大嫌いだったハズなのに

谷先 霄

#1 《出会い・そして結果》

 朝。姫桜野 美樹が部屋で学校の準備に熱中していると、そろそろ家を出なければならない時間になっている。

 自分の姿を確認するために鏡の前に立つ。

(流石に今日が入学式だからってやりすぎかな?)

 服装をキッチリ整え、背筋をしっかり伸ばし、三編み姿の自分が鏡に映る。

(やっぱ、今までどうりの後ろ三編みでいっか)

 そう心でつぶやくと、一階から母が美樹を呼ぶ声が聞こえる。

「美樹~。そろそろ降りてきてご飯だべなさいよ~。入学早々から遅刻するの~?」

 時計を見ると先程から5分も経っている。気づかぬ間に髪型を決めるのに没頭していたようだ。

 急いで一階に降りると、母が美樹を一目見るなり

「あらら?高校生になったら三編みじゃなくて下ろすんじゃなかったの?」

 と、薄ら笑いで聞いてくる。それに反論するようにミキが答える。

「いいの。こっちの方が慣れてるし」

「そう?それより早くご飯食べなさい」

 テーブルに座ると、急いでご飯を掻込み家を出る。

 家の近くにあるコンビニに着くと、先についていた美樹の中学来の友人である織原 紗々がこちらに気付き、手を振りながら近づいてくる。

「美樹~、遅い~」

「ゴメンゴメン。じゃ、行こう?」

「うん」

 そう言うと二人は今日から入学する霧ノ原第三高校に向かって歩き出す。

 学校まであと数百メートル程の所で紗々が口を開く。

「にしても、ほんっと奇跡だよね」

「何が?」

「いや、正直毎回テストの学年順位とかが下から数えたほうが早かった私が、こんな偏差値の高い学校に入れたこと」

 紗々が考えるようなポーズと取り、美樹が半笑いで答える。

「確かに。結構な奇跡だね」

 紗々が反論する。

「そこは“頭よかったじゃん”とか否定してよ~。まぁ、今となっては結構な笑い話だから良いけど」

 そこから後はテレビのことなどを話しながら学校に向かう。

 それから約5分ほどで学校に着いた。


 学校内/体育館・入学式中

 体育館内に学校長の声が響き渡る。

「で、あるからして、君たち若者は・・・」

(やっぱ何処の学校も校長先生の話は長いんだ・・・)

 などと考えていると、うっかり意識が緩んでしまいあくびが出そうになり噛み殺す。

 ふと周りを見渡すと、自分と同じようにあくびを我慢している人がちらほらと見える。

(よかった、自分だけじゃなかった・・・)


