6 村を見て回ろう

 翌朝、俺は二人分の朝食を用意した。

 昨日の今日で自分が作るとも言えないシスティリアは、神妙に俺の作った朝食を食べていた。


 二人で、昨日帰ってから館の裏に植えた月待草を見に行く。


「牧草地で生えていた場所を考えると、日当たりはよすぎないほうがいいはずです」


 ということで、館の裏手のほどよく日が当たりそうな場所を選んで、そこに植えた。

 俺が夕飯を作ってるあいだに、システィリアは裏にあった煉瓦で月待草を囲んで、簡単な花壇を作っていた。


 館の物置にあったジョウロに井戸水を入れ、システィリアが月待草に水をやっている。


「……どのくらい水をあげればいいのでしょう」


「俺に聞かれても」


「そんなことわかってます。話のタネじゃないですかっ」


 率直に答えたら怒られてしまった。


「牧草地だと、滝からの水が結構潤沢にあったよな」


「多めのほうがよさそうなんですけど、あげすぎると根腐れしないか心配ですね」


「だから俺に聞かれてもわからねえって」


「話のタネだって言ってるじゃないですか!」


 そんなアホなやりとりをしつつ、システィリアは注意深く月待草の周囲に水をかけた。


 昨日確保しておいた牧草をアイシャにやってから、俺とシスティリアは館を出て村を見て回ることにした。

 というか、見て回りたいとシスティリアが言って聞かなかった。


 まだ朝靄のかかってる時間だが、朝の早い村人たちは既に仕事を始めてる。

 今の季節は、水稲の植え付けで忙しいらしい。

 水田に膝までつかり、腰をかがめて苗を植え付ける光景は、麦畑では見ることのないものだ。


「水稲って大変なんですね」


 システィリアが言った。


「たしかにな。田植えはかなりの重労働だよ」


「麦のほうが楽なのでしょうか?」


「たぶんな。でも、水田は連作障害がないから土地が有効に使えるらしい。つっても大変だってんで、アスコット村では麦が中心で水稲はオマケだな」


「次は、あの水車小屋が見たいです」


 俺はシスティリアを川のほとりにある水車小屋へと連れてくる。

 盗むようなものもないので、小屋の扉は開いていた。

 中には、水車の回転を受ける軸と、回転方向を変えるための歯車がある。歯車のついた軸の下には石臼が固定されていた。

 今は粉挽きの時期じゃないので、歯車を離して、石臼が回転しないようになっている。


「すごいですね。水車の回転をあの歯車でこう、こう、受けて、こっち方向に回転して……」


「よくこんなもん考えたよな。ほんと感心するぜ」


「誰が考案したのでしょう?」


「最初に水車を作ったのはドワーフだと言われてるな。鍛治のためのふいごとか、ねじまき時計だとかもドワーフの発明らしい。紙漉きの技術もドワーフなんだったか」


「あの山の向こう側に住んでるんですよね?」


「そうらしいな。もっとも、こっちに来ることはまずないらしいが」


「どうしてなんでしょう? 交易はできないのでしょうか?」


「数十年くらい前には、人間の中にはドワーフとゴブリンを混同するやつが多くてな。いわれのない迫害を嫌って、ドワーフは人間とは関わらないようにしてるらしい」


「悲しい話ですね……」


「秘呪を使えるエルフは、魔女だと言われて虐殺されたこともあるからな。それに比べればマシではあるが、嫌な話だ」


 エルフは人間による虐殺で数を減らし、いまでは少数が秘境に隠れ住むだけだと聞いている。


「秘呪……」


「エルフの血が混じってる人間もたまにいて、そういうやつは秘呪が使えたりするらしいな。といってもエルフに比べれば弱いものだし、魔女狩りを恐れて隠すのが普通らしいけど」


