第35話:村を回る②

村の中を回りながら俺たちは、時には掃除の手伝いをしたり、作物の収穫に参加したりして時間を過ごした。俺は見て回るだけで良いんじゃないかと思ったのだが、リンは忙しくしている現場を見るたびに手伝おうと言い出してしまうのである。


『大変そうにしているのに見てるだけなんて、私無理!』


そういう彼女に対し、「じゃあ行ってらっしゃい」といった態度を取ると光速で不機嫌になるので、俺も仕方なしに付き合うことになってしまう。


慣れないことを、周りの邪魔にならないようにしながらやるのはかなり面倒な作業だった。けれども、全くの無駄な時間だったということはない。


額に汗かきながら懸命に手伝うリンに対し、村人たちがしきりに感謝の言葉をかける。その中で嬉しそうにしているリンを見て、彼女と村人たちの間にあった溝のようなものが無くなっていくのを感じられたからだ。


オプール母に抱かれて、思いっ切り感情を発散させたのがよかったのがリンにとっても気持ちを切り替えるいいきっかけになったのだろうか。後で彼女にはお礼を言っておこう。


そんなこんなで結構時間がたってから最後に訪れたのは、村の真ん中にある広場だった。大きく開けた空間の中心には、記念碑だろうか、オブジェクト的なものが設置されていて、その周りを囲むように椅子や机が点在している。ちょっとした憩いの場所といった感じだ。


だが現在は、この場所も他の所と同じように喧騒に包まれていた。机周りを中心にして、多くの人が燭台を準備したり、鍋や食器を並べたりと、忙しなく人が出入りしている。「これは一体何だ」と俺たちが視線を向けると、オプール母は表情を明るくして答えた。


「今日は皆が帰ってこれたことを祝って、広場で全員集合の宴会を開くのよ。といっても急ごしらえだから、みんな集まってご飯を食べるだけなんだけどね」


なるほど、確かにどこからか料理の匂いがここまで漂ってきている。恐らく別の場所で料理が準備されていて、鍋でここまで運んできてみんなに配るといった流れなのだろう。


その時、三人同時にお腹が鳴った。お互いに目を見開いて見つめ合い、苦笑いを浮かべる。冗談みたいなタイミングだったが、仕方のないことでもあった。人間の町を脱出してから今日まで、満足に食事をとることもできなかったのだから。


「さてと……申し訳ないんだけど、私の案内もここまでね。私も炊き出しの準備をしないといけないの」


ああ、そうか。俺たちにこの村を案内するというのも、彼女の村人としての「役割」だったという訳だ。それが終わったのならば、彼女はまた次なる「役割」に従事しなくてはならない。きっと、それが「ガレの村」の当たり前なのだろう。


炊き出しが始まるまで何していようか。そんなことをリンと相談しようとすぐ横に顔を向けた時、口を真一文字に引き結んで、瞳をやる気に満ち溢れさせているリンの横顔を見てしまった。


あぁ、またこのパターンか……。


リンが勢いよく手を上げた。


「アムーラさん、お手伝いさせてください! 配膳ぐらいだったら、オルノーの村でもいつもやってました!」


オプール母は両手を合わせ、それはそれは嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「まあ! すっごく助かるわ、ありがとう! ……えっと、ルーちゃんは」

「ルーもやるよね!!」


ものすごい勢いでこちらに突きつけられるリンの視線。メラメラと燃え盛っているようで、とても直視に堪えない。


へいへい、やりますよ……。



さて、結局俺たちが仰せつかったのは、大なべから料理をお玉でよそい、それを食器に持って並んでいる村人たちに渡していくという仕事だ。最初は一皿に盛る量が上手くいかず時間がかかったが、慣れてきたらそこまで苦も無く行うことができた。


ちなみに、本日の料理は見回り班が狩ってきた獣の肉と、今俺が盛っている穀物と野菜が混ぜ煮込まれたお粥のようなスープである。どちらもなかなかに美味しそうで、今こうして持っている間にも鼻孔が刺激されてお腹が鳴ってしまいそうだ。目の前に料理がありながら、それを我慢して配らなければならないというのが結構辛かった。