 1時間後/美樹の教室(1-C)前

 教室のドアの前で入るのを躊躇していると、紗々が美樹の手を取り教室に入る。

「おっはよ~!」

「おはよう・・・ございます・・・」

 最後の方は声にすらなっていなかった。

 紗々がクラスの皆と話していると担任と思われる教師が入ってきた。

「うっし、HR始めるぞ~。座れ~」


 ~10分後~

「「「ありがとうございました」」」

 入学式後のすべきことが終わり、美樹が紗々と一緒に帰ろうと誘い生徒玄関に向かっていると三年生と思しき生徒が話しかけてくる。

「俺、3年の尾崎って言うんだけど・・・君たち、弓道部に興味はない?」

 すると、紗々が反応を示す。

「弓道部ですか・・・ねぇ美樹、中学校だと勉強ばっかで一切部活とかしなかったから高校はやってみようよ。面白そうだし」

「う~ん・・・じゃあ二人でやる?」

「うん! ってなわけで先輩、私達弓道部に入部します」

 紗々がそう答えると尾崎が少し驚いたが入部届を二人に差し出し、「ありがとう」と言うとその場から立ち去った。

「ねぇ紗々。弓道部じゃなくても良かったんじゃない?」

「遅く決めるより早いほうが良いでしょ?」

「まぁ、そうだけど・・・」

「ね? ささ、今日はもう帰ろ?」

 そう言うと、紗々は美樹の手を引いて歩き出し、校長の話に対する愚痴を言いながら帰った。


「ただいま~」

 美樹がそう言うと、奥の部屋で仕事中の母が顔をのぞかせ話しかける。

「おかえり~。あとでお父さんの仕事道具二階に上げるの手伝って」

「わかった。あ、お母さん。私、弓道部に入ることにしたから」

 母の動きが静止する。

「え?弓道部?この前まで散々“高校も絶対に帰宅部になる”って言ってたのに、どうしたの?」

「3年の先輩から誘われて、紗々と話して、紗々と一緒に弓道部に入ることにしたの」

「あら、紗々ちゃんも一緒なのね。なら安心だわ」

 母の言葉に対して、笑いながら反論する。

「え、なにそれひど~い」

「ゴメンゴメン」

 その後も、数分間は家中に二人の笑い声が木霊した。



 翌日・学校にて部活の朝練中。

 美樹と紗々が練習用の弓で的を射抜いていると、弓道部の部棟に美樹と同じ1年生の緑色のジャージを着ている男子が1人入ってくる。すると、美樹たちと同じく練習中の尾崎が反応する。

「お、例の英雄くんじゃないか。高校でも弓道部入ってくれるとは私は嬉しいよ」

 ジャージ男子が反論する。

「やめてください。アレはたまたまですから。あと、俺は篠田 翔太って名前があるんですからそう呼んでください」

「それは済まない、翔太くん」と尾崎が戯けるてみせる。

「それより、ずっとこっちを見てる鈍臭そうなのは誰ですか」

 と、翔太が美樹と紗々を指差す。すると紗々が怒り含ませた声で美樹に話しかける。

「なにあの偉そうな言い方。英雄だか何だか知らないけど威張り散らしちゃって」

 その声が翔太に聞こえていたのか紗々をとても睨んでいる。

 その事に気付いたのか尾崎が少し焦りながら話し出す。

「翔太くん。彼女たちはね、君と同じ新入部員の美樹と紗々だよ。仲良くしてあげてね」

 翔太は尾崎の言うことを聞いているのか分からないが未だに美樹を睨み続けている。しかし、その後5秒ほどで翔太は美樹達に挨拶をする。

「どうも。篠田翔太です。よろしくおねがいします」

 そう言うと翔太は1人隅で練習を始める。シュッと、小気味の良い音が響くと的の中心に少しの狂いもなく刺さる。

「あんな性格でも弓は上手なんだね・・・」

「だね。今日の放課後にでも教えてもらおうかな?」

 その会話を尾崎が無理やり切断する。

「ほらほらお二人さん。話してないで練習しなさい」

「「は~い」」

 美樹と紗々の二人も翔太の隣に並んで練習を始めるが、全く刺さらない。

(あれ~。さっきは刺さったのになぁ・・・)

 するといつ移動したのか、翔太が後ろから話しかけてくる。

「美樹さん・・・で、良いんだよね?あの的の真ん中に当てたいなら、この距離だともうちょい上に向けて・・・そう、そんくらい。で、腕を一直線にして、あとは木を抱くみたいに腕を円形に開いて、そう。さ、撃ってみて」

