居酒屋(二)

 その永瀬の発言に志藤は思わず腰が引けてしまった。それを素直に永瀬に伝えても良かったのだがタイミング良く――あるいは悪く――注文していたビールのジョッキのおかわりがやって来てしまう。それを永瀬が快活に受け取ってしまった。先ほどの不穏な発言も何処吹く風と言った様子で。

 しかし確かに喉を潤したいタイミングであったことも確かだ。

「あ、ここからはレモンサワーで。もう持ってきて下さい。ビールなんてすぐですから。志藤先生は?」

「私はそのままドライで。ああ、まずこの一杯があれば良いので……別に揚げ出し豆腐お願いします」

 とりあえずで頼んでいた焼き鳥の盛り合わせは、すでに無いに等しい。串はすでに串立てに片付けられており、食べさしのネギマが一本残っているだけ。志藤は自分がどうやら食べ上戸であるらしいと俯瞰していた。だからこそ改めてつまみを注文しておく。

 さらにすでにテーブルに並べられていたフライドポテトに手を出しながら話を元に戻した。

「……いきなり話が大きくなった気がしますが。青田もの……と言っても良いかはわかりませんけど、それでそんなに大きな話を書いた覚えは無いはず」

「だからこそですよ。それに話が大きくなるかどうかは、わからないんですってば。言ったでしょう? 不自然な死、だと」

 確かにそんな風な話であったが、人の死が絡んでいる段階で十分に話が大きくなっている、と志藤は訴えたかった。だがその一方で、志藤は青田がそんな「大きな話」にも絡んでいることを知っている。となれば、永瀬がそれを知った上で話を持ちかけてきている可能性もあるのではないか?

 その可能性が、志藤の判断を鈍くさせた。

 この居酒屋に呼び出されたことも、そういった他人事であるというスタンスを守るための建前。担当編集との次回作の検討会という大義名分があれば志藤としても無下には断りづらい――そんな風に考えたのではないか?

「話の始めは三ヶ月ほど前ですね。先生も名前だけはご存じでしょう。可知案かちあん先生」

 そんな志藤の逡巡を余所に永瀬が話しを続ける。

「亡くなったのは、その可知案先生なんですよ。これがまた聞けば聞くほど不思議な有様で――」

「待ってください。カチアン……ちょっと待ってくださいよ」

 志藤は慌ててセカンドバックからスマホを取り出した。そしてうろ覚えのまま検索し、やがて「可知案」という著者名と「俺が通り過ぎた後にはハーレムが出来る?そろそろ女達から逃げ出したい異世界逃避行」という著作を確認した。出版社は快談社。つまりは永瀬の勤め先でもある。

 この作品の二巻が前に出版されたのは半年ほど前。そして永瀬の話が本当なら、続刊が出ることは無いだろう。その辺りの事情はホームページでしっかりと記載されていたが志藤は知らなかった。いや亡くなったことは元より、存在していた事も知らなかったと言った方が正直ではあるのだろう。

 とにかく永瀬がある程度は詳しい話を知っているであろう傍証が出てきたわけだ。だが同時に謂わば身内の死さえも飯のタネにしてしまうということになる。だが、それも物書きの宿命と割り切ることは可能だ。

「先生大丈夫ですか? 可知案先生と面識は無かったんでしたっけ?」

「そうなりますね。何しろ快談社さんとは無沙汰でしたから。そんな事が起こっていたなんて……」

 正確に言えば快談社に限らず出版社とはご無沙汰ではあるのだが、わざわざ自白する必要は無い。志藤はそれを誤魔化すように逆に永瀬に尋ねた。

「可知案、と言うのは当たり前ですが筆名ペンネームですよね。本名は?」

「お、乗り気になってくれましたか? 本名は藤田ふじた。藤田有樹ゆうき

「永瀬さんが担当を?」

「いえ別のものです。大城戸おおきどさんですよ」

 志藤も、その名前なら聞き覚えがある。快談社のノベル部門のベテランと呼んでも差し支えないだろう。

「その大城戸さんに聞いたんですよ。どうにも不思議な状態で遺体が発見されたらしいんです。当時は編集部でもちょっと話題になりまして――もちろんひっそりとですよ」

「それはわかります。しかし遺体? いや発見……ですか?」

「そうですそうです。そこからがまずおかしな話でしてね。発見されたのは大きなパチンコ店にくっついている立体駐車場です。そこにポツンとですね」

 言いながら永瀬がぐいっとジョッキを呷った。

 喉を湿らせるためか、心を湿らせるためか。志藤もそれに倣ってジョッキを呷る。ドライのわかりやすい刺激が身近な人物の死という現象をも、敢えて単調な記号に置き換えて行くようだ。

 志藤は、永瀬の説明のままに脳裏に死の光景を思い浮かべる。

 何しろ存在も知らなかった人物を中心にした光景である。まだまだあやふやなままではあるが、それでも先に確認して置くべき事だけはわかりきっていた。

「――それで死因は?」

「毒、ですね」

 それを聞いた瞬間、ドライビールの後味がさらに苦さを増したように――志藤は感じた。

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