 人の好いドワーフから鍛治の技術を教わった人間たちは、その技術で武器や防具を量産した。

 鋼の剣や鎧で武装した人間たちは、ドワーフやエルフなど他種族を迫害し、その土地を奪っていった。


「ドワーフたちは、人間を恨んでいないのでしょうか?」


「さあな。恨んでるかもしれねえな」


 だが、数が少なく、体格にも劣るドワーフたちでは、いかに鍛治の技術が優れていても、人間にはもはや対抗できない。


 ごとごとと、水車が回転する音が小屋に響く。


「……行こうか。果樹園でも見よう」


 俺はシスティリアを連れて水車小屋を出る。

 畑と水田のあいだを抜けてしばらく行くと、村の果樹園が見えてきた。

 リンゴとオレンジを栽培する果樹園だ。

 どっちも今は季節じゃないが、鳥避けの「目玉」を木に取り付けてる少年がいた。

 15歳くらいのやんちゃそうな少年は、器用に木に登って、木板に石粉で描かれたぐるぐる目玉を、木の先にくくりつけていた。


「あっ、代官様だ! おはようごぜえます!」


「ああ、おはよう! 木の調子はどうだ?」


「悪くねえですよ!」


「今の時期は何をやってるんだ?」


「今はそんなにやることはねえです。もうちょいすると、花を間引いたり、授粉させたり、細けえ作業が入りやす」


「自然に生るもんでもないんだな」


「いやあ、いいリンゴを作ろうとすっと手間暇はかかりやすよ」


 そこで、プーンと虫の飛ぶ音が聞こえた。


「きゃあっ!」


 とシスティリアが尻餅をついた。


 見ると、そばに小さな蜂が飛んでいる。


「ああ、そいつは滅多に人を刺しやせん。そいつを飼っておくと、花のあいだを飛び回って、勝手に授粉させてくれるんでさ」


「は、蜂を利用するのですか……?」


「授粉は細けえ作業ですからね。人間より小さいやつのほうが向いてまさあ」


 俺は手を貸してシスティリアを引き起こしてやる。

 俺は樹上の少年に言った。


「邪魔して悪かったな!」


「いやあ、退屈してたところでさあ!」


 俺は作業を続ける少年と別れ、システィリアとともに、果樹園のさらに奥へと向かう。


 果樹園を回り込んで進むと、そこはほとんど村のはずれだ。

 そこに、柵で囲まれた大きな平屋がある。

 柵のところに、退屈そうに座ってる農夫がいた。


「あいや、これは代官さん。こんなところまで大変ですな」


「いや、勝手に来ただけだ」


 小太りの農夫が、ちらりとシスティリアを見る。


「噂の嬢ちゃんに村の案内ですかい?」


「そんなとこだ。スライム小屋は都会ではなかなか見る機会がないだろ?」


「そう言われても、おいらはここ以外の土地は知りやせんや。

 見たいってんなら案内しましょう」


 そういって農夫が先頭に立ち、柵のドアを開けて、俺たちを中へ案内する。


 平屋の大きな引き戸を開く。

 中にはいくつもの間仕切りがあって、それぞれの間仕切りの中に、何匹ずつか色の違うスライムがたむろしてた。


「も、モンスターですか!?」


 システィリアが身構える。


「ここにいるのは、農業用のスライムですよ」


 農夫が言った。


「野生のスライムはなんでも消化しちまうんですが、個体ごとに好みがありましてな。中には畑の害虫ばかりを好んで食う個体がいるんです。そういう株を見つけてきて、繁殖させておるんですな」


「は、はあ……危険ではないんですか?」


「そこも、人を襲わんような株を選んでやっておるです」


「そんなことができるんですね……」


「もとは、ここの領主様が、他の土地で行われてたスライムの養殖を、こっちにも持ち込んだのが始まりでさあ」


 つまり、俺の元上司が、他の土地の技術を自分の知領する他の領地にも広げたってことだ。


「一応柵を作っちゃいますが、ここのスライムはおとなしくてねえ。一度靴を溶かされちまったことがありやすが、それ以外はなんの被害もねえです。こうしてみると、かわいいところもありやすな」


 農夫はそう言って、手近な間仕切りの中から一匹のスライムを抱え上げた。

 大きめのクッションくらいのスライムが、農夫の腕のなかでぷるぷると震えてる。

 その様子は農夫に懐いてるようにも見えた。

 それだけの知能がスライムにあるかどうかは疑問なのだが。


「さ、触ってもいいですか?」


 システィリアがおそるおそる手を伸ばす。

 指先でスライムをつつくと、スライムがくすぐったそうに身じろぎした。


「……ちょっとおもしろいですね」


「でしょう?」


「あっちのスライムは?」


「ああ、あっちは近づかんほうがいいですよ。畑を荒らしに来る獣を追っ払うスライムですからな。下手に近づくと噛みつかれまさあ」


 その言葉に、近づきかけてたシスティリアが足を止めた。


「こいつらのお陰で、雑草取りやら害虫駆除やら害獣追っ払いやらの手間がえらい減りましてな。その分時間ができたもんで、水稲の植え付けを増やしたりもできてるんです。領主様さまさまですなあ」