 美樹が矢から手を話すとシュッと弓から鳴り、綺麗に的の中心を射抜く。

「うそ、当たった・・・」

 1人感動していると、紗々が翔太に何か小声で話しかける。話している内容はよく聞こえないが、紗々が話すと翔太の顔が赤くなっていく。

 二人の話が終わり、紗々がこっちに戻ってくる。何を話していたのか気になり、思わず聞いてしまう。

「何話してたの?」

 紗々が笑顔で返す。

「ヒミツ」

 そのまま紗々は元の位置に戻る。

 美樹は諦めきれず、翔太にも聞く。

「篠田くん、紗々と何話してたの?」

「絶対に言わない。それより、もうそろそろHR始まるが片付けなくて良いのか?」

 そう言われ時計を見るとすでに8時を指している。

 慌てて弓を片付けた後に制服に着替え、周囲を見渡すと紗々はいなくなっていた。

「ほら美樹、行くぞ」

「急に馴れ馴れしく呼ぶな~」

「はいはい」

「頭を撫でるな!」

「はいはい。いいから行くぞ」

 時間が時間なので渋々翔太の言うことに従うことにした。

 教室に着くとすでにHRは始まっており、紗々は何知らぬ顔で座っている。

 教室の入口で呼吸を整えていると、担任が美樹に声をかける。

「部活の朝練に集中するのは良いが時間は守れよ」

「は、はい」

「ほら、翔太も早く席につけ」

 後ろを向くと、翔太も教室の入口に立っていた。

 翔太が小声で美樹に話しかける。

「お前のせいで、俺まで怒られる羽目になっただろ。どうしてくれるんだ」

「知らないわよ。それより何であんたもこっちのクラスなのよ!」

「知るか」

 担任が呆れた口調で二人に言う。

「いいから早く席につけ・・・」


 その後、5分ほどでHRが終わり生徒が各々のことを始める。

 紗々が美樹の近くに来て、話しかける。

「ねぇ美樹。どうだった?」

「どうだったって何が?」

「篠田くんの事だよ」

「翔太?なんでアイツのこと聞くのさ」

「なんとなくかなぁ・・・」

 紗々がならない口笛を吹き、ごまかす。

 ふと、教室を見渡すと翔太と目があう。しかし、翔太はすぐに視線をずらしてしまう。

(何なのさ。感じ悪いなぁ)

 美樹がムッとしていると紗々が話し出す。

「それよりさ、次物理だから移動しようよ」

「うん。そうしよっか」

 紗々と一緒に廊下を歩いていると尾崎先輩が歩いているのを見つける。その隣には同じ3年生の先輩だろうか。背が高くスラッとしており顔も整っている、俗に言うイケメンと一緒に話しながら歩いている。

 紗々もその先輩に気付いたのか歩みを止め目で追う。後ろから翔太が話しかけてくる。

「お前らはああゆうのが良いのか?」

 二人が同時に翔太に苛ついた口調で答える。

「ウルサイ黙って」

 翔太は二人に一斉に言われ悲しくなったのか、1人でトボトボ歩いていった。

 美樹たちは完全に見とれており、気がつくと2分以上その場で立ち止まっていた。

 我を取り戻したのか紗々が突然叫ぶ。

「ヤバ、もうこんな時間だ。早くしないと物理の授業に遅れちゃう!美樹、早く行こう!」

「あ、うん!」

 二人は校舎2階の物理実験室に向かって走り出す。


 授業中。美樹は先程のイケメンの顔を思い出し、考える。

(あの先輩かっこよかったな・・・後で尾崎先輩から紹介してもらえないか聞いてみよう)

