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猫耳妖精

第1話

(あぁ、またこれか。)


 薄暗い部屋。幼い少女……いや違う。幼い「私」が大きな機械に寝かされている。その目の前では男と女が話し合っている。


「ごめんな、——。お前にこんな大役を任せてしまって。本当は私たちがやるべきなんだろうけど、私たちにはこの装置の適性が無いから——に任せる他ないんだ。分かってくれ。」


「私」は男と女に精一杯の笑みを見せた。何処か悲しそうに、申し訳なさそうにしていた2人への気遣いだろうか。


「いいよ、パパ、ママ。これまでしてくれたことへの恩返しだと思って頑張るよ。」


 私がパパと呼んだ男は頬に流れた涙を拭う。余程嬉しかったんだろうか。


「ありがとう……うん、ありがとう……。」

「泣かないでよパパ。ちゃんと見送らないと。」

「……そうだな。」


 男はママと呼んだ女に背中を支えられながら、真っ直ぐこちらを向いてくる。


「じゃあ、そろそろお別れだ。ソレの使い方は教えたよね?」


 小さくうんと頷いて、


「ここのボタンを押すと動きだすんでしょ?」

「そうだよ。それはきっと君の助けになってくれる。」

「私は絵を描くだけでいいんだよね?」

「色んなとこで描いてくれると嬉しいな。行くためための装備と描くためのタブレットも入れて置いたから。」


 そう言うと男は横のボタンを操作し始める。


「じゃあ、これで本当にお別れだ。次に起きる時には辺りには何もないだろうし、もしかしたらこのことを忘れてるかもしれない。けど、——ならきっとやるべきことをやってくれると信じてる。」


 装置の蓋が閉まっていく。中の温度も少しずつ下がってくる。


「ああ、そうだ。言い忘れるところだった!」


 男と女は再びこちらを向いて、


「——、た……」



「———あっ。」


 そこで目覚める。木々と機械の隙間から差し込む朝日が柔く私を包み込んでいる。そう言えば昨日はいい感じの「残骸」を見つけたからその影で眠ったんだった。


(にしてもまたか……。)


 最近は特によくあの夢を見る。俯瞰した立場から、機械に寝かされる幼い「私」……と思われる少女を眺める夢。あの機械は私が目覚めた時に入っていた物なのだろうが、あの2人に関しては何も分からない。「パパ」と「ママ」とは一体何なんだろうか。


 でも、この夢を見た時には何故か決まって、


(やっぱり……。)


 目が覚めた時に、左目から涙が流れている。



 十数分経っても物悲しさが消えないから、気を紛らわそうと早いこと話し相手を「起こそう」とする。

 手元に収まるくらいのサイズの球体に触れて、出てきたスクリーンの中から、起動スイッチをタップする。

 待つこと数十秒。正面のカメラアイが動き出す。


「おはようございマス。マスター。」

「おはよう、ルーク。」

「平均より30分程早い起動デスね。何かトラブルでも?」

「……別に?」

「視線がほんの僅かに外れましたネ。で、何かあったノデ?」

「ただの会話でそのカメラアイ使わないでよ!」

 

 してやったりと言わんばかりの笑い声を上げる。いい加減慣れてきてはいるけどやっぱりウザい。

 ルークは「自称」最新鋭のドローンで私の旅の相棒。目覚めてからずっと一緒に旅してる腐れ縁だ。


「それはそうと、この森はそう遠くないウチに豪雨に襲われマス。早急に移動することを推奨しマス。」


 先程までとは打って変わって有能なオーラを出し始める。実際組み込まれた能力は凄い優秀だし、頼りになる。


「マジかぁ……。んじゃ急ごっか。」

「了解しまシタ。雨天時モードに切り替えマス。」


 ルークの正面のカメラにフィルターがかかる。パッと見だとあんまし意味のない行為な気もするけど、本人曰く「内部はもっと激しく変化してますヨ。」とのことだ。


「どの辺まで行けば避けれそう?」

「アト東に15km程行けば問題ないカト。」

「分かった。」


 小さく頷いて手元のタブレットで行き先を決定する。最近のとは一風変わった絵が描けるといいのだけれど。

 決定に合わせて着ているスーツが自動で起動する。筋力強化に体温調節、疲労軽減と長距離移動をサポートしてくれる機能が満載だ。


「それじゃ行こっか。ルーク。」

「ハイ。マスター。」



 そうして歩き始めて数時間、まあまあな距離を踏破したけどそれと同時にやることも無くなってくる。

 いよいよ困ってきたところで、ふとこの世界そのものについてはあまり考えたことなかったなと思って、思考を回し始めた。



 西暦2754年。大きな大きな戦争の果てに、生き残った人類は、私1人。

 人だけでなく、大型の動植物の多くが居なくなったこの約51億km²の世界は、今や私だけが暮らす楽園になっている。



 ……なーんて気取った言い方をしてみたが、それ以上のことは殆ど知らない。戦争の始まりも、滅亡の直接的な原因も、私だけが生き残った訳も。最初から知らないのか、それとも忘れてしまったのか。それすらわからない。

 私が知っているのは目覚めた直後に機械の中で映し出された世界の現状と、いろんな場所に残っている搭乗席の無い兵器の残骸だけ。そこからわかったことなんてほんの少しでしかない。


 

 けど、別にどうだっていいんだ。

 残骸はもう動かないし、私が人類を助けれるわけでもない。このスーツを着ているだけで栄養は常時補給されるし、体調も完璧に管理される。何処でも寝られるし、何処へだって行ける。まさに無敵だ。


 だけどそれだけだと、何でか寂しくなったから。

 私はふと絵を描くことにした。いや、描かないといけない気がしたと言うべきだろうか。


 ある時は、森に差し込む朝日の絵を。

 ある時は、山頂から見えた極大の星空を。

 ある時は、雨の降り頻る湖を。

 ある時は、小鳥たちを乗せた囀る苔の生えた「残骸」の絵を。

 

 他にも色々描いた。けど、寂しさは無くならなかった。いつも何かが欠けてるような気がして、泣きたくなるような思いに駆られた。


 次第にそういうことも考えなくなった。結局何も分からなかったし、分からなかったからってそれで死ぬ訳でもないし、それを咎める存在もいやしない。だから、逃げるのだって何の問題もない。

 なんて考えて、今日も思考放棄に耽ってる。


 どうせ私が考えるのを放棄したって、月は沈むし、日は昇る。雨は降るし、風は吹く。私の人生だって、ずっと続いていく。全ては筒がなく進んでいく。変わらない日々が繰り返される。

 だから本当に、どうでもいいとしか思えなかった。


 ……どうでもいいんだよ。本当に。なのに、


 

 ……どうして、消えないんだろう。

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