いつか来る夏休みを想う。その2

 血まみれの彼女は、頷いた。

「だから言ったでしょう。私の周りでは不幸なことが起こるって」

逃げないと。早くここから立ち去らないと。私は彼を連れて道を走って逃げる。ホテルの中に逃げた方が良かっただろうか。しかし、もうホテルから離れてしまった。彼女が走って追いかけてくる。彼を離さないようにしないと。いや、連れてきたが、置いてきた方が良かったのだろうか。

「痛あ」

 転んでしまった。彼を離してしまう。




 「私はいつも考えるんだが、どっちなんだろうな。私が引き寄せられているのか、それとも私が来たことによってこうなるのか」

メリノは女の手から離れたゴミ袋を拾った。結び目を解くと、手首が出てきた。

「でもどっちにしても、見たからには、捕まえないとな」

 2人が対峙する。勝敗はすぐに決した。自分の性欲を満たすためだけに殺すネクロファビアの女と不本意ながらも何度も犯人と対峙してしまう彼女。経験も技術も、全てにおいて彼女の方が上回っていた。




「いやー、今回もありがとうございました」

目の前で頭を下げているコイツは私担当の警察官白井。あまりにも私が事件に遭遇するので、私担当の部署ができ、こいつはそこに属している。

「さすがですよ。もう名探偵ですね。素晴らしい、ホームズ、ポアロに並びますよ」

「いや、私は探偵小説の探偵にはなれないさ。ノックスの十回って知ってるか?」

「いや、知りませんよ」

「探偵小説の定義さ。私の場合論理的じゃないからな」

へー、と適当に相槌を打つ男。顔がボケーっとしている。コイツ馬鹿なんじゃないだろうかとたまに思う。




「それにしても今回は何で伊豆に行くのを嫌がってたんですか?別件の殺人事件で行かざるを得ませんでしたけど。っていうかあの犯人酷かったですね。先生の前で1人殺し、ナイフを取ったら逃げるんですからね。あ、無事自分が逮捕しましたよ」

自慢して言う。ああ、捕まったのか良かった。

「それより何で嫌がったんですか?」

「・・・初めて出来た友達だったからな」

  探偵を辞めたいと何度思ったことだろう。知り合う人が全員犯罪を犯すか、犯されるかしているのだ。でも私にはどうしようも出来ない。こういう生き物なのだからどうしようも無い。

「じゃあ先生はどうして外に出るんですか?家にこもっておけばいいじゃないですか?」

私は多分、事件に遭遇しない事を願っているのだ。普通の人間になれる事を願っているのだ。

「さあな」

「ま、犯人がいたら私が捕まえるんでどんと構えてくださいよ」

「ああ、ありがとな」

 目の前の男を見る。コイツと出会って長いが、犯人にも被害者にもなっていない。もしかしたら、私は普通に近づいているのかもしれない。

 そうなれば、私にもようやく自由が訪れる。みんなと同じように楽しく、夏休みを過ごせるのかもしれない。セミが鳴いている。私はいつか訪れる夏休みを想う。

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いつか来る夏休みを想う。 普川成人 @discodisco

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