配膳役をしていると、色々な村人たちの顔や表情が目に付く。久しぶりの炊き出しに心躍らせているような表情の者が多かったのだが、時にはそうではない者もいた。その最たる例が、今日この村にやってきた子供たちである。


皆最初並んだときは暗い顔で、こちらに料理をお願いするときもおどおどとして不安そうな様子をのぞかせているのがほとんどだった。


しかし、こんな時には配膳係にのみ伝達された秘密の指令の出番であった。


皿にこれ以上入らないというぐらいにご飯を盛って、盛って渡す。そうすると、明らかに量が多い料理に戸惑った視線を向けてくるので、ここで一言。


『今日まで大変だったね。もう大丈夫だからね』


そう言ってやるのだ。するとあら不思議、表情を緩ませて目に涙すら浮かべた子供たちは、来た時よりずっと明るい顔で戻っていくのである。


すぐ横で、リンがその指令を着実に達成していっているのを眺めながら感心する。なるほどなあ、この宴会は戻ってきた村人のためだけでなく、新しく村に入ってきて不安な子供たちの歓迎会も兼ねている訳だ。なかなかに考えられている。


だが、その大事な配膳の任に俺を着かせたのは間違いだ。


断言できる。俺にそんな愛想は無い。


先ほどから何人かそういった感じの子供が来ているが、俺ができるのはただただ無言で山盛りの飯を手渡してやることだけだ。指令にあったような甘ったるい言葉が、どうしても口から出てこないのである。


そうされた子供たちは、おどおどしたまま料理を受け取り、一瞬だけお礼をしてすぐ去って行ってしまう。


彼らたちは安心してこの村に住み着くことができるのだろうか。俺のせいで馴染めなかったらどうしよう。そんなことを考えて軽く落ち込んだ。


「ルー、料理頼むよ……って、どうしたんだい? 暗い顔しているよ」


次に俺の前に来たのはオプールだった。こいつ、今は結構すいているというのにわざわざ俺のところに来たのか、馬鹿め。無愛想スープをお見舞いしてやる。


「別に……自分の愛想のなさに絶望していただけだ」


淡々と食器に料理を盛り手渡してやる。料理を受け取りながら初め首をかしげていたオプールは、隣のリンやその奥に連なる配膳係と俺を見比べると、納得したように声を上げて笑った。


「あはは、確かに! ルーの周りだけ明らかに気温が1、2度低いよね。料理が冷めそう」

「……そういうこったよ。全く、人が気にしていることをあっさり言うよなお前」


オプールの率直な感想を聞いて、なおさら気が重くなる。もういっそのこと、配膳係を辞退させもらった方がいいだろうか。そんな気すら浮かんでくる。


オプールはひとしきり笑った後、自分の皿に盛られた、俺が盛った料理を眺めながら言った。


「でもさ、冷めた料理の方が好きって人もいるよ」

「そんな奴いるか?」


慰めにもならないようないい加減なその一言に、俺は疑わし気な視線を向ける。だがオプールは、その視線を受けてなお笑っていた。


「かくいう僕も、そんな奴の一人なのさ」


それだけ残して、オプールは戻っていった。結局、本気なのか冗談なのかよく分からん。


だけどまあ、どうせあともう少しだし頑張ってみてもいいかもしれない。そんな気持ちになったのは確かだった。


「ルー様、ミュンにお料理お願いしますなのー」

「獣神様、恐れながらこのフェイリオにもお恵みいただけますでしょうか!」


その後、例の狐兄妹も料理をもらいにやってきた。こいつらも、この村になじんでいくことができるのだろうか。


兄の方は、そのけったいなしゃべり方を直さないと難しそうだけどな。獣神様呼びを止めなさい。


空いているんだから、兄の方は隣のリンによそってもらってくれ。何かお前の目は妙に据わっていて怖いんだよ。



配膳の仕事が終わった後は、俺とリンも料理をもらって広場の端で食べることにした。


俺はこの世界の調理された食べ物というのを初めて食べたのだが、とにかく驚くほど美味しかった。肉もうまかったのだが、印象に残ったのは野菜と穀物のスープの方だ。


色々な野菜の混じった味の他にも、食欲をそそるような香りや風味が足されていて次から次に食べたくなる。リンが補足するには、具材の他にも動物の余った身や骨から下味というものを取っているから味に深みが出るということらしい。


