第40話:不本意

「もう私我慢できないんです、みんなお兄ちゃんのこと急にヒーローみたいに……凄く嫌!」

「いまいち話が見えてこないんだが……」


声を荒げるオプール妹――ルーミオの話を、輪を囲んで聞いていた。落ち着いて話を聞くために、場所をオプール宅の妹たちの部屋へと移している。


輪を囲むメンバーは俺とリンと、なぜかついてきた獣人兄妹のフェイリオとミュンである。ルーミオの向かいに俺、俺の左側にフェイリオ、右側にリン、そしてなぜかミュンはリンの懐に収まっていた。


「フスー……」

「えいっ、えいっ」


満足げにリンの体に身を預けるミュンと、楽しそうにミュンの頬をつんつんしているリン。どういう状況なんだこれは。


一方フェイリオはというとなぜかずっと真顔でうつむき、考え事をしているようである。こいつはこいつで、何で着いてきたんだろうか。


どうやら俺が話を進めるしかないらしい。


「村が襲われたときにオプールが助けに出なかったことを怒ってるんじゃないのか?」

「あ、いえ。お兄ちゃんなら絶対後で助けに来てくれるって信じてたので、それは別にいいんです」


いいのかよ。随分懐が広い。


「じゃあ何に腹を立てているんだ。兄が褒められているなら、それは家族としては喜ばしいことだろう。過大評価だとでも?」

「そうなんですけど、でもみんな今までお兄ちゃんに見向きもしなかったのに……」


口を尖らせたルーミオはその内情を語った。


どうやらオプールは、あの襲撃事件が起きるまでずっと村の中で「冴えないやつ」といった評価を受けていたそうだ。兄のことを良く知るルーミオはそのことをずっと悔しく思っていたらしい。


「お兄ちゃんは本当は運動はできるし、頭もいいし、でも凄く優しいからそれをひけらかさないんです。だから、『私だけでもお兄ちゃんの凄さを分かってあげるんだ!』ってずっと思ってました」

「はあ。じゃあ良かったじゃないか、みんなオプールの良さに気付いて」

「急すぎるんですよ!」


ここでルーミオのボルテージは最高潮に達した。部屋に轟く心からの叫びに、部屋の中のほぼ全員がビクッとして目を丸くする。


「この前友達と、村の中で誰がカッコイイかランキングを作ったんです」

「あー、やるやる」

「さっぱり分からん……」


ルーミオの話に一も二もなく共感するリンに対し、俺は完全に置いてけぼりである。ランキングつけてどうすんだよそんなの。


「そしたらみんなお兄ちゃんが1位だって言うんです! 前やった時はトップ10にも入れてなかったのですよ!? どう思いますか!?」

「いや、だから」


どうも思わんよ。兄が人気者になって良かったじゃんって。


困惑する俺に比べ、なんてことないように正解にたどり着くことができたのはリンだった。


「寂しいんだよね。急にお兄ちゃんがみんなのものになっちゃったみたいで」

「はい、そうなんです」


分からん分からん! どんな難問だよ。


共感者を得て安心したのか、ルーミオは急に調子を落として冷静に語り始めた。


「みんな何かあると『オプールオプール』って呼びつけるから、お兄ちゃん全然私たち家族といてくれなくなっちゃって……今日もまた外の見回り行っちゃったし」

「で、それがどうして俺にオプールを痛めつけてほしいってことにつながるんだ?」


ルーミオが不満に思っていることは何となく分かった。だが未だ不明なのは、彼女が俺に要求したきた件のほうである。


俺の問いかけにルーミオは神妙な表情を作ると、おずおずと切り出した。


「ルーさんにボコボコにしてもらえば、みんなお兄ちゃんのこと大したことないって思い直してくれるかなって」


発想が怖すぎる。流石オプールの妹だけあって、この子もちょっと感覚がずれているような気がする。


しかし、なぜだかリンがこの提案に乗っかってしまう。


「それいい! 私もやたらあいつが持ち上げられてるのどうかなって思ってたのよ!」

「リンさん凄い! 私の気持ち全部わかってくれる!」

「見誤るな、リンはただオプールが気に入らないだけだぞ」


リンに尊敬の目を向け始めたルーミオに待ったをかける。だがルーミオは止まらず、とうとう俺の手を取り詰め寄って来た。


「お願いします! カッコイイランキング2位のルーさんにしかこんなこと頼めないんです!」

「え、ちょっと待って! そのランキングに異議あり!」

「もうちょっとリン黙っててくれ」


何で俺が2位なんだとか、そもそもカッコイイランキングとこのお願いのつながりはどこにあるんだとか、言いたいことは色々ある。


しかしそもそもの話として、彼女の不満を解決する方法は他にあるんじゃないかと俺は思うのだ。


「……なあ、別にそんな無理やりオプールの評価を下げる必要なんか無いと思うぞ」

「で、でもそうしないと」


ルーミオは焦りと不安から表情を曇らせた。俺に断られることが、イコールで兄の心が離れて行ってしまうとでも思っているのだろうか。……そんなはずがないのになあ。


オプールが兄妹のことを大事に思っていることは明らかだ。妹の態度がおかしいことを悩んで、俺に話を持ち掛けてきたことからもそれが分かる。


「寂しいっていう気持ちをそのまま話せばいいんじゃないか」

「……私の気持ちなんて、きっとお兄ちゃんにはどうでもいいことですし」


俺の提案に、ふてくされるように目線をそらすルーミオ。


彼女は、兄にとって自分の存在は大したものではないと決めつけ、自分で自分の行動を縛り付けている。


自信がないんだろうなあ。こんなところまで似なくていいのにと思うが、兄妹というものは難儀なもののようだ。


「さてどう説得したものだろうか」と頭を悩ませていると、今までずっと沈黙を貫いてきていたフェイリオが急に顔を上げて言った。


「獣神様、お気が進まないようでしたら俺がやりましょうか」


――ああ! お前は出てくるな。話がややこしくなる!


「あ、それもアリです! フェイリオさんはランキング3位ですから!」


俺の願い虚しく、その提案にルーミオが飛びついてしまう。


そのランキングどうなってるんだ。この村の男の層薄すぎやしないか?


真っすぐにこちらを見据えるフェイリオの細い瞳は、獲物を貫く槍の切っ先のように研ぎ澄まされていた。怖い。


いや、コイツはダメだ。何だかマジでオプールを痛めつけてしまう未来が浮かぶし。オプールの評価を下げるだけじゃ済まなそうだ。


俺は必死でフェイリオ参戦を阻止しようとした。しかし、それが失敗だった。


「いや、お前はいいよやんなくて。だったらまだ俺の方が」

「え! ルーさんやってくれるんですか!?」


はあ!? いや、違う。


「ルーやっちゃおう! アイツ最近調子乗ってるから!」

「流石です! 獣神様の偉大さを分からしてやりましょう!」

「いや、だから……」


否定しようとしても、盛り上がった周囲の雰囲気にのまれて俺の言葉は力なく消えていってしまう。


ああ、何か思うとおりに行かないなあ……。


俺の話を聞いてくれ……頼むから。


「それじゃあ早速、友達に声かけときますね! やるんだったら大掛かりにやらないと!」

「ルー頑張ってね! 誰が最強なのか分からしてやりましょうよ!!!」


「もうどうにでもしてくれ」と、全てを諦めて呆然とする俺に、それを囲んで盛り上がるルーミオ達。その中にいて、ミュンはリンに抱かれたまま懐から取り出した木の棒をじっと見つめていた。


「さいきょう……」


そのつぶやきが何を意味するのか、この時俺たちは誰一人思い当たることはなかったのである。

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