第7話


【黒竜帝国】の兵士たちは、亜人の少女を追いかけていた。

 子供とは言え、討伐隊や奴隷狩りからせこせこ500年も逃げ続けている「悪」しき者であるが故、馬を駆っても捕まえることができそうにない。

 村の亜人たちは、見つけ次第全員殺すよう命を受けている。だが、殺す前に手を出してはいけないという命は聞いていない。

 故に、彼らは「お楽しみ」を欲していた。「悪」しき者を蹂躙するという、最高の「お楽しみ」を。

 そのための武器を取り出す。スリングという、遠心力の力で石を飛ばす武器だ。

 石をセットし、頭上で振り回す。十分勢いがついたところで――放つ!

 狙い通り、亜人の少女の背中にぶち当たる。

 兵士たちの間から、下卑た歓声が上がった。













 背中に、重々しい衝撃が走る。

 悲鳴と同時に、肺の空気が一気に口から吐き出される。

 目の前の鬱蒼とした茂みにダイブするよう、キリは倒れた。

 不意に、視界が大きく変わる。

 同時に、浮遊感。そして――バシャーンッツ!!

 派手な音と共に、キリは水中に飲み込まれる。前方に横たわっていた湖に、落ちたからだ。


 ……く、苦しいっ! 息がっ! 助けてっ、誰か助けてっ! ……おとう、さん。……おかあ、さん……。













 剣が、槍が、容赦なく振るわれる。結婚式のために酒場に集っていた村人たちを、【黒竜帝国】の兵士たちはなんの躊躇もなく殺していく。大人も子供も男も女もかまうことなく殺す。

 皆、悲鳴を上げて逃げ惑った。中には跪き、泣いて命乞いをする人もいた。

 だけれども、兵士たちが聞き留めることはなかった。

 ――最早、虐殺だ。


「キリ、逃げろ! お前だけは、逃げて!」


 キリを抱いて逃げるロナーは、血だらけになっていた。斬られたのか、右の耳が半分、千切れてしまっている。

 仲良しだったモルとラロ、鍛冶師のアジス爺ちゃん、パン屋のメヒコおばちゃん、牛飼いのミディーおじちゃん、ボゥラさんとドゥーラさん――村の優しい大人たちは皆、倒れて動かなくなっていた。

「がっ!」と、嫌な声が聞こえた。キリを庇って背中を深々と斬られたロナーの口から、血がどぼどぼ溢れ出る。

 悲鳴を上げようとしたキリに「これくらい大丈夫だ。親父の拳骨の方がずっと痛いよ」とロナーは優しく笑った。そして、キリの手になにかを押し付けた。


「キリ、逃げて、生きて、俺の分も、お願い、みんなの分も……!」


 ――そこから先は、覚えていない。













 ……鍛冶師のアジス爺ちゃんは腕のいい鍛冶師で、みんなの農具を作ったり直したりしてくれました。

 パン屋のメヒコおばちゃんは、毎日早く起きてみんなのパンを焼いてくれました。

 ドゥーラさんは隣の家の素敵なおねえちゃんで、わたしが小さい頃、遊んでくれたり抱っこしてくれました。菓子職人を目指して、いつも頑張っていました。

 ボゥラさんはそんなドゥーラさんを好きになって、お嫁さんになってほしいってみんなの前でプロポーズした素敵なおにいさんで……。

 牛飼いのミディーおじちゃんは、牛のお産を見せてくれてくれました、みんなに命の尊さを教えてくれました。

 ロロ、モル、ラロ……それに、ロナー。ひどいよ……こんなきれいな石でできたペンダントなんか、いらないのに。……みんなと一緒なら、わたしはそれだけで……よかったのに。




 湖の底に、意識の底の闇に、キリは沈んでいく。


 ……そんなすてきなみんなが、なんで……亜人ってだけで、昔、魔王の軍勢に加担したってだけで、【転生者】が勝っただけで、こんな残酷に殺されなきゃいけないの? わたしたちは、誰にも迷惑をかけず、静かに暮らしていたよ。なのに、ひどいよ……!



 キリは目を閉じたまま、泣いていた。涙を流さず、嗚咽を漏らさず、


 ……助けて……誰か、怖いよ! ……死にたくない……!


 故に、キリは気付かなかった。



 ペンダントが、青く強い光を放つ。

 キリに――正確に言うと光に向かい、湖底から近づくシルエットがあった。

 それは手を伸ばし、キリを掴む。

 抱き止め、水面に一直線に向かう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る