 農夫が感心したようにうなずいた。


 さすが、目配りのできるあの上司だ。

 おかげで、俺の仕事がなさすぎる。


「じゃ、最後に狩人のところに行くぜ」


 ぷるぷるしてるスライムをいつまでも見てそうだったシスティリアを促し、俺はスライム小屋を後にした。


 スライム小屋を過ぎ、若干の上りを進んでいく。

 進行方向に、木の柵が見えてきた。

 丸太を尖らせて立てた、防衛用のそこそこ本格的な柵だ。

 柵の一部が門になってて、そのすぐ脇にやぐらがある。


 櫓には、革鎧を着込んだ、五十がらみの目つきの鋭い男が寝そべっていた。

 男には片足がなく、代わりに木の義足がついている。


「おう、代官か」


 横柄な口調で、男が言った。


「異常はないよな?」


「ああ、ねえな。なさすぎてあくびが出らあ」


 男の脇には、半分ほど中身の減った酒瓶があった。


「そっちの嬢ちゃんが、エルドリュースのご令嬢か?」


「知ってるのか?」


「村中その話で持ちっきりよ。代官が若くて美人の公爵令嬢を貴族様から寝取ってきたと」


「寝取ってねえよ!」


「くっくっく。わーってるよ。代官はくそ真面目だからな」


「そんなに真面目か?」


「大雑把そうに見えてやるこたちゃんとやってるって感じだな。代官が節穴すぎても村が緩む。その意味じゃ、代官はほどよく目配りできてるよ」


「だといいけどな」


 つい話し込んでしまった。

 この元傭兵・現狩人も、俺と同じく王都の非正規騎士だったことがあるらしい。

 話が合うので、時たま酒を酌み交わしたりしてる。


「綺麗な嬢ちゃんじゃねえか。代官にはもったいねえ。大事にしてやれよ」


「おまえも独身だろうが。余計なお世話だ」


「いやいや、代官は真面目だからな。本当は悪く思ってねえくせに、嬢ちゃんのためだとか言って、いつかは送り返すつもりなんだろう?」


 狩人のセリフに、俺は返す言葉に詰まった。


「俺の経験則で言やあな、こうやって押しかけてくる女が、ちょっと道理を説いたくらいで引っ込むはずがねえんだよ。覚悟を決めてヤっちまえって。なぁに、せいぜい、婚約者に決闘を挑まれるくれえのこったろうが」


 そう言いながら卑猥な手つきをした狩人に、システィリアが赤面してる。


「簡単に言ってくれるな」


「簡単なんだよ。てめえの覚悟次第じゃねえか」


「おまえならともかく、俺じゃ決闘に勝てねえよ。相手が誰か知らんけど、貴族なら代理人を立てることもできるし」


 腕自慢の代理人相手に、もと非正規騎士とはいえ、俺の腕ではまず敵わないだろう。


「あの……ということはつまり、勝ち目があるならわたしをもらってくれるということですか?」


 システィリアが、俺の失言を見逃さずに食いついてきた。


「ということじゃねえよ。言葉の綾だ。俺みたいなおっさんに夢見てないで、早く心の整理をつけてくれ」


「わたしの心は決まってます」


「くくっ……気丈な娘さんじゃねえか。代官じゃ尻に敷かれるな」


 狩人はそう言って酒瓶をひとくち呷る。

 狩人は酒瓶を傾けた姿勢のまま、なんの気もなしに柵の向こうをちらりと見た。

 そこで、狩人が動きを止めた。


「どうした?」


 俺が聞くと、


「誰か来る」


「来るって……そっちは山だろ? モンスターか?」


 俺の問いかけには答えず、狩人が櫓を降りてくる。

 狩人は弓を携え、柵の門を開いて、森の方を見る。

 後ろから俺とシスティリアが覗き込むと、


「あれは……子ども……いや、ドワーフか!」


 森の切れ目から、小人が転げ出てくるところだった。

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