 考え事をしていると、必然的に教師の声は頭に入ってこなくなる。

「・・・き・・・みき・・・美樹!」

 自分が呼ばれていることに気付き飛び上がるように立ち上がる。

「あ、はい!」

「教科書の上から2行目から読め」

「物体の位置の変化を変位という。時刻t₁〔s〕,t₂〔s〕(t₁>t₂)と・・・なり・・・?」

 教師が呆れ声で言う。

「そこじゃない、次のページ」

「え・・・あ、はい。えっと・・・物体が一定の速さで直線を動く運動を等速直線運動、又は等速運動と言う。・・・」

 その後は、教科書に書いてあることを普通に読んでいった。


 ~約50分後~

 教室内にチャイムが鳴り響く。

「はい、次回は実際に色々やって見るから教科書忘れんなよー。号令」

「姿勢、例。ありがとうございました」

 学級委員長がそう言うと、クラス一同が同時に言う。

「ありがとうございました」

 言い終わるなり、紗々が美樹に近づきながらが大きく伸びをする。

「んあ~、おわった~。次なんだっけ?」

「確か国語だった気がする」

 紗々が「そっか」と答え、少しだけ後ろを振り向き何かをしたが、何をしたのかはよく見えなかった。

「じゃ、美樹。戻ろ?」

 紗々はそう言うと、美樹の腕を引っ張り教室に向かって歩き出す。


 *~*


 廊下を歩いていると後ろから翔太から話しかけられる。

「なぁお前ら。今日の部活は来るのか?」

 紗々が振り向きながら答える。

「行くけど、なんで今聞いたの?」

「いや、普通に気になったから。あと、授業の前にお前らが見とれてた先輩、俺の知り合いだから『教えてもらう』っていう名目で呼んでみようか?」

 翔太が美樹と紗々の二人に聞く。すると、二人同時に振り向き、確認をする。

「え、本当に?」

「ほんとほんと。」

 翔太が笑顔で答えると美樹が更に笑顔になる。その笑顔に釣られてか、紗々がニヤニヤしだす。

 その顔を見て、翔太が紗々に対して言う。

「正直、その笑顔は少し気持ち悪いぞ・・・」

「む、ヒドイなぁ」

 紗々と翔太が馬鹿なことを言い合ってお互い笑い合っていると、不意に美樹の胸が傷んだ。

(何・・・?この胸の痛みは・・・?)

 美樹が一人悩んでいると無意識のうちに足が止まってしまう。紗々が美樹の顔を覗き込むように見てくる。

「どうしたの? 急に暗い顔しちゃって」

 その紗々の声で気付いたのか、翔太も足を止め美樹の顔を覗き込む。美樹は自分の顔に血が集まり紅潮していくのを感じ、慌てて話をそらす。

「い、いや。何でも無いよ。それよりさ、お二人さんは実は付き合ってたりとか無いの?」

 翔太が一瞬泣きそうな顔をしたので美樹が謝ろうと口を開くと、紗々が発言を妨げるように喋りだす。

「いや、それは無いって。流石に」

 紗々の言葉に合わせて翔太も笑う。二人が笑い合っているのを見て美樹はまた謎の胸の痛みに襲われる。

(さっきからこの良く分からないこの胸の痛みは一体何・・・?)

 その時、紗々が驚いたように美樹に話しかける。

「ど、どうしたの美樹?!急に泣き出して 」

 紗々の声色はとても心配している感じだった。そして、美樹自身も紗々に言われて初めて自分が泣いていた事に気がついた。

「なんでもないよ。ただ目にゴミが入っただけだから。それより次、体育だから急がないとね」

 笑ってごまかし、先に走って教室に向かう。

 美樹は顔に血が集まり、更に赤くなっていくのを感じながら教室に小走りで向かっていた。

(あ~、もう。何で私あんなこと言ったの?! これじゃ二人にヤキモチ焼いてるみたいじゃん!!)

 美樹は足を止め、ふと後ろを振り返る。そこには、紗々と翔太の姿は無かった。

「やっぱりあの二人、デキてるんじゃん・・・」

 美樹は一人寂しそうにその場に立ち尽くし、ため息をついた。


 *~*


 数十秒前。紗々目線。

「なんでもないよ。ただ目にゴミが入っただけだから。それより次、体育だから急がないとね」

 そう言うと美樹は小走りで教室に向かっていった。それを紗々は半ば呆れながら後をついていこうと、翔太に声を掛ける。

「さ、私達も急がなきゃね」

 紗々が翔太の手を引いて教室に向かおうとするが、動こうとしない。

 何かと思い紗々が後ろに振り返った瞬間、翔太がその場に倒れ込んだ。美樹に手伝ってもらおうと思ったが、美樹はもう行ってしまいここからは見えなかった。結局、1人で翔太を保健室に運ぶことにした。

