episode 3 Fortune cookies of the grim reaper

✳︎船医・ミハエルと死神星✳︎



「ミハエル、〝リーパー〟って、どんな意味なの?」


ケントは、不思議そうに聞いてきた。


「〝芝刈り機〟かな?……あとは……」

「あとは?」

「〝死神〟」


ケントは、その言葉に小さな顔を引き攣らせた。

気持ちは分かるよ。

誰だって〝死神〟なんて言われたら、いろんなことを想像しちゃうもんね。


その星が〝リーパー〟=〝死神〟と呼ばれるには理由がある。

1つはその星の色。

大気圏を覆うオゾン層の濃度が濃すぎて、深い紫色に見えるということ。

もう1つは、重力。

地球の2倍もの重力は、歩くだけで死にそうになるということ。

そして最後は、食物が何も育たない不毛の土地だということ。

〝死神〟が作った星 ーー〝 リーパー〟

しかし、人を拒絶するようなこの星は。

ありとあらゆる種類の鉱物が豊富に採掘できるんだ。

だからこの星にいる人は、ただただ働くためだけに住んでいるようなもので。

したがって、貨物船は必ずリーパーに寄港し、物資を届けなければならない。

さらに、貨物船に上船している船医は、リーパーで働く従業員の健康診断を義務付けられているんだ。


重力2倍はキツいよなぁ。

僕は毎回、リーパーに上陸するのが憂鬱だ。


ただジェイクFだけは、毎回楽しそうだ。


船医補助として、ジェイクFがついてきてくれるんだけど……。

負荷重力にギャハハ笑いながら、走り回っている。

そして急に倒れて、人型を大地に残す。

また起き上がって、ギャハハ笑いながら走り回わる。

ずっとそれの繰り返し。

小さくて体力なさそうなのに。


健康診断も今日で無事終了した。

ようやく、この負荷重力から解放される。


「ジェイクF、帰るよ」


振り返ると、ジェイクFがいない。

さっきまでそこで送信作業をしていたはずなのに。

僕は採掘場の責任者に聞いた。


「さっきまでここにいた人、知りませんか?」

「あぁ、さっき〝オーロラがでたーっ〟っで言って、外に走っていったけど」

「えっ?!」


えーーーーっ!!


なんで行っちゃうんだよ!

確かこの間も言ったよね!?

リーパーは地下空洞があるから、夜歩き回っちゃダメだって!! 落ちるからっ!!

僕は慌てて外に出る。


外に出て僕は、びっくりした。

オーロラが空いっぱいに広がっていて……。

地球のオーロラもキレイだけど、リーパーの青紫色のオーロラは幾重にも重なって波打つように空を彩る。

……まるで海が空にあるみたいだ。


ジェイクFも走りたくなるかも……。

あっ! ジェイクF!

