転生勇者の世界一短い武勇伝【1話完結短編】

九条信

転生勇者の世界一短い武勇伝

気付いた時には質素な家のベッドに横たわっていた。身体中に痛みがあり、動かせないし、目も見えない。気付いてから数日、数週間の時が経ち、意識のある状態とない状態を幾度となく繰り返した。


そのうちになんとか首が動くようになり、ついに会話もできるようになっていた。


「あら、気が付いたんですね。倒れていたから連れてきちゃったけど、意識が戻らなかったらどうしようと思っていたんです」


可愛らしく笑う彼女はおそらく毎日俺の世話をしてくれていたその人なのだろう。献身的で可愛らしい少女だ。年は日本であれば高校に通う頃だろうか。


事故に巻き込まれたり、死んだ記憶もないのだが、日本の文化や生活が鮮明に思い出せる上、更に「異世界転生なのではないか」という感想が最初に出てきたのは、俺が紛れもない日本人の証だと思う。


その俺が聞き慣れない魔法の話や、ドラゴンの話、魔王の話まで出てきたら、これはおそらく日本ではなく異世界だと考えるのが妥当だろう。


もちろんからかわれている可能性も否めないが、彼女と会話することしかできない今の俺にとっては彼女の話が世界の全てだ。自分の足で外に出られない以上、わざわざ否定する理由もない。


「お父さんは出稼ぎに行ってるからたまにしか帰ってこないの。最後に帰ってきたのは半年前。年頃の娘を1人でおいていくなんて不用心ですよね」


彼女の不満を漏らす言葉からは何故か嫌なものを感じなかった。責めているようで甘えているような天邪鬼な文句からは、家族との仲の良さがうかがえる。そんな彼女の話を聞くことが好きだった。


俺の家庭が幸せだったかは覚えていないが、きっと彼女ほど幸せそうに語ることはできなかっただろう。完治したらそんな無垢な彼女とも離れことになるだろうと思うと少し寂しく感じていた。


◆◆◆


「魔族って怖いのよ。姿形も怖いし、悪い魔法で私たちを苦しめてきたのよ」


彼女は心から怖いと言ったように効果音も含めた語り口調で俺に魔族の怖さのなんたるかを教えてくれる。そんなふうに俺は彼女との生活の中でこの世界の知識を学んでいった。


魔族と人間は、魔術と技術での戦いを繰り返している。

魔族の持ち物には価値があり、弱い魔物を定期的に狩りにいく冒険者という仕事があるということ、勇者の召喚が行われて戦争が終結すると言われていること。


おそらく転生前も、そして寝てばかりいる今も、毎日同じことの繰り返しである俺には刺激的な話だった。


目に大きなダメージを負っていたらしく、しばらく目の見えない生活をしていた俺もついに目が見えるようになる。そうなると今まで知り得なかった様々な情報が手に入るようになり、日々の楽しみは増えていった。


想像することしか出来なかった部屋の雰囲気も、この世界で一度も見たことがなかったボロボロの自分の身体も、彼女の綺麗な銀髪、華奢な身体、整った顔立ちも今なら見ることができる。


そして知ることになる。

家の外は昼夜関係なく暗いこと、毎日食べていた食事の色が紫や赤であること、そして彼女の目が見えないことも。


「君は目が見えなかったのか」

「あら、ってことはあなたは見えるようになったのね」


いつだって明るかった彼女はこんな時でも明るかった。

生まれつきなのか、何かの事故にあったのか、どちらにしても楽しげな彼女にその理由を聞く気分にはなれず、結局変わらない生活が続いていた。


目が治ってからの回復は早かった。目が見えるので身体のリハビリも勝手に出来るようになり、しばらくすると歩けるようになっていた。室内で物に掴まりながら歩くことに慣れてきた頃には、逆に彼女の方がひどく体調を崩し、気付けば体調不良で寝ている時間は逆転していた。


そうなると家事をするのは元気な俺の仕事になり、家事を通して彼女がどんな生活をしていたのか詳細に知ることになる。


毎日出てきていたご飯は箱から出てくると言われた時には耳を疑った。ボタンを押すと健康的な食事がバランスが出てくる便利家電のようなものらしい。


「仕組みはわからないけど、これを食べている限り死なないわ」


俺には信じがたい色や形をしていたが、その感想をグッと飲み込む。これ以外に食べるものがない以上、文句を言っても何も変わらない。わざわざ彼女を不安にさせる理由もなかった。


「家は自動制御の防衛システムが搭載されているのよ。

 家を出ない限りは安全が保障されてるって安心よね」


相変わらず仕組みを理解している様子は一切なかったが、今まで無事に生きているのである程度は事実なのだろう。家の外は魔物がいて危ないということも彼女の口から聞いただけで確認はしていないが、それまでは外出をする機会もなかったので、特に気にすることはなかった。


しかし、彼女が体調を崩したことで、薬を求めて外出する必要が生まれる。外出すると決めたその瞬間、何故かゾクっとするような怖さを感じる。


初めての外出が怖いなんて子どものようだが、初めての異世界外出なのだからそれも仕方がないのかもしれない。しかし彼女の危機ならば仕方ない。正直なところ異世界に踏み込むワクワク感があることも事実だ。