 保健室に着くなり紗々も疲れ切りその場に膝をつく。それと同時に保険室内に始業のチャイムが鳴り響く。周りを見渡したが、そこに養護教諭の姿は無かった。

 翔太を保健室のベッドに寝かすのとほぼ同時に、目を覚ます。

「あれ、ここどこ・・・?」

 その声を聞いて、翔太が目を覚ましたことに気がついた。

「おはよう、翔太。保健室だよ、ここ。アンタが急に倒れるから頑張ってここまで運んだんだから」

「そうか、ありがとうな」

 翔太が笑みを浮かべながら言い、その瞬間、紗々の心臓が強く跳ねる。

「そ、それよりさ、何でアンタそんなに軽いの?」

 紗々が少し紅潮した顔を隠すように横を向きながら、聞く。

「軽いって、体重?」

「そう」

「えっと・・・聞きたい?」

 翔太が少し俯きながら問う。

「聞きたい、教えて!」

「そっか、じゃあこれから言うことは絶対に内緒にしてね」

「わかった。約束する」

「それじゃ。実は俺ね、生まれつき心膜炎があるんだ」

「え・・・・」

 まさかのカミングアウトに、紗々が凍りつく。

「その心膜炎のせいで胸に水が溜まりやすいんだ。それで、結構な頻度で手術とかもするから、なるべく体に脂肪とかがついてない方が良いんだよ。だから軽いんだ」

「えっと・・・その、なんか、ごめん・・・」

 紗々は頭が追いつかず、自分でも無意識のうちに謝っていた。

「いやいや、大丈夫だよ。それよりさ、そろそろ校庭行ったほうが良いと思うけど」

 そう言うと翔太は窓を指差す。そこには準備運動をしているクラスメイト達が見えた。

「あ、そうだね。じゃ、また後で」

「うん。また後で~」

 紗々は保健室を出ると急いで教室に向かう。その途中、廊下を急いでいる時の頭の中は混乱で一杯だった。

 教室につき制服から体操服に着替えて、急いで校庭に出る。

 急いで校庭に行き、教科担任に事情を説明する。説明している途中、紗々の事を名指しで笑っているような会話が聞こえたが、気に留めないことにした。


 教科担と話し終わると授業が再開される。紗々が美樹に近づき、話しかける。

「ごめんね、美樹。翔太が急に倒れちゃったから、保健室に運んでたら遅れちゃった」

 紗々の言葉に美樹は怒りも同情もせず、完全に無視をして他のクラスメイトと話を始めた。

(アハハ・・・流石に遅れたら怒るよね・・・後でジュースでも買って謝ろう)

 紗々が心にそう決めて体育の授業を受ける。授業中は、パット見はいつもどうりだが、耳を澄ますと紗々を貶すような声が聞こえた。


 授業終了後。美樹目線。

「はぁ・・・」

 美樹は一人寂しそうにその場に立ち尽くし、ため息をついた。

 再び小走りで教室に向かう。教室に着くと美樹の瞳には涙が少し溜まっていた。

 着替え終わり、更衣室出ると紗々とは違うタイプの中学来の親友である乃々華が美樹に問う。

「え、どうしたの?泣きそうな顔してるけど・・・」

「ん? なんでも無いよ!大丈夫!」

 美樹は笑顔で答えたが、こちない笑顔だった。

「そう? なら良いけど・・・ じゃ、遅れないよう急ご!」

「うん! あの先生怒るとウルサいから急がないとね!」

 美樹は再び廊下を走り出す。それも乃々華と一緒に。


 美樹と乃々華が教室に着くと既に英語の教科担任が教壇に立っていた。教科担任が美樹達を見つけるなり名指しで呼びかける。

「ほ~ら美樹。お前らはよ座れ~」

 美樹が席に座り乃々華も席につこうとした瞬間、教室のスピーカーからチャイムとは別の、とても焦っている女性の声がが鳴り響く。

『ちょうど今、近くの火山の噴火が確認された!火山活動が収まるまでは自宅待機!準備が出来たものから今すぐ帰宅すること!』

 放送が終わると校庭の方から男子の歓喜の声が聞こえた。


 *~*


 火山活動再開から数週間後/5月15日

 静寂に包まれた部屋に、布団同士の擦れる音が響いていた。美樹の部屋のドアがノックされる。

「美樹、大丈夫? ごはん出来たけど食べれる?」

 美樹の母の声色はとても心配そうであった。

「大丈夫・・・でも、体調は少し良くないから、今はいいや」

 美樹は出来るだけ声色を明るく言ったが、それでもやはり暗かった。

 美樹がベッドから起き上がると同時に、机上のスマホが鳴る。スマホの画面を確認すると『来週の月曜日から授業を再開します。確認も含むので必ず登校して下さい。』と、学校側からのお知らせメールだった。