あ、ヤバい……一瞬、ジェイクFの存在を忘れてしまった。

我に返った僕は、声を張り上げて叫ぶ。


「ジェイクF!! どこ!? ジェイクF!!」

「何?」

「わぁぁぁぁ!!」


思わず悲鳴をあげて、振り返ると。

採掘場の屋上でオーロラを見ているジェイクFがいた。


……よかった。

とりあえず、無事だった……。


「負荷重力なのに、よくそんなところ登ったね」

「だって、リーパーは落とし穴あるんでしょ?」


あ……ちゃんと覚えててくれてたんだ……。


「ミハエルのことだから、僕が忘れて走り回ってるって思ったんでしょ? ミハエルが言ったことだけはちゃんと覚えてるんですよ、僕は」


……そうですね、すみませんでした。


「それはそうと。そっから飛び降りちゃダメだよ。負荷重力で足の骨折れちゃうから」

「はーい」


ジェイクFはおとなしくハシゴで降りてくる。


「あのね、ミハエル」

「何?」

「僕、ミハエルと一緒にリーパーのオーロラ見たかったんだよ、ずっと」

「え?」

「でもさ、ミハエルは毎回リーパーでキツそうだし、こうでもしなきゃ、一緒に見れないんじゃないかって、思ったの」

「ジェイクF……」

「あと、これ。あげる」


ジェイクFは僕に手のひらサイズの丸い石をくれた。

鈍い輝きの紫色の石、初めてみる。


「リーパーストーンって言うんだ、それ」

「リーパー……ストーン!」

「きれいでしょ?」

「うん、キレイだ。メノウみたいだね」

「レアメタルと一緒にザクザクとれるから、宝石にして売ろうと思ったんだって」

「へぇ」


今更ながら、ジェイクFの好奇心と探究心に、僕は感動してしまった。


「でもね、硬度が低くくて加工しにくいだって。だから、宝石の話もなくなっちゃったらしいんだ。まぁ、リーパーストーン=死神石って、ネーミングも悪いよね?」

「アハハ」

「だからね、今、ミハエルが持ってるリーパーストーンは。奇跡の大きさなんだよ」

「え?」

「壊れやすい石がその大きさで存在する……奇跡なんだよ、ミハエル」


いつもふざけてるんだか、真面目なんだかわからないジェイクFが。

真剣な顔でオーロラを見て言った。


「リーパーでオーロラが、見られることも奇跡だし。広い宇宙でスターシップにたった10……11人が集まったことも、僕がミハエルに出会えたことも。みんな奇跡だなぁ、って思うんだ」


奇跡……ほんの一瞬、すれ違ったら、きっと一生会えなかったかもしれない……。

ソラも船長も……貨物船に侵入してきたケントもみんな。

奇跡の集合体なんだ。

そう考えてると、なんだか年甲斐もなう涙腺が緩む。


「あ、あれ? ミハエル? 泣いてる?!」

「な、泣いてないっ!」

「もぉ、隠さなくっていいって〜」


そう言うと、ジェイクFは背伸びをして、僕の頰にキスをした。

隠してた涙がジェイクFの温かいキスで、無くなって。

僕は驚くと同時に、妙な安心が胸に広がっていくのを感じた。


「……ジェイクF、色々ありがとう」


そして今度は。

僕がジェイクFの頬にキスをした……。


キライだったリーパーの負荷重力。

これもちょっとだけ……みんなと時間を共有できる貴重な時間だって思ったら。

ちょっとだけ……苦にならなくなったんだ。







✳︎機関士・カイルの暇潰し✳︎


〝死神〟星ーーリーパーを出港して3日が過ぎた。

リーパーに寄港しても何もないから、ほぼ船内にいた俺は。

ほぼほぼ、やりたいことをやり尽くした結果。

やることを見失っていた。

リーパーは銀河系の端っこのほうだから、次の寄港地〝ファース〟までは、あと3週間はかかる。

つまり1ヶ月間、ずーーっと船内にいることになる。


……正直、つまんない。


映画も見終わったし。

人生ゲームも120回くらい色んな人生を生きて、かなり飽きたし。

宇宙人の格好をして、出会い頭にみんなを驚かすのも飽きたし。


……この手のイタズラは、まぁ、色々、あれだ。

リスクを伴う。


ソラやディヴィッドみたいに逃げるタイプは、全然いい。

ジェイクFやジェイクBみたいに笑いだすタイプは、やりやすい。

船長やレイみたいに座り込むタイプは、あとが怖い。

ミハエルやケント、ジョーみたいに「何してるの? カイル」って言うタイプは、かなりやりづらいし。

そして、ウィルみたいに攻撃に転ずるタイプは、めちゃめちゃ危険だ。


……暇だし、食堂行こう。

ジェイクBが、相手をしてくれるハズ。


「カイル、暇なんでしょ?」


食堂に着くと、厨房の中にいるジェイクBが笑いながら図星を突いてきて。

俺は思わず苦笑いをした。


「次のシフトまでどれくらい?」

「あと、4時間くらい」

「早いね」

「リーパーからファースまでは、銀経の端から端まで、ほぼ水平に移動するからね。1番スターダストが多い航路だから、シフトの交替が早いんだよ」

「あぁ、大変だね。だったら、ゆっくり休んどけば?」

「……だって、寝るのもつまんないし」


ジェイクBは声を出して笑う。


「カイルらしい」


そう言うと、ジェイクBが厨房から出てきた。

手には大きなバスケット。

ジェイクBはニマニマしながら、そのバスケットを俺の前においた。

餃子を揚げたみたいな形の、軽そうなお菓子。


「何これ?」

「フォーチュンクッキー」

「あぁ! 中に〝おみくじ〟が入ってるヤツ!」


ジェイクBは満足気に笑った。


「これはただのフォーチュンクッキーではありません。ジェイクB特製〝王様ゲーム的なフォーチュンクッキー〟です」

「……え?」


……その〝的な〟って何?


