RANGEFINDER

「ここまで全部なんだけど、これだけね。」

「・・・・・いやうまいな!

 うわ、てかフォーカスも構図もめっちゃ決まってる、」

 月曜日、昼の物理室で私はライカで撮った写真をあーちゃんに見せた。

「てかりこちフィルム始めたんだ、カメラ何買ったの?うつるんですにしては綺麗すぎるしなあ。」

 少しの沈黙。

「引かない?」

「それわたしが聞いたやつじゃん。で、何?」

「マジでブレッソンと同じヤツでした!ライカM3買ったんだよね」ドン!

 ライカを取り出す。

 あーちゃんの目が見開く。

「え、やば、、、、、、

 引くわ」

「引いてんじゃん!」

「え、触らせて。」

「やーだ」

「じゃあ触らせないと入部認めませーん。」

「仕方ないなあ〜」

「・・・・フィルム入ってないよね、」

 あーちゃんが念押しする。

「うん。」

 チャッチャッ

「巻き上げがめっちゃ滑らかじゃん、ライカライカ言う人の気持ちもわかるわ〜」

「うわファインダー広っ!」

 カチャッ

「シャッター全然衝撃感じない。

 え、やば、」

 あーちゃんはM3に夢中だ。


 聞きそびれていたことを思い出す。

「そういえばあーちゃんが使ってるカメラって何なの?」

「それが祖父に聞いてもわかんないんだよね、キヤノンなのはわかるんだけど」

「今ある?」

「ちょっと待って。」

 あーちゃんがカバンの中を探る。

「これなんだけど。」

「見せて。シリアルナンバーがあればどの機種かわかるかも。」

「ここかな。」

「メモるわ。」

 私は書かれている数字をメモする。

「ちょっと調べるね。」


「いつの間にそんな詳しくなったの?」

「いやあなんかあーちゃんのカメラなんなんだろうとか”The decisive moment決定的瞬間”って誰が撮ったんだろう、何で撮ったんだろうとか調べてたらなんか勝手にハマってた。」

「えっすごいね。」

「あっわかった。Canon Ⅳsb改だ!1954年製みたい。」

「そんなことまでわかるんだ。」

「M3も54年発売だから、一応同世代のカメラってことになるみたい。」

「へぇーそうなんだ。なんか愛着湧いてきたわ。」

 あーちゃんは慣れた手つきで自分に向けてシャッターを切る。

「うわっやめてよ〜」

「どうせ空だから安心して。」

「なんだ〜」

「てかライン交換してなかったししよ」

「おけ」


 こんな感じでそれからあーちゃんと昼休みや放課後を過ごせるようになって、私は本当の意味で不登校から復帰できたと感じた。時間を潰すのが辛かった昼が楽しくなり、放課後も学校にいることが多くなった。

 そんなある日の部活のことだった。ゴミ出しじゃんけんに負けて掃除で少し遅れて部室の前に来ると、中にあーちゃんがいた。

彼女はカメラを窓にむけ、外の景色を撮っているみたいだった。少し邪魔するのが憚られたので、撮影が一段落したと思うところで入る。

「外撮ってるんだ。」

「そ、そうだよ。今野球部が走り込みしてたから。」

あーちゃんが少しぎこちなく答える。

「へぇー。」

少しぎこちない会話だった。何か気に触ることだったのだろうか。

「そういえば相談しときたかったことがあって。」

 あーちゃんが唐突に訊ねた。

「何?」

「卒部式なんだけど、来る?」

「あーどうしよ」

「普通卒部式って2年がやって1年は部長以外来ないんだけど、うちの部2年生がいなくて、でもお世話になったから私が卒部式やることになってるの。」

「そうなんだ。」

「でも当たり前だけど受験だからたぶん部室にも来てないしりこちは面識ないと思うんだよね。」

「確かに。」

「どうする?」

 少しの沈黙。

「行くわ。廃部回避できそうですって、本人がいた方が説得力あるでしょ。」

「マジ?ありがとう〜!」


 卒部式当日。私は見慣れない先輩と会うのに少し緊張した。来たのは3人ほどだった。普段は2人でちょうど良いぐらいの写真室は少し窮屈になる。あーちゃんが用意したお菓子を机で開け、先輩方にコップを配り、炭酸ジュースを注いでいる。