「はぁ・・・やっぱり、紗々か篠田くんじゃないかぁ・・・」

 あの事件以来、美樹は紗々と翔太の二人と一切連絡をとっておらず、その事が原因で余計ネガティブになっているのである。

 疲れていたのか美樹はそのまま寝ることにした。その後の生活も決して年頃の女子がやって良いと言えるような生活では無かった。

 数日後、外を眺めているとスマホが震える。その画面を見てみると、美樹のクラスのグループラインの通知だった。

 文章を読んでみると、学校にスマホを持ち込むのは正しいか悪いかで口論をしている所だった。


 次週、月曜日。

 学校全体の空気はいつもどうりだったが、美樹の教室だけは暗かった。その理由は、未だにクラス自体が別れている事と、クラスの1/3程度が登校してないこともあった。

 この空気に耐えきれなくなった女子グループが教室から出ようとした瞬間、担任が入ってきてHRが始まる。

 担任はいつも以上にみんなを元気づけようとしていたが、全て空回りしていた。最後に美樹に対して『後で職員室に来るように』と伝え、教室を後にした。

 紗々が近づいてきて、話しかける。

「美樹、なんか体調悪そうだけど大丈夫・・・?」

「うん、大丈夫だよ。元気元気~」

 美樹は心のなかで自虐しつつ、笑顔で受け答えをする。

「それじゃ、私呼ばれてるから・・・」

 話を切り上げ職員室に向かおうとすると、翔太が美樹の手首を掴み引き止める。

「美樹、大丈夫か、お前?」

「離してっ!痛い・・・」

 手を振りほどき向き合う。

「何、なんか用?」

 翔太に対して聞くと、目をそらしながら答えた。

「いや、用って訳じゃないけど・・・なんか具合悪そうだが大丈夫?」

 翔太の声色はとても心配そうだったが、美樹はそれすら気付けない程に精神が疲弊していた。

「大丈夫たよ・・・もう行っても良い?」

「あ、うん」

 美樹が教室を出たる時に、翔太は何か言おうとしていたが、結局は何も言えずじまいだった。


「1-Cの姫桜野です。学級担任の美上先生に呼ばれて来ました。入室許可願います」

 美樹が言い終わってから10秒ほどしてから返事が帰ってきた。

「は~い、どうぞ~」

 職員室に入ると、職員の視線が美樹に集中する。

「先生、私に用ってなんですか?」

「用って感じじゃないけどね。美樹、なんか顔色悪いが大丈夫か?辛かったら早退するか?」

「体調はそんなに悪くないです・・・でも、できれば早退はしたいです・・・」

 そう答えると、担任の顔が曇る。

「理由を聞いても良いか?」

「はい。そんな、理由って程じゃ無いんですが、あの教室の空気に耐えきれそうになくて」

「そうか。じゃぁ、荷物の準備はこっちでしとくから、姫桜野は生徒玄関のところで待っといてくれ」

 そう言うと、担任は職員室を出て教室に向かった。それに続くようにして、美樹も職員室を出て生徒玄関に向かう。

 生徒玄関で1分程待ってから、担任が美樹のバックを持ってやってきた。

「大丈夫か?車で送って行こうか?」

「あ、お願いします・・・」

 学校から車で美樹の家までは、少し寄り道したので5分ほど掛かったが、道中は無言だった。


 *~*


 ~姫桜野家、玄関前にて~

「あの、先生。一つ、めんどくさい質問良いですか?」

 美樹が少し上目がちに美上に問う。

「答えられる範囲でいいなら答えるよ」

「紗々・・・いや、折原さんと篠田くんの二人って付き合ってるんでしょうか?」

 美樹が勇気を振り絞って聞いてみると、美上は至って真面目な顔で答える。

「多分、あの二人は付き合ってないよ。“世間体では”言われてる『存在しないはずの男女の友情関係』とかじゃないかな?それにしても、何であの二人の色恋を?」

「あ、いや・・・その・・・」

 美樹は少し恥ずかしそうに、俯き「そのですね・・・」と続ける。

「あの二人が仲良くしてると、なんだか、胸のあたりが苦しくなって嫌な気持ちになるんです」

 その言葉を聞くと、美上が軽く笑う。

「そっか、嫌な気持ちになっちゃうか~」

「先生、笑わないでくださいよ。私は結構真面目ですよ」

「そうか、それは悪かった。それで、美樹はその胸の痛みは何だと思う?」

「わかんないです。多分、篠田くんに紗々を取られるかもって思ったことの嫉妬だと思います」

「嫉妬かぁ・・・」

 美上が急に考え始め、「でもね」と話し出す。

「先生はね、その胸の痛みは恋だと思うんだ」

「恋・・・ですか?」

「そう、恋。折原は篠田に取られると思った嫉妬ってのもあってるかもしれない。けどね、先生は姫桜野が篠田に恋をしていて、それを折原に取られると思った嫉妬じゃないのかな?」

