第9話:圧倒

――射撃…遠距離での攻撃性能が向上する。スキルレベルが高くなるほどより強力になる。――


この「射撃」というスキル、俺が弓だとか鉄砲だとかを使った時の威力を上げてくれるものだとばかり思っていたのだが、ひょっとすると……。


自分の指先に生えている、黒々とした鋭い爪をまじまじと見つめる。


あの時、この爪はただ空気を切り裂いただけだと思っていた。だがこれは、もしかしたら強力な攻撃手段が追加されたのかもしれない。


「ブモオオオオオオッッ!!」


ブタの魔物が咆哮する。その声が意味するものは、「よくも仲間を!」なのか「俺を無視するな!」なのか。……そもそもあいつにそんなことを考えれるだけの知能があるのだろうか。


もちろん、全てどうでもいいことだ。


「いいぜ、来いよ」


今や俺にとって奴は、自分の新たな能力を試すための実験台としてしか映っていない。


念のため周囲の音を確かめ、近くに他の魔物がいないことも確認済みだ。同じ轍は踏まない。


「お前はどんなスキルをプレゼントしてくれるんだ!?」


手に力を込め、目の前の空間に向かって思いっきり腕を振るう。先ほど同様、空気を切り裂く感触が爪越しに伝わってきた。


そして、今度ははっきりと確認することができた。俺が切り裂いた空間を出発点として、風の刃のようなものが爪の形を刻みながら、真っ直ぐに標的へと向かって行っていた。


「ブオオ……?」


途中までそれが何なのか認識できていなかったのであろうブタの魔物は、悠長にそれを眺めていたかと思うと、ギリギリでその脅威に気付き腕で防御を図った。


当然、着弾した風の刃は魔物の腕に深い爪痕を刻み込んだ。血が飛び散り、斬撃の凄まじさが露わになる。


「ブフッ!?」

「やっぱりだ、コイツは使えるぞ」


俺は心の中でガッツポーズをとった。


やはり「射撃」というスキルは、俺に遠距離攻撃の能力も追加してくれるものだったのだ。更にうれしいことに、レベルが上がったことにより効果か、明らかに先ほどより斬撃の威力が増している。


これでだいぶ戦闘が楽になると思った。これまでパーティを組んだ魔物との戦闘で手間取ったのは、遠距離攻撃を仕掛けてくる後衛を処理する方法に特に乏しかったからだ。


この風の刃さえあれば、魔物の群れ相手でも互角以上に戦えるだろう。ましてや、目の前にいるブタの魔物一匹などなおさらである。


「行くぜえ、ブタ野郎!!」

「ブオオオオッ!」


ブタの魔物の一撃が届かないぐらいのところまで近づき、風の斬撃を浴びせる。魔物は、それにより体をズタズタに刻まれながらも、何とか俺に攻撃を仕掛けようとひたすらに走り、腕を振るった。


だが、遅い。遅すぎる。


俺はその一撃を軽々とかわし、一気に懐まで潜り込むと、両手の爪を鋭くし奴の片足を思いっきりもいでいやった。


「ブギャアアッ! ブフ、ブギッ!!」

「あらよっと」


崩れ落ちながらも、足元の俺を叩き潰そうと振り下ろされた拳を、飛びのいて距離をとることであっさりとかわす。去り際、お土産に風の斬撃を顔面目掛けて叩きこんでやった。


奴の顔に刻まれた爪痕が、目鼻を潰し、抉り、赤い鮮血で濡らす。何て間抜けな面なんだ。


「ブギッ、ブギッ、ギィイィ……!」

「ははっ……ハハハハハハハっ!!」


俺は、湧き上がってくる感情を抑えることができなかった。


ついさっきまで、俺は明らかな「弱者」だった。囚われ、操られ、踏みにじられ、地を這い、逃げ惑う。ゴブリンにすらいたぶられるような、脆弱な存在だ。


それが、たった数回の勝利を重ねただけでこんなにも変わるものなのか!? 今や俺は、圧倒的な力で魔物をねじ伏せる狩人である。


そう、もはやこれは戦闘ではない。狩なのだ。


楽しい、何て楽しい!