「カイルだけじゃないんだよ。〝つまんない、つまんない〟言ってんの。長い間スターシップに缶詰めになってるとさー。だから、つまんないみんなにジェイクBからのサプライズプレゼント!」


イヤな予感しかしないけど……。

面白そう!


「さっ! おひとつ、どうぞ」


ジェイクBの言葉に俺は、フォーチュンクッキーに手を伸ばして。

俺は1番大きなクッキーを選ぶ。


パリッ。


空洞になったクッキーの中から、紙が出てきた。

俺はワクワクして、紙を開く。


〝この船で1番コワイ人と1番優しい人にキスをする〟


……おい、ジェイクB。

なんだよ、これは。


ジェイクBは、俺の表情から〝ヤバイのを引いたな〟って見抜いて、ニヤニヤしている。


「……ジェイクB……?」

「だから言ったでしょ?王様ゲーム〝的な〟って」

まぁ、ジェイクBにはちょっと責任取ってもらおう。

「ジェイクB」

「何?……!!」


俺はジェイクBにキスをした。

頰に手を添えて、かなり深いキス。

唇を離すと、真っ赤になったジェイクBがびっくりした顔をしている。

これで〝1番優しい人とキスをする〟はクリアだ。


ジェイクBは「キスしたのって、いつぶりかなぁ〜」なんて言って、変な照れ方をして言った。


問題は〝1番コワイ人とキスをする〟だ。


俺が1番コワイと言えば……船長……だな。

俺がたまにふざけすぎるくらいふざけるから、低い声で「おい」って脅されて、鋭い目で睨まれる。

正直、コワイ。


……でも、これは、チャレンジし過ぎじゃないのか、俺?


なんて考えてたら……いるじゃないか、船長が。

リフレッシュルームで本を読みながら……寝てる!


寝てるじゃないか!!

これは、千載一遇の絶好のチャンスだ!!


俺は、息を殺してそっと船長に近づいた。

あと、30㎝……20㎝……10㎝……5㎝……3㎝……1㎝……

俺の唇と船長の唇が重なる……。


……よーし! クリアーっ!


って、天を仰いだその時。


「お前、いい度胸だな」


低い声が響いた。


ヤバイ……。


船長は椅子から立ち上がって、俺に近づく。

目がコワイ……めっちゃコワイじゃんか。

俺は思わず後ずさりして、とうとう壁際に追いやられてしまった。

船長は壁に勢いよく手をついて、俺を見下ろす。

あ、これ……壁ドンってヤツですね? 船長!!

そうですよね〜!


「あの、これはですね、ジェイクBのフォーチュンクッキーが……」

「……覚悟は、できてんだろ?」


……殴られる!!


歯を食いしばった瞬間、唇に柔らかい感触がした。

しかも顔を両手で覆われて、深く勢いのあるキスで!!

息ができない……!!

船長が唇を離した時には、俺は息が上がってしまって、その場にへたり込んでしまった……。


「〝やられたら、やりかえす〟わかったか」


そういうと、船長は部屋を出て行った。


とりあえず、ミッションクリアだけど……怖かった……。

めっちゃ怖かったーッ!!


今後、ファースに到着する3週間。

ジェイクBの作ったフォーチュンクッキーのせいで、船内は軽いパニック状態になることを、誰も知るよしもなかった。





✳︎機関士・ウィル、フォーチュンクッキーに泣かされる✳︎


〝毎日がつまらない、あなたへ

どうぞ、ご自由に。

ただし、必ず実行すること。ジェイクB

P.S.隠れて見てますよ……〟


変な焼き菓子の上に変な看板。

まぁでも、美味しそうだし、俺は1つとって口の中に放り込んだ。

瞬間、口の中で違和感がした。

違和感を取り出すと、小さく折りたたまれた紙で。

俺はその紙を開く。


〝大好きな人に、甘〜い言葉を11回囁く〟


は?

はぁ!?

なんじゃコリャーッ!!