「そうですか?」

「そうかもしれないし、違うかもしれない。結果は、姫桜野がもう一度心を入れ替えて、折原と篠田に接してみれば解るかもな」

「なんか適当ですね」

 美樹が少し笑いながら言った。

「教師ってのはね、結構適当なんだよ。生徒の一人一人にそんなに真面目にしてたら、仕事なんて出来ないからね。だから、今日生徒達と話したことすら明確には覚えてない。それでも生徒達に偉そうに命令してばっかり。本当にずるい職業だよな」

「でも、先生は私とこんなに親身になって話してくれるじゃないですか。たとえ、それが中身がない薄っぺらい言葉でも、救われる人は多いと思いますよ」

「そうか?それは嬉しいな。それはそれとして、明日これそうだったら来いよ。たとえ早退してもいいから。じゃ、先生はそろそろ学校にもどるよ、じゃないと教頭先生に説教されちゃうからな」

「そうですか」

 美樹と美上は二人で笑いあった。

「じゃ、たま明日な~」

 美樹は美上の車が見えなくなるまで、玄関前で手を振り続けた。


 *~*


 ~翌日/学校内、教室にて~

 美樹が教室に入ると同時に、紗々と翔太が近づいてくる。

 紗々が美樹に話しかける。

「昨日は学校に来てもすぐ早退しちゃってたけど大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ。昨日はちょっと体調が良くなかっただけだから」

「そっか。それならよかった。今日は大丈夫?」

「大丈夫~」

 紗々が翔太を小突くと、翔太が口を開く。

「美樹。今日の放課後、ちょっと時間良いか?」

「どしたの急に。何か改まっちゃって。まあ、放課後なら良いけど、なんか用事でもあるの?」

「用事というか、言ったほうが良いと思うことかな。まぁ、部活の今後にも関わることかな」

「ん~、了解。放課後ね。教室で待っとけば良い?」

「おう。それでお願い」

「わかった」

 美樹の胸はよくわからない暖かさに包まれた。しかし、そこでふと昨日の美上との会話を思い出し、心のなかで幾重にも反響する。

〔それは姫桜野が篠田に恋をしていて、それを折原に取られると思った嫉妬じゃないのかな?〕

(この気持が恋なら、何でなの・・・・?)

 美樹が自問したところで、担任の美上が入ってきた。

「お~し、HR始めるぞ~。座れ~」

 その言葉を聞いて、立ち話をしていた生徒が席につく。

 HRが始まり、いつもどうりの今日一日の日程を言い終わると思ったが、最後に美上が美樹に対して一言声をかける。

「姫桜野、今日は体調は良いのか?なんか辛いことはないか?」

「はい、体調も良いですし、特に辛いことのありません。昨日、先生が背中を押してくれたからですかね」

 それから後は、通常どうりのHRで終わった。HRが終わると紗々が美樹に問う。

「昨日先生と何話したの?」

「あ~・・・まぁ、恋愛相談的なサムシングの・・・」

「なるほどね」

 美樹は少し前の翔太との会話を思い出し、紗々に質問をぶつける。

「ねね、篠田くんが言ってた『話』って何だと思う?」

「さぁ、わかんない。あ、でも一つだけこれかなってのはあるかな」

「何?教えて」

「う~ん・・・これは本人から聞いたほうが良いかもね。色々と」

 紗々は表情を隠すように少し横を向いて答えた。

「そっか~。じゃあ、放課後まで我慢だね」

「そうですじゃ。人生たまには、我慢も必要ですじゃ・・・」

「なにその仙人みたいな口調。もっかいやってよ」

「え、やだ~」

 美樹と紗々は二人で笑いあい、昨日とは真逆の空間が教室に生まれた。


 ~放課後・教室内にて~

「じゃ、私先に部活行ってるね。一旦バイバ~イ」

 そう言うと紗々は教室を出て、弓道部の部室に向かっていった。教室に一人取り残された美樹は、緊張を解す為に読書をすることにした。しかし、いくら読んでも頭に入ってこず時計だけを幾度となく見てしまい、『そろそろ来るかな?』や『言いたいことって一体なんだろう?』などをずっと考えてしまい、読書どころではなかった。

