季節を巡って

第6話

 8月も終わりに近づき、バンドを組んだ頃よりかは暑さも収まってきた。夏の終わりのどこか哀愁を含んだような空気が漂う。


 僕、奏が天色SUNSETに作った最初の曲が完成して1ヶ月が経っている。メンバーの瑞季と琴葉には曲を送り、それぞれで練習を重ねてきた。そして、今日はバンドの初合わせの日。


 藤沢にあるいつもの和泉楽器に向かう。ここにはスタジオも併設されている。存在は前から知っていたが、利用するのは初めてだ。

 店に着き、扉を開けると変わらず声が聞こえてくる。

「いらっしゃーい」

「こんちは!今日はスタジオ借ります!」

「いよいよだね。楽しんでやってきな〜」

 店主からの柔らかな響きの言葉を受け、階段を降りてスタジオへ入る。


「おはよー」

 扉を開けると中には既に瑞季がいた。

 前にファミレスで会ってからは何度か顔を合わせており、すっかり仲良くなっていた。

「おはよっ!楽しみすぎて1時間も早く来ちゃったよ!」

 やりたくなったら止まらない瑞季らしいな、などと思っていた。

 その時、扉が開く音がした。


「お、おはようございます」

 控えめな挨拶と共に入ってきたのは琴葉だった。顔を見るのは初めてだったが、琴葉だと一目で分かった。声や会話の雰囲気から想像していた、そのままだったのだ。

 大きな瞳と黒くて艶やかな髪を持つ美少女だった。


「おはよ!なんか初めての感じは全然しないけど、はじめましてだね〜これからバンドのフロントマンとしても、仲間としてもよろしく!」

 やはり瑞季の言葉には熱が篭っている。3人が初めて集まった事に嬉しくて仕方がないのだろう。


 それぞれが楽器のセッティングをし、音を鳴らし始める。この時気づいたが、僕はドラムやアンプから響くベースの生の音を聞いたことがなかった。初めて体感する重低音に身体の奥底を震わされ感動していた。


「よし、じゃあ始めるか」

 瑞季の一言でそれぞれの位置に着く。

「1,2,1,2,3,4」

 カウントと共に3人で向かい合って楽器を鳴らす。音が合わさって最高に気持ちが良い。琴葉の歌が入ってくる。透き通っていて、だけど芯のある美しい声だ。

 ドラムとベースが、ベースとギターが、ギターと歌が、ハモるように奏でられる。

 自分が作った曲を一緒に演奏してくれる人がいる、それだけで感極まって泣きそうだった。


 天色SUNSETのはじまりに相応しい曲だと2人が絶賛してくれた『はじまりのうた』。

 そんな風に言ってくれて、初めてなのにこんなに息のあった演奏ができるこの2人とバンドが組めて本当に良かった。そんなことを思いながら一心不乱にギターを掻き鳴らした。

 そして最後の4小節。琴葉の歌がスタジオに響き渡る。



 曲が終わった。僕はこの上ない幸福感に満たされていた。

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