episode 2 Two steerers

※操舵士・ディヴィッドの思惑※


あの子と仲良くなりたいなぁ。


僕は、食堂の厨房で働くあの子をずっと見ていた。

なんかドキドキしちゃって、僕はあの子になかなか声をかけられないでいる。

あの子ーーケントは、もともとこのスターシップに勝手に乗り込んできた侵入者だ。

船長のグミとウィルのアーモンドチョコバーを食べるという大罪を犯したにもかかわらず。

船長の粋な計らいで、乗組員としてこの船への乗船を許可された。

乗組員と言うからには、何かしら働かないといけないから。

ケントは、厨房でジェイクBの手伝いをしている。

厨房担当でよかったかも。

ジェイクBは優しいし、頼りになるし。

こうして仲良く厨房で作業をしているのを見ると、親子みたいで微笑ましい。


機関室なんか行かされたら……ウィルにボコボコにされてたかもなんて。

……言えない、言えない。


「ディヴィッド、休憩中?」

機関士のカイルが食堂に入ってきた。

カイルは、楽しくて面白い。だからみんな大好きだ。

「うん。カイルは?」

「もうすぐシフトだから、飯でも食ってからいこうかと思って」

「もうすぐ〝アルバトロス〟だね」

「知ってる?あそこの最近の名物」

「なに?」

「レインボーパンケーキ」

「なにそれ!?かわいいっ!食べたいっ!!」

ふと、カイルは、厨房の中のケントを見て言った。

「本当、顔ちっちゃくてキレイな子だなぁ」

「本当、そうだよね」

「ディヴィッドだって小さいじゃん」

「そんなことないよ。……僕、あの子と仲良くなりたいなぁ」

「年も近そうだし、声かけてあげれば?」

カイルの何気ない一言で、僕は勇気がでた。


「ケント、休憩入って」

ジェイクBの言葉に、ケントはにっこり笑って厨房から出てきた。

よし、今だ!

