第4話 皇帝が村に来る!

 「アリシアは、結局、君を殺さずに立ち去った。そういう事で良いのだね」

 「ええっ、だからこうして、生きて帰って来られました。父さんにビンタ5発貰って、家から追いだされましたけどね。メギィさんにも迷惑かけてすみません。僕のせいで愛馬が」

 「良いのだよ。いや、良くはないけど。私も君の案に面白がって乗ってしまった。あの状況なら私でも、犯人は売上金狙いの不埒者だと推理したさ」

 昨晩の事だ。

 「犯人の目星は付いている? それは本当かい?」

 「ええ、ヒーヒーが矢に打たれた場所は背中の一か所です。飛んでいる時に受けた矢でない可能性が高いのです。だとすれば、町についた時か、羽休めの時しかないわけです。そして、傷の深さから考えて、町から村まで飛ぶ体力はなかったはず、そう絞っていくと、狙撃の場所はヒーヒーがよく羽を休めている湖だと思うのです。湖の近くに住んでいる誰かが売上金を狙ったと考えるのが、自然でしょう。勿論、事故の可能性もありますけどね」

 「筋は通っているけど、どうやって犯人を捕まえる気だい?」

 「僕自身に魔術をかけて、ヒーヒーに化けます。僕は厳密な意味での変身魔法は使えないので、幻を相手に見せて錯覚させるだけですが、少しの間なら騙せる自信があります。おびき出された犯人を拘束して頂きたいのです。僕はあらかじめ、防御呪文を掛けておくので、仮に矢が命中しても軽い怪我で済みます。さらにエリクサーを念の為に飲んでいくので、重傷でも…」

 「待て、待て、その作戦はなしだ! 私の馬を使いなさい。私の馬は鞭を鳴らせば、私に向かって走るように調教してある。怪しい人物が銃なり、弓なり持っていたら、鞭を打って、すぐに避難させられる」

 そう言って、メギィは鞭を壁に向けて打ってみせた。壁の目前で鞭はしなり、バチンと空を切った。続けて机の上の花瓶に向けて鞭を鳴らした。メギィの操る鞭は枯れかけた薔薇の花弁を正確に撃ち落としてみせた。

 「中々、見事なものだろう。僕の趣味で特技さ。その気になれば、蝋燭を倒さずに火だけを消せる。人に見せるのは久々だけど、腕は鈍っていないようだ。犯人を見つけたら、一発、お見舞いしてやろう」 

 ヒヒッーン、外で馬が鳴いたかと思うと馬の足音が鳴り響いた。階段を駆け上る足音は母さんだとリーマは気づいた。ノックもせずに、ドアが開かれた。

 「メギィ様、助けて下さい。馬が急に暴れだして、家の中を走っています」

 「あっ、すみません。ブラックタール! 早く厩に戻れ!」



 「私も従者に叱られてしまってね。調子に乗りすぎだってね。昨日と今日でどれだけ人に迷惑を掛けているのですかと言われてしまった。反省の為に今晩、君に付き合って玄関口に立っている事にしたよ。従者の1人は、幼い頃からよく私に仕えてくれた爺やで頭が上がらない。もう一人、赤いフードを被った女がいるだろう、アンジェリカという名だ。父上が僕を監視する為によこした女だ。気立ては良いが、口うるさくてね。なんて父上に報告されるか」

力なく笑うが、悪戯がばれた子どものような顔はどこか明るかった。

少し間を置いて言う。

 「今日のあれは、私の初陣って事で良いのかな。アリシアには勝てなかったけど、君を守って帰れたから負け戦ではない。そう考えて良いかな」

 「いえ、敵がいなくなった以上、戦争目的は果たせました。だから僕らの勝ちです。個人における戦いは生き残る事が勝利の必須条件、集団でのそれは目的を果たす事です。両方を満たしたメギィさんの大勝利です」

 「君は難しい事を考えているのだね。私は父から誉ある戦をしろと子どもの頃に、よく言われた。なんか最近の僕は自分の中でかっこ悪くて嫌悪しているよ」

 「メギィさんが僕を助けようとしてくれて、とっても嬉しかった。それにどんなにボロボロでもメギィさんは格好良かったよ」

 「ありがとう、リーマ君」

 「ありがとう、メギィさん」

 