一瞬、見なかったフリしてそのまま食べようかと思った。

でも〝隠れて見てますよ〟って、言葉にドキッとした俺は。

思わず、あたりをキョロキョロと見渡す。

「!?」

食堂から目を一文字にしたジェイクBが、俺を見ていて。

俺はゴクっと喉を鳴らした。

コワイ……。


やっぱり、やらなきゃ、マズイんだろうか……。


「レイ!君の瞳は、太陽系の金星のようだ!」


レイは、眉間にしわを寄せて俺を見る。


「……なに? ウィル、どうしたの?」

「いや、なんでも」


甘い言葉なんか、なかなか出てくるもんじゃない。

2回目も3回目もこんな感じ。

4回目以降は、チラッと俺を見ただけで、言葉も発しなくなった。


「レイ!君の笑顔は太陽のフレアよりも明るい!」


渾身の一撃だった10回目。

レイは、俺を2、3回瞬きして、ため息をついた。

今までの苦労とレイの冷たい瞳……。

あまりにも、切なくなって。

そして自分のボキャブラリーの貧弱さに。

俺は思わず泣いてしまった。

レイがビックリして俺の肩を抱き寄せた。


「レイが……あんなに甘い言葉を言っても、全然反応してくれないから……」

「……あれ、甘い言葉だったの?」


俺のセンスあふれる〝甘い言葉シリーズ〟は、〝なんかのギャグ〟だと認識されていたらしい。


「もう、泣かないでよ。いつもは男らしくて、かっこいいウィルなのに。……ちょっと、こっち見て。変に甘い言葉なんて考えるから、おかしくなるんでしょ? いつも俺に言ってる言葉があるじゃん? ほら、それ言ってごらん」

レイは、俺の顔を両手ではさんで言った。


「……レイ、かわいいなぁ。俺、レイが大好きだ」


レイは俺に優しく笑って「よくできました」と言って、そして、俺の額にキスをする。

最後は、レイに助けられる形となってしまったけど、俺のかなりツラいミッションは終わった。


そして、俺がレイに甘い言葉を囁いたことがきっかけで、更なるフォーチュンクッキーの広まりをみせる。






✳︎船長・ダニエルを苦しめるフォーチュンクッキー✳︎


「変なゲームが流行ってる?」


ジェイクBの作ったフォーチュンクッキーの中に書いてあるミッションをしないと、不幸が訪れるらしい。

実際、ミハエルが目撃したところによると……。


ウィルが、ギャグなのか言葉遊びなのか判別不能の言葉をひたすらレイに向かって叫び、レイは冷ややかな目で、ウィルを見ていたらしい。


それは、かなり不幸な出来事だ……。


……ひょっとして、この間のカイルもそうなのか?


いきなりキスをしてきて、ケンカ売ってんのかって思ってたけど……。

そのゲームのせいだとすれば、合点がいく。


だから、俺は。

なんだか……ちょっと、試してみたくなってしまった。


〝毎日がつまらない、あなたへ

どうぞ、ご自由に。

ただし、必ず実行すること。ジェイクB

P.S.隠れて見てますよ……〟


何気ない〝隠れて見てますよ〟が、1番パンチが効いていて。

軽くホラーな雰囲気を醸し出している。


俺は、1つクッキーを手に取って食べた。


中から小さく折りたたんだ紙がでてきて、俺は紙を開く。


〝愛の言葉のかわりに、ダジャレを11回囁く〟


……なんか、ハードル高いぞ、コレ。


そもそもダジャレなんか11個もでてくるのか?

でも、やんないと不幸になるし……。


うわぁぁ!? マジでヤバいぞ、俺ェ!!


この日の休憩時間。

一緒に映画を見ていたソラに、俺は囁いた。


「布団がふっとんだ」

「……えっ?」


映画を見ていたソラが、明らかに戸惑って返事をする。

こんな感じで、映画上映時間の2時間半。

俺はひたすら、ダジャレをソラの耳元で囁き続けた。

そのたびに、ソラは映画とダジャレの板挟みになって変な顔をする。

最後の11個目。

ラストに向かって映画が大いに盛りがってる真っ最中。

感動的なシーンなのに、ダジャレのせいで気の利いたことも一つも言えないなんて……。

……何やってんだ、俺は。


「……妖怪が、なんか用かい?」

「ふふふっ。あははは。ダニエル、それ今言うセリフ?」

「今の……よかった?」

「さっきから、なんだよー。映画の内容、全く頭に入んなかったじゃん」


ソラが楽しそうに笑って。

俺はミッションどうこうより、その笑顔が見られてこの上なく幸せな気分になったんだ。


よし!

ミッションは、終わったーっ!!


「……笑ってくれて、ありがとうソラ」

「え? 何? どうしたの、ダニエル」


場合によっては、廃止にしようかと思ったけど、しばらくはそのままにしとこうかな?

あの、幸せになるフォーチュンクッキー。

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