「あ、新入部員紹介するね。りこち〜!」

 呼ぶ声が聞こえた。

「あ、初めまして。住田理子と申します。」

「写真部入ってくれたんだって?いやあ助かったよ。3年の上村一也です。って言ってももう卒業しちゃうけど。あ、ここの部長やってました。」

「いや、大島さんが誘ってくれて、なんかカメラ沼ハマっちゃったんですよね。」

「と言うかその首からかけてるの、ライカだよね。玄人だなあ〜。」

「ほんと、知らない間に自分より詳しくなっちゃってびっくりですよ〜」

 あーちゃんが茶化す。

「あはは。」私は苦笑いする。

「そういえば住田さんは一年生だよね。」

「はい。」

「じゃあこの部はしばらく安泰だな。」

「どういうことですか?」私が訊ねる。

「春から弟がここに入る。だから部員の不足で廃部になることはない。」

「あ、噂の弟さんですね!」

 あーちゃんが食いついた。

「あいつは俺よりよっぽど写真に真面目だからな。ま、来たときはお手柔らかに頼むよ。」

「了解です。」あーちゃんが意気よく答えた。

「あ、そうだ住田さん、今から集合写真撮ってくれる?そのライカで。タイマー使えるでしょ、それ。君も入りなよ。」

「いいんですか。」

「最初で最後だけど、写真部員だからね。」

 私は思わず感極まってしまう。

「おーい、集合写真撮るぞ〜」

 上村部長が部員に集合をかける。

 私は本棚にライカを置き、露出をスマホで計測して設定した後、セルフタイマーを回した。

「行きますよ!」

 あーちゃんが部員に確認を取る。

「おっけーです!」

「行きまーす。」

 セルフタイマーのボタンを押した。


 ジジジジジジジ

 全員の目がセルフタイマーのレバーの動きに注視する。

 ジジジジジジジ・・・・

 みんな笑顔なのに張り詰めた空気が流れる。


 カチャッ

「多分オッケーです!」

 部員たちが動き始める。

「大島と住田さん、写真部を残してくれてありがとう。これで心置きなく卒業だ・・・・」

 そう私たちに言い残すと、上村部長は写真部の同期との会話に戻っていった。


 と思ったら戻ってきた。

「あ、一応自分のスマホでも撮っていい?」



 しばらくして春休みが始まった。進級はできた。学校側から欠席を補うだけのいろいろな課題をやらされたし、期末テストは後ろから一桁を取ったけど。

 学校がなければ昼の物理室や放課後にあーちゃんと会うこともない。そのことがすこし寂しくも感じた。

(まさか学校が恋しくなるなんてなー、

 でもこれでいっぱい写真撮りに行けるな)


 私は計画を立てた。地元の城、西尾城とその付近の城下町。大須商店街へのリベンジ。そして、岐阜基地航空祭。これらでのスナップ撮影巡りをすることにした。そしてもちろん、あーちゃんを同行人として誘った。

『こんな感じで3回ぐらい撮りに行こうと思ってるんだけどどう?』

『いいじゃん、大須とか楽しそう!』


 3月某日。

「晴れたねー」

 西尾駅に集合した。空はそこそこに晴れていた。風が吹いていたが、もう冬の刺すようなそれではなく、むしろ春を運ぶ風だった。

「わんちゃん半袖でもイケるかも。」

「言い過ぎだって。フィルムは詰めた?」

「ばっちり。」

 城下町をしばらく歩くと、西尾城に着く。

 城では2人で抹茶を飲んだ。2人で立ち上がって茶碗の写真撮った時には驚かれたけど。

「落ち着くなあ。」

「勉強とかやめて朝からこうやってまったりすごしたいわ。」

「それな!」

 茶屋を後にすると2人で城周りのスナップ写真を撮った。私は専ら城をいろんな角度で撮ったが、あーちゃんはたまにそんな私をも撮ってるようだった。これに関して言うと最初の時と比べて、そこまで悪い気もしなくなってきた。

「ここの木の間めっちゃ良いアングルじゃない?」

「うわ、かっこよ、じゃあ前に立ってよ。

 はいチーズ。」

 あーちゃんが城をバックに写真を撮ってくれた。

「これで36枚目。そっちも撮り終わったら教えて。フィルム巻いて待ってるから。」

「りょ。」

 あっという間にフィルムを消費し切った。私もあーちゃんもいくつか予備があるが、詰め替えた時点で昼になったのでまずフィルムを写真屋に出した後にフードコートで現像が終わるまで時間を潰した。

 フィルムを受け取って、今日の撮影を切り上げることにした。また駅で解散だ。

「写真どうだった?」

 私があーちゃんに尋ねる。

「秘密。春休み明けたら良いのだけ印刷して持ってくるね。」

「うわ、自分もそうしよ。」

「さてはボツ写真ばっかだな〜」

「そんなの、わかんないじゃん?」

 この日はこんな感じで終わった。


 3月某某日。


 キュイィィィーン


 駅から降りてしばらく歩いていると、甲高いジェットエンジンの音と一緒に頭上を戦闘機が通過していった。そう。今日は岐阜基地航空祭。

 基地内のエプロン前の集合場所に行くと、航空自衛隊岐阜基地所属のF-4EJ改の前で待っているあーちゃんがいた。

「音やばいね!」

 どうやらオープニング演目の真っ最中のようで、F-2やF-15、そして近々退役するF-4EJ改ファントムが目の前の滑走路でどんどん離陸していく。

 なんで戦闘機じゃなくて機種名で呼んでいるかって?こう見ても私はミリオタなところがあってここら辺に聡いのだ。

 ・・・・実を言うとクラスに馴染めなかったのも自己紹介でミリオタって言ってしまってクラスから引かれたからである。


「住田理子です。好きなものは戦闘機で、退役するファントムとか見てみたいです。ミリオタの人いたらよろしくお願いします!」

 静まり返る教室。


 ああ思い出したくもない!


