第50話:ともに旅するということ

せめぎ合いながら、目の前にいる大鎌の魔物を睨む。無機質なその瞳は無数に俺の姿を映し、こちらの動きをつぶさに観察している。


お互い視線は合えど、それが持つ意味合いは全く違っていることだろう。


早々にフェイリオから標的を切り替えてくれたようでありがたい限りだ。こちらの方にも、あまりモタモタしてられない事情がある。


「兄様、兄様ぁ……」


ミュンがしがみつき、その体をゆすっているフェイリオの顔色を見る。暗くて表情が読みづらいが、息が上がって苦しそうにしているのは分かる。傷口の深さのわりにこの様子ということは、何か毒に侵されているのかもしれない。


よそ見をしていると、大鎌の向こうから何かが振るわれる音を聴覚が察知した。


まずい、この位置ではミュン達も巻き添えになる。


瞬時の判断で、先ほどから俺に押し付けられていた化け物の大鎌を思いっきり掴む。爪が食い込んで、しっかり保持したのを確認した後に、それを力の限りぶん回して化け物を投げ飛ばした。


「ミュン、リンと一緒にフェイリオを遠くへ連れて行ってくれ」

「分かったのー!」


音を立てて森の暗闇の中に巨体が落ちる。ミュンに一声かけてから、俺はその方向に向かって飛び込んでいった。


すぐに態勢を立て直していた化け物は、両腕の大鎌を構え、大あごを激しく動かしながら警戒心を露にしていた。


「ギチギチチ……」

「先にやったのはお前だからな」


あの兄妹を仲直りさせるには一体どうしたものかと頭を悩ませながら来てみれば、急に現れた化け物が、自分の仲間である獣人の命を奪おうとその凶刃を震わせていた。


先ほどまではいきなりのことにほとんど反射的に体が動いたが、今改めて化け物の全体像を眺めながら考えていると、沸々と湧いてきている感情が何なのかがはっきり形を示し始める。


これは怒りだ。


「おらあっ!」


両腕を振るい、空間に切れ目を入れるようにしながら、風の斬撃をいくつも発生させる。化け物は両腕の鎌でなんとかそれを防ごうとしているようだが、どう考えても手数が足りていない。取りこぼした分は確実に奴の体に傷をつけていくが、思ったよりもその傷は浅い。どうやら奴の表皮は厚い装甲で覆われているようだ。


「面倒だな……ん?」


側面から、俺に向かってくる何かを察知しその方向に向かって手を突き出す。


勢いよく飛び込んできたそれを、爪を鋭く曲げて食い込ませることで正面から受け止める。結構な勢いがあったそれを掴んだ瞬間、地面が少しへこむような衝撃があったが、俺の体はノーダメージだ。


