第41話:決闘①

翌朝、リンに手を引かれるようにして広場へと出た俺は、その中心でオプールと対峙していた。周りには子供から老人に至るまで、かなりの人数が俺たちを囲っていて興味深そうに眺めている。なんと、審判として現れたのは村長である。まさに村をあげてのお祭り騒ぎだ。


一体どうなってんだこの村は。


「それじゃあ、両者決闘前の握手だ。どちらが勝とうと負けようと、我らは仲間であると村の者たちに示しなさい」

「何だそれ」


やたら格式ばった文言を述べ始めたモーディへと向けた問いかけに、正面にいるオプールの方が答えた。


「村のルールなのさ。ガレの村で乱暴はご法度だけど、それでもどうしても雌雄を決したいときにはこうして絆を示してから戦うのが決まりなんだよ」

「村人の中には血気盛んな奴もいるからねえ。ここ最近ではずいぶんご無沙汰だったが」


確かに、周りを取り囲んでいる連中を見てみても、どこか元気が有り余っていそうというか、有り体に言ってしまえば厳ついやつが多い。平和そうに見えるこの村でくすぶっている連中にとって、他人の決闘は数少ない娯楽って訳か。


「ルー! ファイト―!」


リンはどこから調達してきたのか、頭に鉢巻をつけて声を張り上げていた。彼女は周りの厳つい連中とは別だと思いたいが……元気が有り余っているという意味では同じかもしれない。


発起人であるルーミオは、そのリンの横で固唾をのみこちらを見つめていた。彼女の心中は、その表情からは読み取ることができない。今から兄が痛めつけられる彼女は、その提案者として一体どんな気持ちでこの試合を見ているのだろうか。


周囲の様子に気がそれていた俺の目の前に、オプールの手のひらが差し出された。


「じゃあ、よろしく頼むよ。ルー」


俺はその手を複雑な気持ちで握り返した。


「……お手柔らかに」


俺たちが握手をすると、周囲はにわかに盛り上がりを見せた。





まさかルーミオのトンデモ提案がまかり通ってしまうとは想像だにしていなかった。周りがいくらはやし立てようと、当のオプール本人が拒否してしまえばそれでお終いだと思っていたからだ。


だが状況は、俺の思惑とは全く違って推移をしていった。当の本人であるオプールがな、ぜか今回の件を了承してしまったのである。


興奮した口調で、オプールと俺の決闘日時をつげるルーミオの言葉を聞きながら俺はどうにも腑に落ちないものを感じていた。一体なぜオプールは断ろうとしなかったのか、それが疑問だった。


その答えは、決闘が決まった日の夜、庭先に俺を呼び出したオプール自身の口から伝えられた。


『君がどのくらい強いのか知りたかったのさ』


どうしてそんなことが知りたいのか、再度疑問に思った。


もしかしてオプールは俺を倒したいのだろうか。そのために俺の力量を知っておきたいのではないか。


どうやらそうではないらしい。


『君は、僕の目標であり憧れなのさ。君のように、仲間を守れる強い獣人になりたい。だから、君の強さを一番近くでこの目に焼き付けておきたいんだ』


そう語るオプールの表情を見ていたら、俺はとても断る気持ちにはなれなかったのだ。


ちなみにこの時に、この決闘におけるルーミオの魂胆も説明したのだが、それを聞いたオプールはむしろホッとしたように笑っていた。


『みんなが連れ去られてしまった時のことを恨んでいるのかと思ってたからね……今度久しぶりに遊んでやろうかな』

『ぜひそうしてやってくれ、じゃないと人気者になるたび誰かにボコボコにされなきゃいけなくなるぞ』


そう言って俺たちは笑い合った。決闘の前日とは思えない、とても穏やかな時間だった。





距離を取ってお互い向かい合う。今日の俺の格好は、昨日までとは違うズボンにブーツと、動きやすいものを準備してもらっている。それ自体はありがたいが、今この状況は全くありがたくない。


ボコボコにするといっても一体どのように戦えばいいのか、俺は決めかねていたので。


俺は、相手を殺すためでない戦いを知らない。


「ルールを確認するよ。お互い攻撃手段は与えられた木刀か体を使った打撃のみ。牙や爪などを使う攻撃や魔法は無しだ。お前さんにとっては制約が多くなるが、試合を成立させるためのハンデだと思っとくれ」

「了解だ」


モーディの説明によって、いくぶんか「殺すためでない決闘」というものの意図を察することができた気がする。つまりは、攻撃手段を限定することで致命傷を避けて戦うということだろう。


「決着は、どちらかが降参の意志を示すか、審判である私が勝敗が着いたと判断したかのどちらかでつけるよ。私の判断に異論は受け付けないからね」

「はい!」

「了解」


力量の差を見せつけて、対戦相手本人か審判を納得させることができれば勝利ということか。なかなか分かりやすい。となれば、どうやって力量の差を見せつけるかに工夫の余地がありそうだ。


やばい、ちょっとワクワクしてきた。


「戦闘始め!」

「フッ!!」


モーディが試合開始の火蓋を切るとともに、眼前でオプールが跳ねた。


手の木刀を振りかざし、真っ直ぐにこちらに向かってくる。


先手を取られた形だ。まさかそんなに早く動き出すとは、ちょっと意外だった。


俺は手に持っている木刀を構え、やってくるであろう一撃を防ごうとした。しかしオプールは俺に切り掛かる直前で横に跳ねて姿を消した。


まずい。


俺は直感的に危機を察知すると、真上向かって地面を蹴った。空中に飛び出しすぐ下に目をやると、元の俺がいた位置に剣を横なぎに振るっているオプールの姿が見えた。


そのオプールの後方では、一本の木が何か衝撃を与えられたようにゆらゆらと揺れていた。つまり俺の目の前で横に跳ねたオプールは、三角飛びの要領で木を蹴り予測のつかない軌道を描いて俺へと切り掛かったということだ。


なかなか器用な真似をしてくれるじゃないか。


見下ろしながら呑気に状況の考察をしている俺を咎めるように、オプールはすぐさまこちらを見上げると地面を蹴り、空中へと切り掛かって来た。


「もらった!」

「ンなくそッ」


空中にいる俺はすぐさま軌道を変えることができず、迎え撃つしかない。しかしそれは地から足を話したオプールも同じことで、馬鹿正直に真っ直ぐにやって来た木刀での一振りを、俺は思いっ切り木刀で打ち払い返した。


ぶつかり合った衝撃でお互い反対方向へ吹き飛ばされ、スタート位置がひっくり返ったような形で地面に着地する。


これらすべて一瞬のことである。行きつく間もない攻防に、お互いにもう息が少し切れ始めていた。


獣人の身体能力を全力で活かした一瞬のやり取り。それは見る者たちの心を動かし、辺りからは早くも歓声が上がる。


ちくしょう、楽しいじゃねえか。


オプールが俺に剣先を向け、声を上げた。


「ルー! 手加減はいらない。きみの全力を見せておくれよ!」


本心なのか、挑発なのか。


その判別がつかないほどに、俺の方も気分は高揚してしまっていた。


「……後悔すんなよ」


そう言えば二日ぶりだ。


たった二日ぶりに体を動かしただけで、俺はどうしようもなく確信してしまっていた。


この胸の高鳴り。体にこもる熱気。ああ、今すぐにでも開放してしまいたい。


やっぱり俺は、戦うのが好きだ。

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