言葉だけで(三)

 イダ熊とのメールでのやり取りは志藤の想定通りで終わった……とも言えるだろう。まず志藤の自己紹介。そこから可知案先生との繋がり。さらにはその「カチアン先生」絡みで伺いたいことがあると切り出した。別段意識して腰を低くして臨んだわけでは無い。社会人としては当たり前の礼儀として、そんな風に切り出したのだ。

 その可知案先生はネットリテラシーもどこ吹く風と言うべきか、自らが「小説家」であることをほとんど晒したような状態でイダ熊とやり合っていた。それがまず志藤には信じられなかったが、それも済んだ話。だからイダ熊が「小説家」という者に対して良くない感情を抱いているだろう事も予測できたのだ。しかしやり取りする上で志藤は理解せざるを得なくなってしまう。イダ熊という人物は、根源的に鼻持ちならない人物だと言うことに。


 ――どうやら本当に小説家のようだ。名を騙るにしても「志藤俊平」という名を騙る意味が全く無い。ネームバリューが全く無い。


 このようなメッセージが届いたときには、すでにやり取りするツールとしては、ソイッターに移行していた。イダ熊から身元確認変わりに、ソイッターを晒すように言われた事がはじまりだ。それが果たして身元確認になるかは疑問の残るやり方ではあったが、志藤としても別に問題があるわけではない。そもそもSNSの公開を制限していたつもりは無いのだから――過疎っていたのは自業自得だとしても。

 イダ熊が過去のログをどこまで確認したのかは見当もつかないが、五分ほどで志藤本人だと考えることにした――とのメッセージがソイッターを介して届いたのだ。まったく余計な文言を付け足して。


 ――果たしてそれで小説家を名乗って許されるのかはわからないけどね。他の仕事探したらどう?


 基本的に「余計な言葉」だけでメッセージを作る癖があるようだ。志藤はため息をつく。このような人物と、どのような会話を展開するべきか一瞬見失った志藤であったが、初手は受け身になる必要は無いことに志藤は気付いた。

「実は……」

 と口に出してメッセージを組み立てる。単純に藤田の死を告げるところから始めないと取材も何も無い。志藤はイダ熊が「不自然な死」に直接関わってるとは考えておらず、単に「カーバンクル調教法」が次の獲物を見つけるのに利用されていたのでは? と考えていた。「連続殺人」であるなら、イダ熊はあまりにも目立ちすぎる。その理屈で言うなら藤田――カチアン先生が狙われたことも理屈が通らないということになるが、課金勢の中に藤田にやり込められた「犯人」が潜んでいるという可能性もあった。

 何しろ虎谷はこのサイトでのトラブルを重要視していたのであるから何かしら根拠があるのだろう。それに志藤の考えが正解に近いとするなら、尚のことイダ熊の協力は不可欠だ。


 ――カチアンの負け逃げは知っている。それで?


 「負け逃げ」――メッセージを見た志藤は思わずその言葉を呟いてしまっていた。誰も居ない部屋で虚しくその声が残響する。ある意味予想通りではあったがイダ熊の態度はどこまでも変わらないようだ。文字だけのやり取りであるのに気が滅入る。

 藤田の死については当たり前にイダ熊も知っていた。死んだ時にネットでも訃報半分のニュースが出たらしい。喧嘩相手であるからイダ熊は当然それを知っており、逆に知らなかった志藤に問題があるのかも知れない。だが志藤がもたらす情報には続きがあった。つまり「不自然な死」だ。報道では藤田が「自殺した」旨の報道が為されているだけなのだから。この情報をイダ熊に開示する事について、志藤に躊躇いが無かったと言えば嘘になるが、まずここを乗り越えなければ話にならない。それに全てを明かすわけでも無い。

 志藤は続いて「不自然な状態で遺体が発見された」とメッセージを送ってみる。すると、すぐにレスポンスがあった。


 ――それは僕を疑っているということなるな。


 志藤も、その“かえし”は十分に予想の範囲内であったので「イダ熊ではなく、その周囲が怪しい」と考えている事を告げてみる。実際、藤田はブログ上でのやり取りで他の課金ユーザーにも牙を剥いているのだから、それほど的外れな指摘にはならないはずだ。イダ熊もそういった志藤の考え方については一応肯定してきた。あちこちに喧嘩をふっかけているのはイダ熊、カチアンとも言い逃れできない事実であるのだ。

 そこで志藤は改めて、ブログの管理者として何か気になる人物はいないかと水を向けてみた。例えば藤田が閲覧できないようにするとか、書き込みを削除するとか、そういった欲求を度々行ってきた人物――この辺りが具体的な目標になるだろう。

 果たしてそういった人物が「連続殺人犯」になるのかどうかはわからないが――志藤はどうにもしっくりこない人物像だとかんがえているが――藤田の不審死についてだけ考えるなら、こういったアプローチにならざるを得ない。

 その問い掛けに対するイダ熊の回答は、ある意味、志藤の意表を突いていた。


 ――売れない小説家は飯のタネ集めに必死だな


 そのメッセージを目にしたとき志藤は思わず固まってしまった。

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