第5話 五色の宝玉と嵐の前の静けさ

 「私は駄目な男だ。問題ばかりを起こしている」

 メギィはリーマの隣に座り、うなだれたまま、リーマに語り掛けた。リーマは、父に頼まれて銃の錆取りをしていたが手を止めた。メギィの落ち込み方が酷いからだ。

 「今日の事は運がなかったのでしょう。あんな事になるなんて誰が予想できます? それに喧嘩は両成敗。ジャックさんも、自分のせいだって反省して、もう怒っていませんよ。ペンスさんも、すっかり大人しくなって反省していますし」

 「この際だから、白状するよ。誰にも言ってくれるなよ。父と喧嘩して飛び出してきた。新皇帝に仕えたくないと言ったら、口論になった。お前は君主を守る使命を放棄するのかって」

 意外だった。家族とうまくいっていない事は薄々気づいていたリーマだが、メギィは、真面目な騎士だ。皇帝に仕えたくないとは、余程、人徳のない君主だとでもいうのか。

 「情報が村にまで伝わっていないようだけど、皇帝ネロの即位は政変によるものだ。それにまず納得できなかった。実の弟から、半ば強引に帝位を譲らせたのさ。実母リリス上皇后の力でね。兄弟中は悪くなかったから、誰もが最初は、驚いたよ。でもそれなのに、ほとんどの騎士が新皇帝に忠誠を誓った。昨日まで、忠誠を誓っていた主君を捨てた。それが信じられなかった。私みたいなネロの即位に反対する者は、都を追いだされるか、よくて左遷された。私も本来はそうなるはずだったが、父が騎士団長に賄賂を送って、穏便に済むようにしてくれた。なんてかっこ悪いのだろう」

リーマは何も言えなかった。メギィの言う事はもっともだ。正論には違いなかった。だが、カール・ヘリオス・クーとロア・ダンガロアの義兄弟を争わせたのは、前皇帝ヘリオガバルスだ。それにロアと戦った3人の騎士の犠牲は本当に必要であったのか。

そもそも、ロア・ダンガロアは死に値する罪を犯したのか?

リーマにも分からない。だが少なくとも、村人はロアの生涯を最後まで英雄だったと称えている。ロアが来る以前に村に出没していた亜人は消え、魔物は国境の向こう側へと逃げていったからだ。



「父さん、僕らは家の中でじっとしているけど、見逃してくれるよね」

 「本当は駄目だからな。本来は、病人と妊婦以外は外で陛下を出迎えないといかん。でもまあ、お前の出生の話が変に伝わると、ややこしい話になりそうだし、今日は村の人にも合わない方が良いだろう。メギィさんは休んでいる所を同僚に見られたくない。分かった。絶対に2階から顔は出すなよ。不敬罪になるから」

 「どうもすみません」

 「あなたには、息子がこれからも世話になるし、気になさらずにくつろいで下さい。食事は軽い物なら、リーマに作らせてください。それじゃ、もう出ないと」

 「父さん、言おうかと迷っていたけど言う」

 「なんだ。改まって」

「その銀色の甲冑と戦斧に、背中のマスケット銃、凄くカッコいいよ。陛下もきっと、びっくりするよ」

「それだけか? 行って来る」

 顔を赤くして、バーナード・ベオウルフは家を出た。

 家でリーマとメギィと2人の従者がお茶を飲んでくつろいでいる時だった。

 屋根の上からバサバサと大きな鳥が羽ばたく音が聞こえてきた。

 「今の羽ばたきが聞こえたかい。あれは近衛兵が飛ばしている偵察用ヒッポグリフでね、空の上から、異常がないか偵察を済ませているのさ。特に異常がなければ、いよいよ皇帝が戦車に乗って、この村を通るはずだ。皇帝の戦車は、竜の攻撃もはね返す頑丈な装甲で覆われていてね。必ず4頭以上の馬が引いている。そうじゃなきゃ、動かせない重量らしい」

 「若様がリーマ様くらいの頃は、いつかあの馬車の手綱を握ってみせるとよく言われていましたね」

 初老の老人は、孫を見るような目でメギィに言った。

「爺、よしてくれ。あの戦車の御者は、皇帝の親族でなければ、近衛隊長と決まっている。あの頃は、そんな事も知らなかった」

「いえいえ、若様がその気なら叶わぬ夢ではないでしょう。騎士団長から近衛兵に推薦して貰えば良いのです。若様の実力ならば後、5年も勤めれば近衛軍団に推薦して貰えるはずですよ」

 メギィは少しうつむいて答える。

 「また父上と喧嘩になるだろう。父は騎士部隊の隊長を目指せと言っている。亡くなったお爺様のようになれといつも言っている」

 「そんな事はありません。近衛兵は誉れ高く、責任の重い役職です。立派な目標ではないですか、新しい目標を見つけて、もう一度、頑張る姿を見せてあげれば、当主様はきっとお喜びになります。そして、今のメギィ様なら、きっとこれを受け取る資格があります」

 アンジェリカは、そう言うと、布に包まれた一振りの短刀を机の上に置いた。それは古い懐刀で騎士の従者が持つには、身分不相応な、煌びやかな一振りだ。柄には、黄色い宝石が埋め込まれていた。

 「これは本家から祖父が賜った家宝の宝刀、父上がこれを君に託したのか?」

 「ええ、もしも若様が一人前になって、家に戻るならこれを渡して欲しいと頼まれていました」

 「この爺とアンジェリカが相談した上でもうお渡しても大丈夫と判断致しました」

 「なおの事、まだ受け取るわけにはいかないではないか、私は自分で犯した過ちすら、自ら解決できないのだ」

 「勿論、若様は未熟です。しかし、困っている友人の為に闘う姿は立派な騎士のお姿です。先日の事だって、逃げずに自分で立ち向かおうとしていました。若い頃の父君にも負けない、勇敢な男になられました」

 「僕は、メギィさんを立派な騎士だと思っています。お二人の気持ちを受け止めてあげても良いと思います」

 「リーマ君まで私を認めてくれるとは、分かりました。この刀を受け取り、都に帰りましょう。我が友人、リーマ君を連れてね」

 アンジェリカからメギィが懐刀を受け取ると宝石の色が黄色から、赤色に変わった。

 「これは五色の宝玉」

五色の宝玉とは、持ち主の性質により色が変わる神の宝玉である。黄色は揺るぎない心、赤は慈悲の心を現すとされた。持ち主が善の心を持ち続ける限り、幸運と知恵を与え続けるとされていた。

 「こんなに赤く煌びやかに輝くなんて、メギィ様の志が立派な証拠です。きっとこの懐刀はメギィ様を導いてくれるでしょう」

 「泣くな、爺、涙を拭け。アンジェリカまで涙ぐむな」

 「私、失礼な事を言います。馬鹿な子ほど可愛いって、本当ですね」

 メギィは少し笑って返す。

 「アンジェリカ、貴女は、21歳でひとつしか歳が違わないでしょう。そして爺や、男が泣くのは親が死んだ時だけで良いって、昔、言っていたではないか」

 「この爺は良いのです」

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