第3話


 死神は、死にゆく者の魂の匂いを嗅ぎつけ、現れた。

 異様な匂いを放つ存在を押しのけ、魂を収穫しようとする。

 瞬間、光が大爆発した。奔流となって荒れ狂い、死神を吹き飛ばす。

 死神は、見た。ことの元凶が、大いなる変貌を遂げるのを。

 巨大な両翼、王冠のような冠羽、長い尾羽――それらは全て、真紅と黄金を帯びた純白。

 少女の姿は、既になかった。代わりに現れたのは、神々しい輝きを持った巨鳥だった。

 神話に紡がれる不死鳥という幻獣は、もしかすればこのような姿ではないのだろうか?


「今しばらく微睡めねむれ雛僧こぞう……いや、我が騎士ドラウグルよ。いざ、行かん!」













 死神は激昂し、鎌を振りかざした。

 腹を引き裂いて、奪還するつもりだった。死神の獲物は、既に巨鳥の中に納まっているのだから。

 だが、相手の方が早かった。

 ことを行おうにも、既に遅し。翼を羽ばたかせ、大空へと飛び立っていた。

 追いすがろうとする――が、振り振りきられる。







 死神が獲物を掻っ攫われたことへの罵声を吐き散らす頃、ディスコルディアは暗黒の宇宙を飛翔しかけぬけていた。

 目指すのは、渇いた星の荒野のどこかではない。

 果ての向こう側、誰も知り得ることのない、とある世界。




 その世界の歴史の記録によれば、ある時一人の剣士が決闘に敗れ、無念の死を遂げたという。

 しかし、これはまだ、物語の序章に過ぎない。

 何故なら、時代と場所は異なるが、同じようなことが世界各地で起こっていたからだ。













 史実によれば、その王は巨大な勢力を持つかのオスマン帝国を退けた偉大なる名君であり、されど、敵や反逆者を容赦なく処刑する暴君でもあった。

 臣下の裏切りにより、その命は、今まさに尽きようとしていた。


「竜の名を持ちし誇り高き名君にして暴君よ、我が名は【魔神】ミスラ。ヒトを……【英雄】たる資質を持つ者を、騎士ドラウグル昇華させかえし者なり」








 史実によれば、その狙撃手は冬戦争と呼ばれる戦争において超越した狙撃の腕を遺憾なく発揮し、数多の敵を撃ち殺したという伝説を持っていた。

 戦後は穏やかな生活を送り、ゆっくりと老いを重ねたその命は、かつて自らが守ったロシアとの国境線近くの町で、今まさに尽きようとしていた。


「絶対無敗の銃の勇士よ、我が名は【魔神】メリュジーヌ。ヒトを……【英雄】たる資質を持つ者を、騎士ドラウグル昇華させかえし者なり」









 史実によれば、その剣鬼は最強にして最後の剣客集団【新選組】を支え、時のうつろいに抗いながら、護るべきもののためにその卓越した剣技を振るったという。

 遥か北の地で行われた戦いの最中、狙撃を受け、その命は今まさに尽きようとしていた。


「剣鬼と恐れられし武士もののふよ、我が名は【魔神】ペルセポネ。ヒトを……【英雄】たる資質を持つ者を、騎士ドラウグル昇華させかえし者なり」










 史実によれば、その剣士は最強にして最後の剣客集団【新選組】の一員であり、時のうつろいに抗いながら、仲間たちを――なにより盟友ともを護り鼓舞するため、剣を振るい続けたという。

 退くことが許されぬ激戦の最中、銃弾を受け、その命は今まさに尽きようとしていた。


「昇ることなく命を終えた心優しき者よ、我が名は【魔神】アスタロト。ヒトを……【英雄】たる資質を持つ者を、騎士ドラウグル昇華させかえし者なり」









 史実によれば、その無法者アウトローは腕利きのガンマンとして無法が渦巻く時の西部開拓時代を生き、二十一歳で死ぬまでに二十一人を殺したという。

 暗闇の中、追っ手として放たれた刺客が放った銃弾により、その命は今まさに尽きようとしていた。


「無念の果てに潰えし法に繋がれざる者アウトローよ。我が名は【魔神】イシス。ヒトを……【英雄】たる資質を持つ者を、騎士ドラウグル昇華させかえし者なり」










 史実によれば、その聖女は祖国のため、なにより自分を導いた神とキリストのため、兵を率いて戦場を駆け巡った。

 虜囚の身に落ち、魔女の汚名を着せられ、火刑台に上がる炎の中、その命は今まさに尽きようとしていた。


「可憐でありながら勇猛な聖女よ。我が名は【魔神】ヴェルダンディ。ヒトを……【英雄】たる資質を持つ者を、騎士ドラウグル昇華させかえし者なり」








 ――与太話だが。


「なんということだ!」

「見ろ、ジャンヌ様のご遺体から純白の鳩が!」

「なんてことだ! 俺たちは、俺たちは……本物の聖女を焼き殺してしまったんだ!」

「神よ、お赦しを!」


「魔女」が炎に焼かれていく様を嗤いながら見ていた民衆は大パニックに陥り、跪いて許しを請うたという。


 ――既に【魔神】と契約を交わし、その身に取り込まれていた聖女は、勿論そんなこと知りもしないのだが。



 これは、もしかすれば、ありえたかもしれないことだ。

 されど、この世界の歴史の一端でしかありえず、もう終ってしまったことだ。


 そして、騎士ドラウグルとなった者たちにしてみれば、最早関係ないことなのだ。

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