高熱で意識が朦朧としている彼女に「いってきます」と声をかけ、この世界のお金をポケットに突っ込み、大きな深呼吸で心を落ち着け、ついに異世界への扉を開ける。


◆◆◆


「これが、異世界」


扉を開けると強い風が吹き込み、視界を塞いだ。

少しずつ目を開けられるようになり、目の前に広がる異世界の景色はどんなものかと心を躍らせる。


しかし、目の前に広がっていたのは砂嵐の激しい、廃墟同然の街だった。


魔物の気配はもちろん、人間の気配もない。

砂嵐が弱まるタイミングで移動を繰り返し、様々な家に入るが、人もいなければ薬や食料も見つからない。


図書館や本屋、印刷所を見つけては書籍や新聞を探し出し、できる限りの情報を集めるが、どれを読んでも世界は既に滅んでいたという事実に行き着く。正確には王国と呼べるものも、人間が栄えるのに必要な環境も失われていた。


気まぐれに残された旅人のメモを見ると、この状態でも数十人程度の集落はあるらしいが、どこも人口が増える気配はなく、残り僅かな人生を大切に生きているという。


この状態でも旅に出る人がいるのは人間が好奇心の生き物だからなのだろうと持論を展開し、この状況で書籍を探す自分もとても人間らしいなどと勝手に納得したりしていた。


長い探索を終え、彼女の家に戻れば、唐突に日常が戻ってくる。

世界は崩壊しておらず、人間と魔族が小競り合いをしている平和な異世界だ。


「遅かったけど、薬は買えなかった・・?」


不安げな表情でこちらを向き、悪いことをした犬のような雰囲気でこちらを覗き込んんでくる。目は見えないはずなのに、あざとい。


「いや。医者に聞いたら薬使わなくても治る程度の風邪らしいから食料を調達してきた」


ほとんど嘘だった。医者はいなかったし、本で症状を調べると不治の病の末期で直す方法はもうなかった。あったとしても直すための薬も医者もいない。そもそも薬はどこからも手に入れられない。唯一の救いは店の奥底に眠っていた食料を見つけられたことだ。


「ならよかった!食料って何を買ってきたの?」

「わからん。多分肉」

「なにそれ。美味しくなかったらもう一度買いに行ってよね」


おちゃらけて楽しそうに話す彼女を見ていると自分の言った嘘にもかかわらず、自分でも信じてしまうような瞬間が何度もあった。それくらい彼女は全力で幸せそうな表情で笑う。


拝借してきた缶詰の肉は鶏肉のような食感だったのだが、容器が風化しすぎていて、結局正体を知ることはできなかった。


それから定期的に外に出ては、書物を読む生活が始まった。

外に出る度に新しい知識を得て、それを元に俺は楽しい外出の土産話を彼女に届ける。作り話だが、書物で読んだ知識を散りばめることで、それは限りなくリアルになる。


「今日は魔物を退治してきた。草原のスライムだ」

「あら、さすが異世界勇者様!」


どんなことを話しても楽しそうに聞いてくれる彼女は俺の全てだった。怪我の治った今、どこにだって行けるのかもしれないが、何処にも行きたくはならなかった。


彼女の病を調べ、進捗を把握する。

治らないとしても出来るだけ苦しまず、長生きして欲しい。

自分勝手だと思いながらも、その方法を調べる為にいつもより遠くまで散策する。


そんな時はいつも丸一日は家を空けることになり彼女も心配したが、彼女を不安にさせるわけにはいかないと、大冒険の話をして誤魔化した。


「今日も遅かったけど、何かあったの?」

「実は王様に魔王討伐を頼まれてさ。今周りの街を調査しているんだ」

「あらすごい!もうすぐ英雄になるならお祝いしなくちゃ」


しかし、そんな元気な会話をしたのもこれが最後だった。

次の日から急激に彼女は弱り、反応も徐々に鈍くなる。


「今日は魔物に囲まれた商人を助けてきた。

 雑魚の集まりかと思ったら魔物も群れでの連携攻撃はバカにならないんだな」

「最近まで目が見えなかったのだし、

 魔物と間違えて商人さんを殺したりしてないでしょうね・・?」

「もし俺がそんなことしてたら今頃牢獄に入っているよ」

「あら、あなたなら牢獄からだって出てきてもおかしくないわ」


「今日はドラゴンと戦ったんだ。

 あいつら火を吐くから専用防具が必要で、稼いだお金が吹っ飛んじまったよ」

「勇者様はそんな防具なくても勝てるんじゃなくて?」

「俺をなんだと思ってるんだよ!」


「今日は死神が出てきたんだ。

 気持ちの弱さを見せたらそのまま魂を持ってかれちまう。

 でも、俺は君の家に帰りたい一心で乗り切れたんだぜ」

「死神まで倒したの?あなたって最強ね」


「今日は魔物の国を偵察してきたんだ。

 魔物は全員が悪いやつだと思っていたが、そうでもないらしい。

 倒すべき相手に違いはないが、無駄な争いは避けたいと思ったよ」

「...すてきね」


「今日は、魔族の幹部とやり合ってきた。

 案外、他の魔物と変わらないんだな。楽勝だったよ。

 もうすぐ平和な世界を見せてやるからな」

「ええ」


「今日は、魔王を倒したんだ」


彼女の容態は加速度的に悪化し、後半は声を出すのも辛そうだった。

容態が悪化する度に、魔王を倒す武勇伝の進み具合も早めていく。


叫び声を上げてもおかしくないほど辛いはずなのに、俺の武勇伝を聞かせると、彼女は嬉しそうに口元を綻ばせた。この瞬間だけは本当に幸せそうな表情を見せてくれた。


それが嬉しくて仕方がなくて、俺は話し続けた。

そして、武勇伝の中の俺は一週間で魔王を倒す最強の勇者になっていた。


魔王討伐依頼も、魔物との戦いだって存在していないと気付いていたかもしれない。

最後なんて、彼女に俺の声が聞こえたかどうかさえわからない。


それでも彼女の信じる世界では、俺は最強の勇者だった。

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