 5分ほど待ったが翔太が来なかったので、諦めて美樹も部室に向かおうと席を立つのと同時に翔太が入ってくる。

「スマン、待たせた」

「遅いよ。もう部活に行こうかと思ってた」

「マジでスマン。なかなか此処に入る決心ができなくてな」

「そっか。それで、言いたいことって結局何なの?」

「まず、美樹に一つ伝えないといけないことがあるんだ。俺、生まれつきで心膜炎を持ってるんだ」

「え・・・」

 美樹も紗々の時と同じ様に困惑の色を示した。

「その心膜炎のせいで胸の所に水が溜まりやすいんだ。それで、その病気はね、最悪死ぬんだ」

「そう・・・なんだ・・・」

 美樹は思わず下を向いてしまった。

「そう。それで、その事を踏まえた上でお願いがある」

「な、何・・・」

 視界の端に映る翔太の顔がみるみる赤くなっていくのを見て、美樹は正面を向き直すことにした。

「その・・・な・・・」

 翔太がそれからを続けることを躊躇っていると、外から野球部がボールをバットで打ち上げる音が教室内に響く。その音源が気になり、顔を外に向けようとすると翔太が口を開く。

「俺とだな。・・・付き合ってください」

「はい・・・」

 美樹は頭が追いつかず、つい『はい』と答えたことに気付いて頬が紅潮した。

「付き合うって、男女が恋人関係になるヤツだけど、本当にか?」

「本当だよ。私も篠田くんのこと好きだよ」

「でも、俺心臓病持ってて何があるかわかんないんだぞ」

「大丈夫。それでも私は篠田くんが好きだよ」

「・・・名前」

「へ?」

 翔太が突然別のことを言い出したので、美樹は気の抜けた声が出てしまった。

「俺のこと、名字じゃなくて下の名前で呼んでよ。あとできれば呼び捨てが良いな」

「ん。翔太・・・くん。やっぱ下の名前で呼ぶのは良いけど、呼び捨ては恥ずかしいよ」

「そっか。じゃあ俺も美樹の事はこれからは『美樹さん』って呼ぼうかな~」

「え、やだ」

「ウソウソ。ごめんて」

 美樹が決心したように席を立ち、一言言う。

「よし、紗々に伝えに行こう!」

「え?マジ?」

「マジ。行こう!」

 そう言うと翔太の腕を引いて、紗々の元へと向かった。

 教室での事を全て話すと、紗々は「やっぱりそうなるか」と言った。

「やっぱりって何?」

「いや~・・・普通に感のいい人なら、あんたらが両思いってバレバレだったわよ」

「「え、そうなの?」」

 美樹と翔太の声が重なりあう。

「フフッ、そうだよ。それよりさ、どうすんのさ。お二人さん」

「どうするって、何を?」

 美樹が紗々に問う。

「いや、これからデートでも行くのかなって」

 紗々の言葉を聞いて、二人の顔がみるみる赫くなっていく。

「デ、デート・・・」

 ふと、翔太が悪戯な笑みを浮かべる。

「なぁ美樹。行こうぜ、デート」

「え?翔太くん本気?!」

「本気の本気。じゃ、俺ら行ってくるから。部長と先生には紗々から言っといてくれ」

 紗々が困惑した声で言う。

「え?ちょ、マジ?」

 美樹の手を引いて翔太は出ていってしまった。

「まじか・・・あいつ・・・・」

 1人残された紗々は、その場で凍りついてしまった。


 #1 『大嫌いだったハズなのに』完。

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大嫌いだったハズなのに 谷先 霄 @sora_tanisaki

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