第5話


「急がなくちゃ! 急がなくちゃ!」


 用を足し終えたロロは、走っていた。

 今日は、村をあげてのお祝いの日だ。ドゥーラさんが、お嫁に行く日なのだ。

 ドゥーラさんは、ダークエルフの亜人である。魔王に追随した裏切り者とされ、亜人に落とされたと伝えられるエルフの一属。

 でも、それがなんだ! とロロは思っている。

 ドゥーラさんは、よくお菓子――ナッツ入りのクッキーやベリーのパイを作ってごちそうしてくれた。

 それがただの趣味ではない証拠に、ドゥーラさんの腕には火傷の痕があった。菓子を乗せた重い鉄板をかまどに入れる際、たまにやらかしてしまうドジなのだと、でも、ある意味菓子職人の見習いにとっては勲章みたいなものだと、黒褐色の肌に刻まれたそれを、ドゥーラさんは誇りにしていた。

 そんな素敵な人――ロロにとって憧れの女性が、今日、お嫁に行く。

 いの一番で、お祝いを言うつもりだった――結局、尿意に勝てなくてだめだったけど。

 だけどせめて、せめて、みんなで練習したお祝いの歌だけはきちんと届けたいのだ。













 そんなロロの後ろ姿を、いくつもの目が見ていた。

 目の持ち主たちは、アシュロンの森の中に潜んでいた。全員、鎧を纏い、剣や槍で武装している。

 そのうちの一人が、背負っていた弓を構えた。矢を番え、狙いを定める。

 ――そして、矢が放たれる。

 狙い通り、矢はロロの首に命中した。何が起こったのか分からないまま、ロロは倒れる。

 





 死んだオークの亜人の子供ロロの周りに、目の持ち主たちが集まってきた。

 その中心に進み出るのは、華美なデザインの鎧に身を包んだ若い女だ。

 女は、帯びていたレイピアを抜いた。同時に、旗が掲げられる。

 真紅の布地に描かれるのは、【大いなる黒き竜ヨルムンガンド】の紋章。

 大陸に名を馳せる大国が一つ、【黒竜帝国こくりゅうていこく】の威を示すもの。


「これより、亜人どもを殲滅する!」


「応!」という声が、一糸乱れず応える。














 結婚式は、大いに盛り上がっていた。

 村人たちは、生涯を共にし合うことを誓った男女に、お祝いの言葉を述べていく。中には、ささやかな贈り物をする者もいる。


「ロロ、帰ってこないな……」


 大きい方にしても、いくらなんでも遅いような気がする。これじゃあ、お祝いの歌を歌えない。この日のために、みんなで一生懸命練習したのに。

 モルとラロはいない。さっきまでぶーたれていたのだけど、出されたごちそう――ふわふわに焼いた卵とか、川海老の素揚げとか、チーズを乗せた薄焼きパンとかを目にした途端、ダッシュで言ってしまった。

 誘われて、キリも一応行ったのだが――


「キリ、どうした?」


 取った揚げ菓子は、しょっぱかった。白砂糖がたっぷりまぶしてあるのに。

 一人離れ、涙ぐんでいたキリを心配したのだろう。給仕を手伝っていた、ロナーが来てくれた。

 ロナーは、キリにとって頼れる近所のお兄さんだ。三つ年上で、ダークエルフの亜人の男の子だ。

 目があったり声をかけられたりすると、心臓がどきどき大騒ぎして、顔がぽぅっとなってしまう――何故か分からないけど。


「ううん……ちょっと、おセンチになってただけ」


 キリは、涙を拭う。


「お父さんとお母さんも、あんな風にみんなにお祝いしてもらったのかなって思って」

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