「じゃあなっ!」


もはや蹲り顔を抑え、戦闘不能となったブタの魔物の喉に食らいつき、止めを刺す。奴の首は体格相応に太く、噛みつくのは結構大変だったが、俺の牙に捉えられたら最後、待っているのは確実な死だ。


「顎が疲れる……ヴァウッ!!」


大きく首と体を振るい、奴の喉元の肉を根こそぎえぐり取ってやった。


「ブギィ」


一鳴き、大きな体格に全く合わない小さな断末魔をあげ、ブタの魔物は事切れた。


――ジャイアントオークを討伐-怪力:1を入手――


「はあ、はあ、ペッ……やっぱマズ」


ブタだったらおいしいかと思ったら、普通に口の中に広がる苦みに顔を歪め、肉を吐き捨てた。


地面に飛び散った肉の破片と血のしぶき、口の中に広がる血の鉄の味……何か、段々冷静になってきた。


さっきまでの自分の笑いは何だ?


あれではまるで戦闘狂ではないか。


檻越しに俺を見下していた人間たちや、俺をいたぶって喜んでいたゴブリンの表情が脳裏に浮かぶ。


さっきまでの俺は、あれと同じだった……?


違う、と思いたい。俺は別に、弱者をいたぶりたいとは思わない。


俺はただ、強くなりたい。だから、苦戦していた相手より優位に立って、自分が強くなったのが嬉しかったのだ。


強くなるとは、自由に近づくということだ。そうだろう?


「ね、ねえ。みんな倒したの? たすかったの?」


誰にするでもない言い訳を心の中で延々と繰り返している中、背後から声をかけられ、振り向く。頭部の耳を不安そうに垂れ下げ瞳を揺らしながら、獣人の少女が首をかしげていた。


そうだ、俺はこの子を助けるために飛び出したのだ。


少女の全身を、頭の上から順番に視線を落とし観察していく。


犬耳の下には、耳に生えている毛色と同じ薄茶色の髪の毛が少しウェーブしながら肩口まで伸びている。瞳や輪郭は丸みがあって、いかにも大人しいといった雰囲気を印象付けていた。粗末な布と腰帯だけの服からはみ出した腕や足の部分はとても細く、細々とした傷痕が至る所に残っていた。


俺の視線に気づいたのか、少女は眉を寄せて不審げな視線を強めた。


「なに? どうかしたの?」

「いや……無事でよかったと思って」


いかん、見過ぎたか。俺はごまかすように、しかし心の中で思っていた素直な感想を述べた。


本当に良かった。彼女は、この世界のことについて知っているであろう、俺とまともに会話できた貴重な存在だ。彼女から教えてもらいたいことはたくさんある。死なれてしまっては、それができない。


俺の感想を受けて、少女は一旦目を丸くしたかと思うと、大きく一息ついて笑みを浮かべた。


「う、うん。あなたのおかげよ……ありがとうっ」

「うん」


二人生き残れたのは、彼女のおかげだとも思うが。ここは素直にその言葉を受け取っておこう。


目の前の少女が俺に向かって微笑んでいる。ただそれだけで、自分は俺を笑った奴らとは違うのだと確認できる気がした。


俺は頷き、聴覚を働かせて周囲の状況を再探知する。どうやら、先ほどまで十数体いた魔物達は散り散りになってしまっていたらしく、だいぶ離れた所にいる数体の魔物の鳴き声しか聞こえてはこなかった。


聞いたことの無い鳴き声の魔物もいたが、強くなるためには戦闘あるのみである。幸い、二匹倒したおかげで体力は完全に回復している。


俺は少女に向き直った。


「魔物がいる。倒してくるから、待っててくれ」


俺の言葉に、少女は一気に顔色を青く染め、震え始めた。


「えっ……すぐ近くにいる、の?」

「いや、結構遠い。だから時間がかかると思う」

「だったら逃げようよ、森から出よう!」


少女が、訳が分からないといった感じの取り乱しようで、俺の手を引っ張ってくる。


ああ、やっぱり普通はそうなのか。獣人だったらみんながみんな強さを求めるわけではないんだな。


また一つ、この世界について詳しくなれた。やはり彼女は有用だ。


俺は、震える少女の手を上から握り、できるだけ刺激しないように優しく振りほどいた。


「俺は、強くなりたいんだ。戦える時は戦っとかないと」

「あなた、どういう……?」

「隠れて待っててくれ。ヤバくなったら、叫んでくれたら分かるから」


それだけ告げて、俺は一番近くにいる魔物目指して駆け出した。


時間が惜しい、魔物が俺の探知できない範囲まで移動してしまう可能性だってある。少しでも早く強くなりたくて、俺はじれったかったのだ。


「変な子……。でも、カッコいい」


だから、取り残された少女が呟いた言葉も、今の俺には気にしている余裕なんか無かったのである。

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