これは感覚的な話になるが、何というか安心する味だった。もしかしたら、俺の体が記憶にない故郷の味というものを懐かしんでいるのかもしれないと、柄にもなく感傷に浸るぐらいには感動的だった。


美味しいものを食べていると、自然と会話も弾んでくるのだろう。広場には村中から人が集まっていて、皆思い思いに話に花を咲かせている。


とても賑やかな光景だった。こんなにも多くの人たちが、皆一様に楽しそうに過ごしているというのも、俺は人生で初めて見た。今日という日は、人生初のことが実に多い。


リンと二人料理の感想なんかを話しながら食べていると、向かいから既に食事を終えたのだろうオプールがやってくるのが見えた。遠くから手を振って、小走りでこちらに近づいてくる。


「ルー、リンちゃん、ここにいたんだね。どうだい、この村の食事は」


軽く息を整えながら、期待のまなざしをこちらに向けてくるオプール。ここは素直に期待に応えてやるとしよう。


「めちゃくちゃ美味しかった。今までの人生で一番だ」

「だよね! よかった、下の兄弟たちも喜ぶよ。今日は料理の手伝いをするんだって張り切ってたから」


どうやら俺の人生はまだ一週間そこらもないというジョークには気付いてもらえなかったようだ。


……俺の冗談は分かりづらいのだろうか。


俺の感想を聞いた後、オプールは次にぐるりとリンの方に顔を向けた。それに対して黙って様子をうかがっていたリンの体が、敵に遭遇した小動物のようにビクッと縮こまる。


「リンちゃんはどうだい? お口に合ったかな」

「美味しいわよ……別にあなたが作ったんじゃないし」


そして流れる微妙な沈黙。


あれれ、リンさん。あなた昼にたくさん泣いて気分がリフレッシュできたんじゃなかったのかな?


村の人たちへの態度の変化から俺はてっきりそう思っていたんだが、見込み違いだったか。


顔面に強固な笑顔の仮面を張り付けながらも、オプールの額には冷や汗が流れていた。流石の彼も、リンのこの頑固さにはお手上げか。


しかしめげない彼は、リンの空いた食器の上にある肉が刺さっていた串を指し、再度詰め寄る。


「そ、そういえば今日出た肉は僕たち見回り隊が狩ったイノシシなんだよ。なんたってとどめは僕がさしたのさ!」

「そうなんだ。肉は普通だったわ」


オプール撃沈。むしろ雰囲気は先ほどよりも重くなった気がした。


しかし、これは良くない。リンのことだから何かしら理由は絶対にあるのだろうが、いつまでもこんな態度で接してしまっていては彼女にとっても損である。


別に仲を取り持ちたいとかではないが、単純にリンが一体何を気にしているのかが不思議だったので、俺は聞き出そうと声をかけた。


「リン、一体どうしたんだ。何を……」

「わ、私食器返してくる!」


しかし、声をかけられるなり立ち上がったリンは、乱暴に二人分の食器を持って行ってしまう。


後に二人、呆然と残された俺とオプールは自然とお互いの顔を見合う。気まずい雰囲気に堪えられず、先に声を上げたのはオプールの方だった。


「いやあ、参ったね……実は一番年の近い妹にも、戻ってきてからずっと同じ感じで避けられているんだ。僕はどうしたらいいんだろう」


それは知っている。昼頃オプールを囲んで起こったあの大騒ぎの中、輪から外れて複雑な表情を浮かべていたあの子のことだろう。やはり上手くいっていないようだ。


割とガチで落ち込んでいるようだったので茶化すこともできない。俺は結構真剣に考えて、リンとオプール妹に共通することから思い当たったことを口に出した。


「お前、小さい女の子が嫌うオーラでも出してるんじゃないか?」

「ルー……僕は君が自分のこと、どう見えているのか真剣に疑問に思うよ」


ああそうか、俺も一応小さい女の子枠に入るのか。……入るのか?


周囲が賑やかな喧騒に包まれる中、俺たち二人は黙ったまま首を傾け合うのであった。

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