「わ“かる、めっじゃうるさい」

 私の声もジェットエンジンの音にかき消されそうなほどだ。


 私の今日の目当てはF-4だ。エプロンに駐機してあるのを一通り撮ってから、バスで滑走路の向こう側の撮影スポットに向かう。あーちゃんはというと、

「こっちの屋台とか操縦席に乗るやつとかやりたいからそっち行くね!」

 と言って別行動になった。これで気兼ねなく戦闘機にシャッターを切れる。


 11時半。メインのファントム2機の演目飛行が始まる。

 一見すると戦闘機を撮るのに50mmという画角は不利かもしれない。しかしながら、この広角が真価を発揮するのはまさに頭上を通過する一瞬にある。

 撮影会場にはアマチュアからプロまで多くのカメラマンやミリオタが集まっていた。多くが重たい望遠レンズを両手で支える形で撮影を行なっている。

 望遠レンズの場合、遠くを飛んでいる戦闘機や近づいてくる戦闘機、横切る戦闘機を撮るのは容易いが、頭上を通過する、まさに距離が最短になる瞬間を収めるのは至難の業になる。戦闘機の飛行スピードは遷音速域であり、それは時速にして900km/h付近。それが頭上100mも行くか行かないかと言うところを通過するのだから、重たい望遠レンズ、かつその狭い画角でそれを捉えるのはプロにしかなし得ない技だ。

 おまけに、望遠レンズの欠点としてフォーカスの難しさが挙げられる。眼前を通過する戦闘機など、生半可な入門機のAFでは当然追いつけない。またシャッタースピードを最大限まで上げたいがために大口径の望遠を使えば、被写体深度の浅さからより高性能なカメラが必要となる。そして先にあげた通り、それを振り回せるのは手練れだけだ。また一眼レフにはシャッターが閉じる瞬間ファインダーが見えなくなると言う欠点もある。

 対してレンジファインダーであればシャッターを切る瞬間もファインダーを覗くことができるし、軽量な分戦闘機に追従もしやすい。またF8ぐらいまで絞ればほとんどの遠景は被写体深度の中に収まるので、そもそもフォーカスの必要性もない。画角が広い分、戦闘機は小さく映るが、それでも逃してしまうことはない。

 つまり、最強なのだ。

 高速で飛行する戦闘機はすぐに地平線の彼方に小さくなっていく。近づいてくる時も同様だ。頼りになるのは、耳。


 ブォオオオオオオオオオオオオオオン

(こっちだ!)

 キュイイイイイイイイイン

 カチャッ

 自分にしか感じないシャッターの感触を味わう。


 キュイイイイイイイイイン

 カチャッ


 キュイイイイイイイイイン

 カチャッ

 ・・・・

 気がつくと2機のファントムは着陸して、ドラックシュートをその尾にたなびかせていた。

 私はフィルムを巻き上げ、撮影会場からエプロンへのバスに向かう。


「どうだった?」

「めっちゃ撮れたと思う!音マジでヤバかった!あれ多分100mも離れてないよ!」

「そりゃ結構なことで。はいこれ!」

あーちゃんの手には焼きそばと麦茶があった。

「あーちゃん買ってきてくれたの?ありがとう!」

「あ、ちゃんとお代はいただくからね〜300円!」

「けち〜」

私は300円を渡す。

「まあ色々振り回しただろうしエネルギー回復しよ。糖分大切!」

基地内の芝生の木陰で私たちは昼食を取った。

カチャッ

隣でシャッター音がする。

「ごめん、良い顔してたからつい。」

「あ、そういえば何であーちゃんは私のことを撮るの?」

何気なく訊ねる。


しばらくの沈黙。


「あーちゃん?」


 ブォオオオオオオオオオオオオオオン

あーちゃんの口が開く。

「それはね、



 キュイイイイイイイイイン



だからだよ。」


「ごめん、聞こえなかった。なんて」

私が聞き直そうとするのをあーちゃんが遮る。

「りこち、ひとつお願いがあるの。」

それは今までになく、語気の強く、真剣味があって、ともすれば覚悟を持った声だった。


「私のことを、撮ってほしいの。」


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