次の日の昼前、正午までの仮眠を許されたリーマは、鐘の響く音で目が覚めた。

ゴーン、ゴーンと鐘の音が響く頭に響く。村の広場にある鐘は、村人集合の合図だ。大抵は、火事か領主が来訪した時に鳴らされると決まっていて、赤ん坊と病人以外は、広場に集まらなくてはならない。

リーマは、アイと目が合った。目が笑っていた。寝不足でしょぼくれた顔がそんなに面白いのかと、たっぷり眠れて張りのあるアイの顔が少しだけ癪に障った。

村人が明らかに広場に収まり切れていなかった。人口の増加に村の拡張が追いついていないせいもあるが、一時滞在の旅人や道の拡張工事にやって来た出稼ぎ労働者まで集まっているからだ。

3頭立ての馬車から、成人したばかりの若領主が顔を出した。

 「リーマ君、お久しぶりです」

 「マリー様、こちらこそご無沙汰しております」

マリー様こと、マリー・ライニンゲン・トール子爵は、この村の領主である。

御年17歳の若姫君で年に数回、エリクサーを売りに行く為、リーマの顔は覚えられていた。馬車に繋がれた白馬のように白く透き通った肌と輝くような金髪を持つかなりの美人だ。

「マリー様がいらっしゃった!」

中には、地面に平伏して頭を上げない者もいるが、子爵身分であるマリーにそこまでする必要はない。古くから住んでいる村人は、皆、知っている。そもそもマリーは、領主でありながら、村人との距離が極めて近いので、改まった態度で接する必要はない。ほんの数年前まで、村の子どもと遊んでいたくらいだ。

だが事情を知らない新参者は、マリーを本家同様の公爵と勘違いしている。確かにライニンゲン家は、広大な領地を持つ大諸侯だ。しかし、国中のあちこちに領地が散らばっており、レフトハンドの村は、その中でも、とりわけ小さな飛び地だった。

そんな小さな村をマリーが相続する事になったのは、前当主の4男8女の子どもの内の11番目の子どもで無理に押し付けられたからだった。

「率直に言います! 兵士を募集します! 最低でも20人の兵士が必要です!」

兵士の募集など、村が出来てから初めてのはずだ。村の有事は、リーマの父であるバーナードの率いる自警団が対応しているので、村に兵士はいない。

 「ヒャッホー、出世のチャンスだぜ」

 「俺、兵士に志願します! 母ちゃん、先行く我が子をお許しください」

 「何、言ってのかね、この子は」

この国は15年前まで、亜人と魔物の軍勢と戦っていたのだ。騎士でも兵士でも、戦士に対する憧れは若者なら誰でも持っていた。

「でも亜人はこの国にもうほとんどいないよな? だからギルドも解散になったはずだろう。なんで今になって、兵士を募集する」

「人間同士の殺し合い、まあ、戦争だろうよ」

「まさか」

「北のルウシ、東のアカイア帝国とはいつか戦争になるって、噂だった。全国から少しずつ兵隊を集めて外征を…」

「皆さん、ご安心ください! 戦争はしません! ネロ陛下は、平和を愛されるお方です!」

「もしかして、偉い人がこの村にやって来るから、形だけでも警護の兵士が必要という事ですか?」

リーマが手を上げて言った。

「さすがはリーマ君、お利口さんです。戦争とか言った人達は国際情勢を勉強し直してください! なんと新皇帝陛下がこの村を通られます」

「何で分かったの?」

リーマは敢えて、アイの質問は無視した。新しい皇后は、ロア・ダンガロアの孫娘だ。いつかは、祖父が亡くなった地を訪れるだろうとは思っていた。だが、その事を話題に出したくはなかった。

そもそも村人にリーマの出生が噂されるだけで厄介事になりかねないのだ。万が一、噂が皇帝の耳に入り、皇帝皇后の前に召し出されたとしよう。何一つの証拠がない。勝手に皇妃の一族を名乗れば、死刑になりかねないのだ。今日中に父さんに相談して、村に緘口令を出してもらうしかないとリーマは考えた。顔が広い父親に感謝しかなかった。

