8話

 

「どうしたの?店長さーん」

「え」


 少年から成長過程の途中と言った風貌の優しい、でも格好いい学生さんが一人、俺の目の前を何度も手をフリフリとさせている。見た目は悪戯好きっぽい顔付き(年下の格好いい子)をしているけど、今その顔は『心配』という言葉が当て嵌まる様に俺を見ている。


「あ~…ごめん、ぼーとしていたね」

「お疲れ?」

「うーん、そうかもね」


「夏風邪?」と小首を傾げて聞いて来る学生さんの隣には、これまた誰もが羨む程綺麗な顔をした学生さん。このお二人さん、α同士だけどお付き合いをなさっているらしい。

 今も俺に話し掛けて居るけど、手。

 カウンター下で確りと繋いでいる、実に初々しいカップルさんです。


 こう、なんて言うか可愛いらしいと言うか。


 ごめん、本音言います。


 圧倒的リア充!

 でも眼福!目の癒し!

 神様有難う!また本日も健やかに過ごせます!


 何だか「あれ?」とキョトンとした顔付きの学生カップルの前に本日の朝食セットを2つ。

 本日の朝食セットは珍しくトーストと御飯から選べます。

 因みにトーストはこの朝食セットを始めてから初の試み。それでも問答無用で味噌汁は付いて来ます。拒否は受け付けません。その代わり味噌汁の具は多めにしてみました。ジャガイモとワカメと油揚げ。それと最後にとろろ昆布。

 ごちゃまぜという感じに見えるけど、これ田舎の婆ちゃんがよく作ってくれた一品。

 しかも油揚げは昨晩のうちに一度湯掻いてから炙っております。香ばしくて旨いよ、自画自賛しちゃうよ。

 更に、


「…トースト、海苔が乗っている」


 唖然とした面持ちでお皿に乗っているトーストを見て固まっている学生さん。お名前は確か、一戸京夏君だったかな。


「海苔トーストか、面白いな」

「意外と旨いですよ、これ」


 駄目なら御飯にしましょうか?と一戸君に言うと、「食べてみます」と言ってからひとくち、口に入れて。


「…うまい!」


 もう一口噛んでから、


「何これ、何これ、店長これ旨い~!海苔の香ばしさが口いっぱいに広がって、それで、それで!」

「落ち着け京夏」

「でもでもでも!ひろ、美味いよ~!」

「ほら、口の端についている」


 おおぅ、何だか早朝からイチャイチャを拝ませて頂いておりますよ。

 流石にじっと見ているワケにはいかないからと、洗い物をしながら時折店の入口を見る。うん、今日は日差しがキツイねぇ。そう言えば学生さん達、今夏休みか。課題とかどうしているのかな…とやや現実逃避する。

 視界の暴力と言う、イチャコラ凄いからね。

 若いなぁ…と、20代のまだまだ若いつもりの俺は遠い目をしちゃうよ。


 今日は他にもβのお客さんやらαのお客さんが何名か店内やら店の外の席にも居て、意外と海苔トーストが好評で何名か食べてくれている。

 それでも時折トーストには味噌汁が駄目な人もチラホラ。

 そういう人は御飯にしたりしているけど、どうしても海苔トーストが食べたいという人には+100円で出している。

 更に、何故か海苔トーストをお代わりする人が居てびっくり。


「店長美味しかった~!また来るね!」

「ご馳走様でした」


 先程の学生さんも海苔トーストを確りとお代わりし、満足そうにして去って行く。


 何だかすっかり朝食セットが主流になっちゃっているなぁ当店は。

 そう思いながら、人が空いて来た間にカウンターやテーブルを簡単に掃除し、食器類を洗っていると、


「店長、まだ朝食やっている?」

「大家さ…嵯峨さん。はい、まだありますよ」


『今日も』αのお客様が多めに店内に居ると、少なくなってから来店する嵯峨さん。

 相変わらず気遣ってくれるなぁと、微笑んでしまうと何故か嵯峨さんが硬直する。ん?何で?停止している?と思っていたら、


「店長」


 やっと動き出した嵯峨さんが、カウンターに座ると俺の方を向いてから口を開け、


「いや、小林さん」


 んん?

 何で改まって?と、見ていると、


「小林眞宮さん」


 何故かフルネームで呼ばれた。

 と言うか、下の名前で呼ばれるって随分と久し振り。Ω専用の病院の受付で名前呼ばれる時ぐらいしか最近はないなぁと思い返していると、


「その」

「はい?」

「付き合って下さい」

「何処までですか?」


「え」と口を開けて固まる嵯峨さん。

「もしかして遠回しに断られた?」とか言う声が出ていますが、「断られた」って何が?

 俺、何か変なことを言った?

 小首を傾げていると、「その」とか、「ええと」とか小さな戸惑った様な声が聞こえて来る。

 そうして、


「これを」


 と、アレ。

 何故綺麗な真っ赤な薔薇の花束を俺に渡して来るの?しかも嵯峨さんの顔は真っ赤に染まっていて。


「え、え、え?…ひぇ」


 そ、そうだよねー、大人が「付き合って下さい」って言ったのに、何故俺は「何処までですか?」なんて変な言葉を素で言っちゃったのだろうか。

 鈍感にも程がある!


 流石に嵯峨さんのこの行動で察しがついた俺は、どうしたら良いのかわからなくて頬が熱くなる。

 先日神社で告白めいた言葉を言われた気がするけどー!


「受け取って下さい。俺の気持ちです」

「ふわ、あ、あのっ」

「返事、何時までも待っています」

「あ、あわわ…」

「朝食、お願いします」

「はぃぃ!」


 すげーよ、すげーよ!

 初めて花束貰っちゃったよ!とても綺麗な赤い薔薇の花。

 何十本あるんだよこれ、絶対高いやつ!しかもプロポーズ用っぽい!!そう言えば何処かで薔薇の数で意味があるとかなんとか。どうしようどうしよう~!


 混乱していたらいつの間にか時間は過ぎていて、嵯峨さんは御飯を食べて帰っていった。

 しっかりと海苔トーストをお代わりして。


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