「ケント」

僕は声をかけた。

ケントは、ビックリしたように目を見開いて僕を見る。

「……えっ……と」

「僕は、ディヴィッド。今から休憩なら一緒に映画でも見ない?」

僕の言葉に、嬉しそうに顔が明るくなるケント。

「……いいの?」

「休憩中、1人でいるのも寂しくない?僕も1人でいるのは寂しいから、一緒にいてくれたら嬉しいんだけど」

ケントは、はにかむようににっこり笑った。

僕は、その笑顔に釘付けになった。


「何見る?……と言っても、僕あんまり持ってないんだよねぇ。ジョーに借りてくればよかったかなぁ」

誘ったはいいものの、全然ピンとくる映画とか持ってなくて、僕自身ウンザリしてしまった。

ケントは、そんな僕を見て優しく笑う。

「気……使わなくていいよ、ディヴィッド。僕、君とおしゃべりしたい。年も近そうだし……」


……僕は、ケントが神様に見えた、ようは気がした。


僕たちは、たくさん話をして、ケントのこともだをんだんとわかってくる。

人見知りで、なかなか打ち解けるのに時間がかかること。

キレイな顔をしているけど、実はサッパリした性格だということ。

笑うと顔がクシャッとなって、めっちゃかわいいこと。

僕は、ケントに惹かれていった。


「あのね……僕、人見知りって言ったじゃん。初対面の人でこんなにしゃべるのって、ディヴィッドが初めてかも」

ケントの言葉に、僕の心はムズムズするくらい嬉しかった。

「本当に?嬉しいなぁ」

「前、みんなの前で挨拶したでしょ?……僕、みんなの顔見るの本当こわくて……でも、ディヴィッドの目だけはちゃんと見れたんだよ」

ケントは、目線を僕から逸らして言った。

そんなケントの仕草を見てると、僕は胸がキュンとしてしまう。

……思わず、ケントに頬に触れてしまった。

ケントがビックリして、大きく眼を見開いている。

急にこんなことしちゃって……嫌われたかも、僕。

「……ごめん、ケント。あの……あまりにもケントの言葉が嬉しくて……その」

僕が言い訳じみた言葉をグダグダ喋ってると、急にケントの顔が近づいてきて。

……そして、ケントが僕の頬に触れる。

ビックリして固まってると、ケントは顔をくしゃくしゃにして笑った。

「ディヴィッド、僕に似てる」

ケントが大きな瞳で、僕をジッと見て言う。

そして続けた。

「みんなの前で挨拶した時から思ってたんだ……あの子、僕に似てるな……かわいいなぁ、仲良くなりたいなぁって」

……僕と同じこと考えてたんなんて。

びっくりして、嬉しくて……思わず僕は泣いてしまった。

「……ごめん、ディヴィッド、嫌だった?」

ケントの瞳が悲しそうにくもった。

「そうじゃない……そうじゃない。僕も同じことを考えてたから……〝あの子と仲良くなりたいなぁ〟って。だから、嫌じゃない。嫌じゃないんだよ」

もう……だめ。

嬉しくてめっちゃ死にそう……!

「さっきカイルに教えてもらったんだけど、次の寄港地の名物、知ってる?」

僕のとなり大きく目を見開くケントは、首を横に振った。

「レインボーパンケーキなんだって。……一緒に食べに行かない?」

僕の言葉に、ケントは顔をクシャッとして笑った。


なんの変哲も無かったスターシップの中。

革命が起きたみたいに、ケントと出会って僕の生活は180度変わる。




※操舵士・レイの思惑※


アルバトロスはちょっと地球に似ている。

重力も地球人が住んでいる星の中で1番地球に近い。

そして、もう1つ。

アルバトロスには、〝月〟がある。

〝ダブルイーグル〟という名のこの衛星は、ちょうど地球から見上げる月の大きさと同じくらいで、まるで地球にいるんじゃないかって、錯覚をおこしてしまう。


ただ、この星はすっごく、すっごく甘い匂いがする。


地球から移植したカカオの木やフルーツの木は、アルバトロスの環境がめっちゃめっちゃあったのか。

めきめきと大木並みに成長し、この星を覆い尽くしてしまった。

小さな果物も同じで、イチゴはソフトボールくらいあるし、メロンはバランスボールくらいデカい。

でも、ビックリするくらい甘くて美味しい。

だから、この星には製菓工場が多く、美味しいカフェや洋菓子店も乱立している。

アルバトロス産のフルーツやお菓子は、とても人気があって、貨物船は必ずこの星に寄港するんだ。


アルバトロスに寄港して、2日目。

明日には出港する。

みんな山ほどのお菓子を買い込んで、スターシップに帰ってきて。

俺は、それをブリッジから眺めていた。

「あれ?レイ?お菓子買いに行かなかったの?」

振り返ると、ブリッジの出入り口からソラが顔を覗かせている。

「うん……お菓子は好きだけど、この星の甘ったるい匂いが苦手で……」

「あぁ、苦手な人は苦手かもね。じゃ、これあげる」

ソラは、僕にレインボーの綿菓子をくれた。

「えっ!?いいの?並んだんじゃない?!」

「僕が行った時は誰も並んでなくて、しかもオマケまでもらっちゃったから」

相変わらずソラは〝引きが強い〟。

……ウィルやジョーだったら、きっとこうは行かないはずだ。

「ありがとう、ソラ」

「どういたしまして。ゆっくり食べてね」

にっこり笑うと、ソラは部屋に帰っていった。


匂いだけじゃない。

この星に降りたくなかった理由は、もう一つある。


ウィルとジョーのせいだ。


ほぼ同時に「好きだ」と告白され、どっちか選べって言われた。

加えて、どっちと一緒にアルバトロスに降りるかで揉めた。

……どっちか選べって……バッカじゃないの?