「武装は各自で用意してください! 一部の兵装なら、お貸しできるかもしれませんが、基本は全部、お願いします!」

「かあちゃん、家に鎧あったか?」

「諦めな」

「ちょっと、そりゃないぜ! マリー様! 内は代々、農家です。少し長い山刀しかありません。でも護衛兵になってみたいです! 昔、よく遊んだよしみで兵士にしてください!」

ぼさぼさ頭のジャックだ。身だしなみは兎も角、日焼けしたその顔は兵士のそれに見えなくはなかった。

「ジャック…じゃあ、ジャックは採用」

「マリー様、子どもの頃の騎士ごっこでは、俺はあなたに忠誠を誓った白銀の騎士でした。もう一度、あなた様に忠誠を誓わせていただけないでしょうか」

今度は、肉屋のペンスが群衆から飛び出した。ペンスは体格こそ良いが、人当たりの良い好青年として、村の娘に割と人気がある。あまりに優男すぎて、兵士に見えないだろう。

「ええっ」

「一応、古い刀が納屋にあるので、鎧だけ貸してくれません?」

「ペンスさん、お肉安いし、採用します!」

「マリー様、おじいちゃんの剣と盾、少し古いけど鎧も持っています」

場の雰囲気に流されたのか、浮かされたのか、アイまでその気になってしまった。剣や盾は見た事ないが、甲冑は廊下に飾っているアレの事だろうと察しがついた。それは装飾用の鎧だし、体格的に見てもアイに着られるはずがない。

リーマは、自分がいなくなった後のアイが不安になった。アイは計算高く、行動力に優れているが、その場の雰囲気に呑まれてしまう面がある。

「ちょっとマリー様、こんな滅茶苦茶な募兵をして良いのですか?」

「リーマ君、有事に領民から徴兵するのは領主の権利ですよ。それにみんな喜んで募集に応じているし…」

「その少年の言う通りです」

メギィを見て顔を赤らめるマリー。メギィの顔は、芸術品のように美しい。数年前まで寒村だったレフトハンドの村には刺激が強すぎるのだ。アイの目が嫉妬深い女のそれになっていた。

「この方は、メギィさん。家の2階を借りている騎士さんです」

「失礼、私は皇帝に仕える騎士の家の嫡男で、今は旅をしている者です。君主に仕える身として、これは頂けませんな。確かに領民からの募兵は認められています。しかし、素人を護衛にして、もしも、何かあればあなただけの責任では済まなくなる」

