令をすれば人はどんな残酷なこともするのか? これについて調べるのも社会心理学である。


 人は肩書を与えればその通りの行動を取るようになるか? 例えば人間を囚人と看守のグループに分けてみたら? これも社会心理学の実験である。


 他にもある。ある集団を団結させるにはどうしたらいいだろう? 自分が窮地に陥った時、助けを呼ぶにはどうしたらいいだろう? 集団の中で自分だけが違うと嫌な気持ちになるのは? 逆に嫌な気持ちにならないのはどんな条件の時だろう? あの人は何であんなに注目を集めるのだろう? 自分の行動に伴うみんなの反応が気になるのはどうして? 


「他者の中での自分の在り方、ないしは行動について」

 先述の表記中の「他者」が「集団」なのはどうして? と思った人は鋭い。この場合の「他者」は確かに個人の場合もあり得る。故に、個人対個人の関係性についても社会心理学の範疇である。分かりやすいところで言うとコミュニケーションについてだろうか。大きな要求を拒否させた後に小さな要求をすると受け入れられやすい、だとか、小さな要求から段階的に大きな要求にしていくと受け入れられやすい、だとか。この手の対人テクニックは世の心理学本で溢れているので気になったら参考にしてみてもいいと思うが、あまり鵜呑みにしない方がいいとは思う。


 社会心理学の発展の背景にはやはり政治的失敗がある。分かりやすい例が先述のヒトラーだ。彼は人心を掌握し、扇動するのが上手かった。何が彼にそんな力を与えたか? 彼はどのように人を煽ったのか? 


 あるいはある社会現象が起きた時、何がその現象の原因になったのか? 多くの場合社会問題は何らかのトラブルを孕む。そこに人の心の歪が表れることもままある。こうした事例を具に調べて研究し、同じトラブルが発生しないように知見を蓄えておく必要もある。


 社会という「人間のまとまり」で発生する心の機微、変化、それに伴う行動。これらを研究するのが社会心理学である。

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