仮にどっちか選んだとしてだよ?

選ばれなかったどっちかとは、とっても気まずくなるわけで。

気まずくなったら仕事に支障がでるって、気付かないのか?……あいつらは。

だって、俺は2人とも好きなのに……。

どっちかなんて、絶対選べないよ……。

「あ〜ぁ……」

俺は、ため息しかでなかった。

俺は綿菓子を一口、口に入れる。

ソラのくれた綿菓子が甘くてふわっと口の中でとけて。

俺の憂うつまで甘く溶かしてくれているようだった。


その夜、俺の部屋にウィルとジョーがきた。

大量のお菓子を持って。

「昨日のことで、僕たち、レイに謝りたくて」

ジョーは俺を真っ直ぐ見つめて言った。

「レイの気持ちとか考えてなくて……ごめん」

反対にウィルは目を伏せて言う。

「……とりあえず、中に入ってよ……」

俺は2人を部屋に入れた。

……俺は……2人にイラついていて、思わず2人を睨んでしまう。

「そんな顔するなって。本当俺たち反省してんだから」

ウィルが緊張した顔で言った。

「………….」

「レイの気持ちも考えずにどちらか選べなんて、言えた義理じゃないって、2人で考えたんだ。ね、ウィル」

「そう、考えたんだ」

「…………それで?」

俺はさらに2人を問い詰める。

ウィルとジョーは、お互い目配せをして言った。

『どっちかが1番じゃなくて、俺たち2人とも1番でレイを愛したらいいんじゃないかって!!』

「はぁ?!」

……何を言ってんだ、君たちは?

しかもハモっていう言葉じゃないよね?

「だって、どっちも好きって言ったのレイじゃん」

「……ってか、なんでそうなっちゃうんだよ……」

「しょうがないよね。どっちか選んだら、仕事に支障もでるし……レイが受け入れてくれたら、全て解決しちゃうんだよ?」

「……」

妙案、でもないか。

元々は俺が選ばなかっ……いやいや、違うだろッ!?

なんで俺が罪悪感を抱かなきゃいけないんだ!!

……でも心なしかホッとした。

きっと、3人でバランスをとっていけるはず。

大丈夫。

……それからは、俺が大変だった。

2人の性質のまったく似て非なる愛情表現交互に襲ってきて。

「こっちのアーモンドチョコバーは期間限定で、美味いから食え!!」と言うウィルに対し。

「アーモンドならフロランタンだろ!! チョコなんて邪道だ!! こっちを食え」と言うジョーの板挟みとなり。

甘いものが嫌いになるんじゃないかってくらい……甘いもの攻撃を受けた俺はもう。

正直、どうにかなりそうだった……。


その日、俺はなかなか寝付けずにいて。

疲れて寝てしまったウィルとジョーと、3人でくっつくように寝ていたからかもしれないけど。

2人にギュッと抱きしめられているっていう状況に辟易して。

いや……その、なんというか。

2人の愛情を独り占めにしてしまった感情で、気持ちが高ぶっていた、というか。

ちょっとまんざらでもなくなってきて、思わずフフッと笑ってしまった。

きっと俺はこの上なく、幸せ者なんだなぁと、思ったんだ。


「全員配置!」

船長の声がブリッジに響く。

「座標確認!」

「目的星〝リーパー〟銀緯+35°18'52.36、銀経32h59m37.665s。テイクオフから大気圏侵入角度は38°」

「目標座標、銀緯+35°18'52.36、銀経32h59m

37.665s。セット!」

「セット、了解!」

「出力最大!」

「出力最大、了解!」

「取舵いっぱい!」

「取舵いっぱい、了解!」

「テイクオフ10秒前!..9、8、7、6、5、4、3、2、テイクオフ!」

俺は舵を左にきる。

甘い星にさよならをして、スターシップが宇宙へと動き出す。


みんなの荷物と希望と、俺の未来をのせて。

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