感想と差異(二)

 志藤はそのまま青田に「酒の肴」として扱われてしまった。さらに永瀬にしばらく連絡を取っていなかったという不手際を責められる。かと思えば永瀬に向かって印税の「手続き」について「真剣にご検討をおねがいします」と詰め寄る。志藤もそんな扱われ方を唯々諾々と受け入れていたわけではない。最初にも口にしていたが虎谷が情報を漏らさない、と青田に言い返し、ここ数日のこき使われぶりにも文句を漏らす。ついでにビールを呷りながら。

 そんな二人のやり取りをグラスワインを傾けながらしばらく見守っていた永瀬だが、次第に自分から話に加わっていった。当然その先には、相変わらず出し惜しみする青田の説明があり、そして今日の実地検証へと話が進む。

「ああ、明るさの問題ですか」

「はい。ある程度は『こうではないだろうか?』という考えには至ったんですが、現場の明るさがわからないと、それ以上迂闊に推測を進めるわけにはいきませんから」

 青田の説明に永瀬は頷いた。何しろ夜の立体駐車場だ。密閉された空間では無いし、まったくの暗闇にはならないだろうという想像は出来る。だが、その想像が絶対では無いこともまた想像しやすい。

「いや、青田さん。熱心ですね! 今日同行を申し出て正解でした。それで、どういった推測を……」

「せっかく段取りが付いたんですから、それはお楽しみしておきましょう。俺も永瀬さんの意見を伺いたいですし」

「ということは志藤さんは知っているんですか?」

 永瀬の矛先が志藤に向けられた。志藤はテーブルの上のチーズを口に放り込みながらそれに応じる。

「ある程度知らないと協力者の方達に説明も出来ませんから。それなのに青田が肝心な事を言わないものだから……そこにも問題があります」

「しかしそれによって、新たな論評者として永瀬さんを招くことが出来ました。お仕事大丈夫でしたか?」

 青田がすかさず割り込んできて話の主導権を奪ってしまった。永瀬はむしろそれが嬉しいのかスムーズに青田の質問に答える。

「それが今日は丁度空いていまして。絶好の機会という奴ですね」

「なるほど。こちらとしても都合が良かったわけですし、こうなればやはり実際の検証まで楽しみしておきましょう。俺としても、永瀬さんに上手く説明出来るか? という『試し』になりますから――先輩が相手ではどうしても『馴れ』が出てしまいます」

「わかりました。そういうことなら『知らない』状態のままで協力させて貰いますよ。何しろ私は『担当編集』ですから。読者の方に伝わるかどうかは肝心な部分ですからね」

「痛み入ります。なにしろ先輩は何事も疑ってかかるものですから」

「いやいや、それは志藤さんの長所ですよ」

 と再び志藤は「酒の肴」にされ――青田は飲んでいないはずなのだが――問題の駐車場に向かう頃にはすっかり気安くなってしまっていた。これから遺体の発見場所に向かうという時に、意気揚々と、という表現は使うべきでは無い言葉ではあったのだろうが、傍から見ている分にはそうとしか表現のしようがない有様。

 そしてそんな雰囲気のまま、三人は立体駐車場の階段を登り三階に辿り着いた。


 青田はクーラボックスを抱えていた。クーラーボックスのような箱状の何か、とも言い換えられるがとにかくそのような物体だ。後部座席で志藤の横で蹲っていた物の正体がこれだ。そしてそれを駐車場でもっとも暗くなっている場所に青田は下ろす。

「結構、明るいですね。車道に面しているのも大きい。周囲に電光掲示板も多いし……」

 青田は、うむうむ、とわかりやすく頷きながら箱を開けた。志藤はそこに注文を付ける。

「別に無理矢理暗い場所で実験することはないだろう? 正直、見づらい」

「それもそうですか。では、暗い場所で行われた――そういう態でお願いします」

 青田はそう言いながら一度蓋を閉じ、箱を移動させた。

「ああ、おかげで思い出しました。これから一種のゲームが始まりますから、そのためにメモを残しておきましょう――永瀬さん」

「は、はい」

「先輩はもう知っているのでゲームの相手もお願いします。いや今日は本当に運が良い。ご面倒でしょうが……」

「いえ。同行は私からお願いしたことですからね。受けて立ちましょう」

 永瀬はそう言って青田の側に近付いて行き、箱を挟んだ向かい側に佇む。青田は何事か書き付けたメモ用紙を畳むと箱の上部にあるネームホルダーらしい部分にそれを滑り込ませた。そして爛々と目を輝かせ宣言する。

「それでは今から実験を開始しましょう。目的は『不自然な死』が再現できるかどうか? まず俺はこういったものを用意しました」

 青田がそう言って箱から取り出したのは、小型のペットボトルのような容器だった。それが八本。青田はそれを四本一組で箱の上に二列に並べる。それだけでもかなり異様な光景だったが、さらにその異様さにとどめを刺したのは、ペットボトルのキャップに垂直に注射器が刺されている点だろう。少し離れた場所でその光景を見ていた志藤が思わず声を上げた。

「……そんな仕掛けを作るつもりだったのか。ペットボトルは良いとして注射器まで数を揃える必要は無いだろう?」

「公平性を示さないとゲームになりませんから。細々やっていたら細工を疑われます。それに注射器の中に入っているのは毒です」

 あっさりと青田が告げた。まさに致命的な一言を。

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