第34話:村を回る①

「服のサイズは大丈夫かしら?」

「……リン、これどうやって着るんだ」

「え、ちょっと、ルーこれ順番違う」


やたら着る枚数の多い服に悪戦苦闘していると、オプール母が様子を見に来てしまった。焦ってリンに尋ねると、難しい顔を浮かべた彼女は一度俺が来ているものを全て引っぺがしてスッポンポンにしてしまった。


オプール母が目を見開く。


「まあまあ、きれいな肌の色してるのね。羨ましいわあ」

「ルー、はい。まずはこれ着て……」


流石に恥ずかしい。全く動けなくなってしまった俺はその後リンの成すがままの着せ替え人形へとなり下がったのであった。


俺とリンは、オプール一家の住む家で少しの間やっかいになることになった。というのも、あの何か知っていそうな村長の女性に話を聞きたかったのだが、ゆっくり時間を取るために明日まで待ってほしいと言われてしまったからである。


『お前さん、何か訳アリだねぇ。村の恩人の願いだ、私の大したことない知識でよかったら今すぐ話をしてやりたいが……まずはあの子たちをどうにかしてやりたいんだ』


そう言って彼女が指した先にいたのは、奴隷商のところから連れ出してきた元奴隷の子供たちだ。村の喧騒に戸惑い、どうしたらいいのか分からず不安な目を浮かべている。その子たちの存在に今更気付いたといった感じで、村の者たちも決まりが悪そうに下を向いた。


『これから自分たちがどうなるのか、皆分からずに不安でいる。あの子たちの引き取り先を村の者達で話し合わないと、先に進めないんだ。だから、村で体を休めながら待っていてくれないか』


そう言われてしまっては、俺の方も頷くほかなかった。あの子たちをこの村に連れてきたのには、俺も一応関係しているし、「あいつらなんてどうでもいいぜ! 俺の話を聞けえ!」とか言える雰囲気でもなかったしな。


そして待つ間俺たちを世話してくれる人を募集した結果、オプールが速攻で名乗り出てくれて今に至るというわけだ。俺に殴られて腹を押さえていたというのに、やっぱり良いやつだな。


などと回想をしている間に、俺の着せ替えは完了していたらしい。二人は俺を囲みながら、何やらワーキャー騒いでいた。


「ルーかわいい!」

「凄い似合ってるわよ、この色にして正解だったわあ。あ、リンちゃんのピンクもかわいいわよ!」


俺が今着ているのは、肌着の上に裾がくるぶし付近まである長い丈の一枚服を被った後、その上から更に染色されたワンピースのようなものを重ね着するといったものだ。俺の服は藍色に染色されたもので、リンのはその色違い。


「ど、どうかな。ルー」

「うん、似合ってる。リンには優しい色がよく合うよ」


言われたきり、リンは顔を赤くして俯いてしまった。何か言い方を間違っただろうか、分からん。


リンの着ている姿を眺めてみても、確かに可愛らしい服装だと思うが、正直ゴワゴワしていて動きづらい。恐ろしくて口にはできないが、正直あの奴隷服に着替え直してしまいたいぐらいである。今度他に良い服はないか聞いてみよう。


「母さん、入ってもいいかい」


ドアがノックされるとともに、オプールの声が向こうから聞こえてきた。オプール母は、一瞬こちらにまるでいたずらでもしているかのような笑みを向けてから返事をした。


「いいわよー、入ってらっしゃーい」

「ルー! あのさ、今から村周辺の見回りに行くんだけど良かったらきみ、も……」


初め、扉をぶち抜かんばかりの勢いで部屋に飛び込んできたオプールだったが、要件を言うだけ言うと俺の方を向いて固まってしまった。目と口を全開にしたままで、眼球に映る俺の姿まで見えてしまいそうだ。


「悪いな、今からお前のお袋さんに案内してもらって、リンと村の中を見て回るんだ」


とりあえず彼の要件への返事を済ました。リンの要望により、オプール母に村の中を案内してもらうことになっているのだ。村の周囲にいる魔物にも興味はあるが、獣人たちから情報も得たいからな。


「ルー! アムーラさんでしょ」


リンに肘で小突かれた。ああ、オプール母そういう名前だったっけ。全然覚えられない。


しかし、俺が返答を済ましても未だにオプールは俺を見て固まったままだった。何だこいつ、急に魂でも抜けたのか?


