城壁都市「ネイブルグ」

第19話:新しい出会い

城壁都市「ネイブルグ」は、遠目から見ても分かるほど異様な出で立ちで俺たちを出迎えた。


まず目につくのは、何と言っても天高くそびえ並び立つ城壁である。今俺が目にしているのは、地図によると広大な森の東の端に面している町の西側の城壁であるが、一体誰からの攻撃を想定しているのか疑問に感じるほど高く、レンガが手を入れる隙間もない程びっしりと敷き詰められいた。そしてその白亜の壁は、視界に移る限り右左どこまでも町の周囲を覆い隠している。この分だと、イラストの通り町を一周全て塞いでいるのだろう。


そして、城壁の外側には堀である。こちらは随分前に掘られて整備もされていないのか、 底の方では緑が生い茂ったり雨水がたまったりしていた。まるで小さな森林のようになっているが、それでもまだ十分堀としての機能は残しているように見える。実際町の中に入るには、街道からつながっている、堀に掛けられた一本の橋を渡って、更には門番兵の立つ関門を越えなければならないようだ。


森林の影に隠れ、退屈そうに立ち尽くしている門番兵の様子を覗きながら俺はリンに提案した。


「さて、わざわざ人間の町に立ち寄ることもないし、このまま城壁の外を回って東側の街道から進もうと思うんだが」

「うん。それでいいと思う」


リンは相変わらず浮かない顔をしながらだったが、俺の意見には賛成してくれた。


町に入れば何かしら情報を得たり、物資を得たり(必然的に窃盗になるが)することはできるかもしれないが、あまりにリスクが高すぎる。しかも、遠目から見ても明らかな侵入難易度である。あの門番が立ち尽くす一本道を渡って町の中に入るというのは、面倒ごと無しには到底不可能だろう。


そのため俺たちはこの町を無視し、ぐるりと町の外側を通って東側に続いている街道から先に進むことに決定した。


だがそれだと一つ、これまでの状況との変化から懸念すべき問題があった。


「森が一旦途切れてるんだよな……。どうやって人間に見つからないで街道を進むか……」


地図上で示されているように、「ネイブルグ」から次の都市に至る街道は平野部が続き非常に見渡しの良い道となってしまっていた。となれば、ここまでのように街道沿いの森の中を進むという方法はもう使えないという訳だ。


「……この前の時みたいにローブを着ていけばいいんじゃないの?」


首を傾げ、何が問題なのか分からないといった感じでリンが呟く。


いやいや、街道を通れないのはあなたの馬車恐怖症のせいでもあるんですけどね……。などと軽口を叩けるような雰囲気でもない。


そもそも、街道の見通しが良い以上どうしたって馬車は多少目に付く。リンにはそこのところ多少我慢してもらうしかないとして、俺が心配に思うことは他にもあった。


「うーん、だとしても俺たちみたいな子供の二人連れって結構目立つんじゃないか? もし人間に声をかけられでもしたら……っ」

「……?」


話の途中で、聴覚センサーに何かが引っかかり俺は息をのんだ。不思議そうに目を丸くするリンに、目立たぬよう胸元で人差し指を立て、静かにするよう合図をする。


「話は一旦後だ。……見られてる」

「え、え?」

「近いな、行くぞ」


状況が掴めずにあたふたしているリンを抱え、おれはそいつの元へ飛んだ。


レベル2になった「俊敏」、そして「跳躍:1」、そこに元々の身体能力を加え、俺はあっさりと木の上からこちらをのぞき見る間者の背後の、そのさらに上空の木の枝へと回り込むことができた。


「え、あれ!?」


観察していた対象が姿を消したことに今更気が付いたのか、そいつは首を振って辺りを見回しながら必死でどこに行ったのかを探していた。


「え~~!? い、いつの間にっ……ぼ、僕目離したっけ? 離してたんだろうなぁ~! 何で僕はいつもこうなんだ、どう話しかけようとか考えずに、さっさと行けばよかったんだよ~!! あぁ、もう、自分が嫌になる~」

「……何だこいつ」


眼下でソイツは、何やら一人でぶつくさとぼやいていた。初めは誰か仲間がいるのかと思ったが、どうやら全て独り言のようだ。怖っ。


正直あまり関わりたくない。だが、わんわんと頭を振るそいつの頭に揺れるているのは、二つの丸い短い毛の生えた耳。そして尻には、細く長く、同じく短い毛を帯びた尻尾だ。


「ルー、あの人」

「……ああ、分かってる」


どうやら、スルーしていく訳にはいかないらしい。何せ、リンの他に初めて出会った獣人である。かなり怪しいが、なぜここにいて、そして何をするつもりだったのか含め情報を仕入れておきたい。


俺は、リンにその場に残るように言うと一人枝を下り、そいつの後ろへと立った。


「ああ~、せっかく出会えた人たちだったのに! 僕一人じゃどうしたって……いや、でも元々一人で行くつもりだったんだ今更……。ああ、でもあの子たち可愛かったな~」


何かまだうんうん唸っている。しかも何だか良く分からない方向を見上げながら、ボーっと呆け始めている。本当に大丈夫かコイツ。


「おい」

「え……うひぃっ!?」


声をかけると、呆けた表情のままこちらを向いたそいつは、俺に気付くと木の枝の上で器用に尻もちをついた。


さっきも確認したが、大きな丸っぽい耳と細長い尻尾が生えていて、どこか愛嬌があるような顔立ちをしている。ややせり出した前歯が特徴的だ。若い男の獣人だった。


どう話を切り出そうか俺が考えていると、なんとそいつは、互いが誰かも、何者なのかも分からない状況で饒舌にしゃべり始めたのだった。


「き、君たちにっ! 協力してほしいことがある! ぼ、ぼ、僕の家族と仲間たちを、たす、助けてくれぇ!」

「はあ……?」


混乱から抜けきっていないであろう、しどろもどろとした口調で、いきなり話の核心に触れ始めたのである。


こちらの第一印象は、終始「何だこいつ」だ。


変なのと関わってしまったかなあ……リンもずっと機嫌が悪いままだし。


「ネイブルグ」に到着してから、何だか俺はずっと調子が狂いっぱなしのような気がしていた。

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