「何だこれ、気持ち悪……」


目の前でうねうねと動くそれの先端には、鋭い針のようなものが付いていた。


なるほど、これがフェイリオを動けなくした物の正体か。


何かの正体は化け物の尻尾だった。見た目に分かりやすい脅威である大鎌に注意を逸らさせておいて、この尻尾の針で不意を突くって作戦なわけか。なかなか上手くできている。


だが、それももう終わりだ。


奴の尻尾を握っている手に思いっ切り力を籠める。それだけで、あっさりと尻尾は爆ぜ、寸断された針の部分が体液と供に地面に落ちた。


「ギシャアアア!?」


化け物は身をくねらせて悶えようとしたのだろうが、それももう叶わぬ話だった。周囲から延ばされた鎖が、奴の体を完全に拘束していたからだ。


この暗闇は、影魔法にとっては絶好のコンディションであると言える。どこからでも鎖が伸ばし放題だ。


飛び上がり、奴の細い喉元に向かって爪を横なぎに振るう。どんなに硬い装甲でも、この両腕の爪に貫けないほどではない。


「……まだ死なねえのかよ」


首を落とされてもしばらくは、奴の体は悶え、落とされた首も大あごを動かして懸命に俺を屠ろうと無駄なあがきを繰り返していた。


虫の魔物は生命力が強い。面倒くさいので、頭を思いっきり踏みつぶしてその命を無理やりに絶ってやった。


――ピアーマンティスを討伐-斬撃:3を入手――

――毒耐性:3を入手――





フェイリオが目覚めたのは、翌日の夕方になってからだった。


「ぅぐ……ここは」

「調子はどうだ」

「まだ……体の動きが鈍いです」


横たわった姿勢のまま、身をよじりながら苦々し気に眉を寄せている。どう声をかけたものか迷っていると、フェイリオの方がポツリと言葉を漏らした。


「俺は……弱い」

「フェイリオ?」


聞き返すも、フェイリオは口を堅く噤んでただ真っ直ぐ自分の上に広がっている木々が揺らめくのを見つめていた。


やがて、決壊するように目尻から涙が一粒こぼれ出した。


「俺は、俺は一体何のために今日まで……!」

「……」


うわ言のように次から次へと漏れ出る言葉は、誰に向けたものなのか。測り知ることのできない俺には、口をはさむことができない。


あまりにもまだ、フェイリオのことを知らなさすぎるのだ。


いや、そもそも俺は彼のことを……彼らのことを知ろうとしなかった。


こいつらの問題はこいつらが解決すればいいと、今日まで冷たくほっぽり出していたのが俺だ。ならば、今何も言えずに気まずい思いをするのは、その報いだろうか。


「んみゅ……」


その時、寝ているフェイリオに覆いかぶさるようにして瞼を閉じていたミュンが身じろぎした。フェイリオはそれまで彼女の存在に気付いていなかったのか、首だけを起こしてその姿を確認すると驚きの表情を示した。


「……何で」

「お前の看病で、ずっと横についてたんだよ。毒に効く薬草も、ミュンが見つけてきたんだ」


リンの治癒術だけではフェイリオの毒を完全に抜くことはできなかったようで、目覚めないフェイリオのために俺たちはここにとどまっていたわけだが、その間ミュンは薬草を探したりフェイリオの看病をしたりといった役割を自分から引き受けて必死にこなしていた。


流石に疲れたのか、ついさっき寝落ちしてしまったのだ。


自分の体にしがみつき、すうすうと静かな寝息を立てている妹の姿をフェイリオはじっと見つめる。その瞳が、ミュンの姿をどのように捉えているのか、どんな思いなのかはやはり分からない。


だが、どうしてもこれだけは言っておきたかった。


「ミュンは……お前を兄として大事に思ってる」

「……」

「だからお前も、少しはミュンの思いに応えてやってほしい……と、思う」


フェイリオは黙ったままだった。顔を再び枕に落とし、天を仰いでただじっと虚空を眺めている。


もしかしたら俺は、物凄く余計なことを言っているのかも知れない。この兄妹には何か測り知れない事情があって、ミュンに冷たく当たっても仕方がない事情がもしフェイリオの方にはあるのだとしたら、俺の言葉はきっと酷に映るだろう。


だけど俺にはどうしても、ミュン自身に何か問題があるようには思えなかったのだ。


「なあフェイリオ、お前たちに何が……」

「んうー……兄様、目さめたの……」


思わず疑問が口から漏れ出た時に、タイミング悪くミュンが目覚めてしまった。瞳をこすり、兄の顔を覗きこんでその表情を窺っている。


フェイリオはミュンの方に顔を向けて目線を合わせた。昨日の夜のような視線のぶつけ合いがまた始まるのかと一瞬ヒヤッとしたが、フェイリオはすぐに顔をそらすと目をつぶってしまった。


ぼそぼそと、その口が動いた。


「あ……あ、あり」

「あり?」


兄の口の動きをまねして、ミュンが首をかしげる。目をつぶったままのフェイリオの表情は更に険しくなり、ついにはミュンの居る方とは逆に首を傾けて、ようやくその言葉を口にすることができた。


「……ありがとう、ミュン」

「……! は、はいなの!」


ミュンはまだ力の入らない兄の手を、ぎゅっと力強く握った。そこに、兄の方から握り返してくる力が少しでも込められているのか、俺には知る由もない。


だけど、少しづつでもこれからはこいつらのことを知っていこうと思った。


その瞬間この獣人兄妹は、確かに俺と一緒に旅をする仲間になったのだ。

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気付いたらケモ耳奴隷少女でした~とりあえず自由と強さを追い求めます~ 貴志 @isikawa334

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