マリーの赤い顔が次第に青くなっていくのが分かる。

「えっええそうですね。領主として、不徳の限りです。このような事態になってから、慌てるのは怠慢と思われても仕方のない事です」

「あなたはまだ若い。全部があなたのせいとは私も言いません。ですが、今からでも本家の公爵家に兵士を貸してもらうようにお願いしてはいかがでしょうか」

「4日後、王が巡行でこの村を通られます。本家まで馬で片道2日とちょっと。ぎりぎり間に合わないのです」

「おいおい、どこの誰か知らねえが、俺達の領主様を虐めるなよ。こんな小さな村に皇帝を狙う馬鹿がいるわけない。そうだろう」

「田舎者は世間に疎くて困る、領主も領主たる自覚がない」

メギィも寝不足で機嫌が悪い。ついトゲのある言葉を吐いてしまった。そして、自分の言葉が侮辱と取られると気づいた時には、もう遅かった。

周囲の静止も聞かずに、メギィに殴りかかるジャック。

慌てて防御の魔術を使ったメギィ。手をかざすと、ジャックは明後日の方向に飛ばされてしまった。身長の2倍分以上の距離を飛んだ後、頭から地面に落ちた。

「しまった」

つい昨日、アリシアに奇襲を受けたせいで、込める魔力の量を誤ってしまった。これでは防御ではなく、攻撃と変わらないではないか。

顔を打ちつけ、鼻血を出すジャック。恨めしそうにメギィを見るが、恐怖で目が震えていた。メギィの力は村人に恐怖を与えるのに十分すぎた。

「ジャック、大丈夫か! 騎士様とはいえ、いくら何でも、やりすぎじゃないのか」

「済まなかった。君を傷つけるつもりはありませんでした。治療代も払います。許してください」

「そこのあなた、その剣で何をする気ですか?」

村人の中にも、半神半人の血を引いている者はいる。その中には戦神、軍神の血を引いている者も含まれていた。

ピュン! 鈍く光る長剣が空を切った。それは村人が家の奥に普段は閉まっておく護身用の剣で切れ味は鈍い。だが鉄の塊には違いなかった。

「やっぱり認められねぇ。こいつをぶち殺して、畑に埋めちまえば良い!」

「メギィさん、逃げて。今は気が立っているだけで、すぐに落ち着くよ」 

肉屋のペンスだ。だが、人当たりの良い青年の顔は、鬼の形相に変わり、膨張した筋肉から生じた2本の小さい腕が白い上着を引き千切っている。ペンスの祖先神は、アスラだ。薄くだが、流れていた祖先神の血が恐怖と怒りで覚醒したのだ。これは極めて性質の悪い覚醒といえた。

 アスラは頑固な正義の神として知られている。この喧嘩は、メギィが誤りを認めた時点で終わったのだが、アスラの血がそれを許さないのだ。

 「ペンス、もういいよ、やめてくれ。俺も悪かった。俺が手を出したせいだ! 怪我も思ったよりも軽い。俺を見てくれ」

ジャックの叫びは、届いていない。アスラの負の側面、独善の正義に精神を囚われてしまっている。

「その異様に膨らんだ筋肉、戦神の血を引いているのか! リーマ君、下がってなさい。逃げてはかえって、他の人を巻き込んでしまう。私が全力で取り押さえる。自分の尻くらいは自分で拭くよ」

リーマは、覚悟を決めた。

「うぬっ」

ペンスは体の自由が効かない事に気づいた。それが魔法の力だと気づくと顔が青ざめて、体が震え出した。ペンスはこの魔法が『人間圧縮』または『萎んでいく人型』と呼ばれる殺人魔術だと知っていたのだ。

リーマがよく使うこの魔法は、実は相手を人の形をした鉄板の型に押し込むような強引な魔術だ。魔法で出来た見えない型からは出られず、段々と型は縮んでいく。当然、相手は押しつぶされて死ぬ。

単に金縛りの術として使われる事も多いが、魔法に掛った相手にすれば、生死与奪の権利を奪われたに等しく、強い恐怖を覚えるのだ。

昨日の事もあり、本当は魔法を使いたくはなかった。だが、友人の命の方が今は大切だった。殺す様な事は決してしない、一時的に、大人しくなって貰うだけだ。力加減を誤るな、慎重にやれとそう自分に言い聞かせた。

「早まるな! 大馬鹿野郎!」

「父さん」  

後ろから突進したバーナードは、ペンスの腕を捻って、剣を奪ってしまった。

「ジャクソン、モロ、助太刀頼む」

3人掛かりで、ペンスをたちまち組み伏せてしまった。3人の動きは訓練されなければできない見事な技だった。

「メギィ様、済みません。村の若いのが、ご迷惑をお掛けしました。宿代は、お返ししますので、どうかお許しください」

バーナードは、マリーに向き直り言った。

「村の警護の件、この老いぼれ3人に預けて頂けませんか? 私はご存知の通り、元ギルドの戦士、ジャクソンとモロは私がかつて訓練した自警団の生き残りです」

「いくらお三方が強くても、警護が3人というのは…」

「いえ、国法では、月3回の訓練を受ければ民兵として認められます。今日より三日間、3人で村の男たちを訓練させていただけないでしょうか?」

「おっ、お願いします!」

「若造共! 生半可な気持ちで護衛の任が務まると思うな! それでも志願するなら、今日より4日間、死ぬ気で俺達に従え! 口答えする奴は抜けてもらう」

モロは言った。村の好々爺の顔はそこにはなかった。人も魔物も棍棒で屠ってきた若い頃の狩人の顔に戻っていた。

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