「オプール?」

「あっ!? あ、ああー、そうだったのかい! いや、残念だけど仕方がないよね。その恰好じゃ森の中では動きづらいだろうし!」


俺が再度呼びかけると、急に動き出したオプールはこれまたずいぶんな早口で一気にまくしたてた。その中に非常に同意できる部分があったので、俺は頷いて自分の着ている服を俯瞰する。


「そうなんだよな。俺もやっぱり今のオプールみたいな服の方がいいと思うんだけど。なあ、お前の服予備とかないか?」

「へ? え、いや、あるといえばあるけど……あでも、ええと、どうだったかな」

「あらオプール、ルーちゃんにこの服は似合ってなかったかしら」


俺の問いかけに対し、ずっと曖昧な言葉を返し続けていたオプールへと、オプール母がまたいたずらっぽい笑みを浮かべて口をはさんできた。


俺は話の流れが分からずに首をかしげる。


今、この服が似合うかどうかって話だったか? 俺は動きやすさにおいてオプールの着ている服の方が良さそうということを言ったつもりだったんだが。


「ににに、似合ってるというか! ルーはあまり女の子っぽくないから……活発で動き回っているイメージがあるし、だから驚いたっていうか。か、母さん!」


オプールもてっきり話の筋を戻すのかと思ったら、顔を赤くしてあたふたと訳の分からないことを言い始めるし。それを見てオプール母が今日一番の良い表情を浮かべているし。


目の前で何が起きているのか理解できずに呆然としていると、あしがもつれてしまいそうになるほど強い力でリンに腕を引っ張られた。


「とにかく! ルーは私と一緒に村を回るから。この格好のまま!」

「お、おいリン……」


その勢いのままズンズカと出口へと向かうリン。引きずられるままに俺も部屋から連れ去られて行ってしまう。


ちょっ、もうちょっとゆっくり……この服歩きづらいんだってば。


「それじゃあ、アムーラさん。私たち家の前で先に待ってますから!」


扉をくぐるなり、リンはそう宣言してまたさっさと玄関へと駆け出して行った。腕は繋がれた状態のまま、俺も合わせるようにして何とか服の裾を踏まないよう小股で素早く歩く。


後ろ姿から覗いたリンの頬は、興奮で薄っすらと赤く血色ばんでいた。


「やっぱり、あいつ嫌い……!」


なぜリンが怒っているのかは分からないが、やはり彼女とオプールの間には溝があるようだった。


何で普通に接せれないのかなあ……。人生経験の浅い俺には、どうにも理解できそうになかった。



村の中はどこも喧騒に包まれていた。というのも、村人が大勢いなくなっていた間の遅れを取り戻そうと、総出で掃除や改修、復旧に明け暮れていたからだ。


ガレの村は十数件の家屋と、共同で服飾や工芸を取り扱う作業場、そして広大な農地と牧地があった。森の中の土地を切り拓いた村と聞いて、小規模な共同集落ぐらいのものを想像していたのだが、この発展具合は予想外だった。


オプール母が説明するには、この村には通貨や資産といった概念はなく、それぞれがそれぞれの獣人としての特性を生かした業種に着き、その成果を村人同士で山分けにしているらしい。そうすることで誰一人差別なく村に貢献し、村の恩恵を被ることができる。


「だからこそ、この村の結束はとても固いのよ」


そう自慢げに彼女は語った。


そんなオプール母の言葉に頻繁に頷きながら、興奮も隠さずに瞳を輝かして話を聞いていたのはリンである。


「私の故郷も全く同じ感じでした! 村のみんなが平等で、仲良しで、親切な人ばかりで……!」


きらめく彼女の瞳から、不意に涙の粒がポロリとこぼれた。にこにことリンの言葉に耳を傾けていたオプール母の表情が、途端に驚愕の物に変わる。


「帰りたいなぁ……オルノーに、うっ、ひっく……ご、ごめんなさ……ぅあああん」


とうとう声を上げて泣き出してしまったリンを、オプール母が慌てて抱きしめた。周りの村人たちも最初は驚いていたが、何となくリンの境遇を察したのか、それぞれが表情を若干暗くして作業へと戻っていく。


「リンちゃん、帰れるわよ。きっと帰れる……あなたにはとても強いルーちゃんがついてるものねっ」


いつの間にかオプール母も瞳に涙を湛えながら、泣きじゃくるリンへと語りかけていた。彼女もまた奴隷として故郷を離れた過去をもつ人だ。オプールの談によるとリンの事情とは若干異なっているようではあったが、それでもその不安な気持ちを痛いぐらいに察せてしまうのだろう。


タガが外れたように涙で顔を濡らしているリンを見て思う。一体今日まで、どれだけの不安をその身に抱えていたのだろうか。


同時に、この村に来てよかったと心の底から確信した。リンがその感情を発散することができたのだから。故郷に近いというこの村の雰囲気、そして多くの大人の存在が彼女のが自分の心境をさらけ出せるだけの安心感を与えてくれたのだろう。


もしかしたら、オプールや村人たちに対してなかなか心を開けずにいたのも、そういう内なる事情があったからかもしれない。


俺は、彼女のそんな感情の機微に全く気付いてやることができなかった。「お互いに支え合う」などと豪語しておいて、何ともお笑い種である。


だからこそ俺は、今日この場で見た彼女の泣き顔に改めて誓った。


絶対にリンを故郷へと送り届ける。そしてそれまでは、彼女のことは絶対に俺が守ると。

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