第3話 知らないことばかり

 まず王都に立ち寄り、それからミケーネス領へ向かう予定だったので、先に見物するつもりで壮麗な王都の門をくぐった。身分証はアド・ファルルカから送られて来ていた。


 私には亡くなった母の代わりに一代限りの男爵の位と慰労金を貰ったのでアド・ファルルカが後見人として手続きを行ってくれたとあった。貴族の身分は私には必要ないと返事を送ったけど、その爵位を持っていても何かを課せられる事は心配しなくても良い。だから邪魔になならないので貰っておけばよいという事だった。


 飛竜を飛ばす発着地は決めてあるので王都では門をくぐってすぐの場所に竜を預けられる竜舎があった。東西南北に王都の門はあるけど、飛竜を連れている場合は、最初に入った門からまた出発となる。


 飛竜を街中を連れて歩くわけには行かないので仕方がない。銀貨一枚で10日預けられる。私の感覚では高額だけど、飛竜はお金を持っていない人にはそもそも買えないのだから普通なのかも。どの位王都に留まるのかまだ決めていなかったので、とりあえず銀貨一枚を渡した。


 私の飛竜は珍しい種類で、銀目だった。普通飛竜は金目なのだけど、突然変異で銀目が生まれるらしい。


「あんた凄いな、その年で飛竜を乗りこなすなんて、竜使いの一族の出なのか?」


 竜舎を出ると突然知らない大柄な男の人に話しかけられた。


「え?ううん、違うよ」


 話しかけられておもわずそう言った。だって竜使いとか知らないし。


「俺は運び屋やってるんだが、あの竜を融通してもらえないか?銀目をずっと探していたんだ。金ならある」


「えっ?駄目だよ。大事な竜だから。誰にも渡す気はないの」


 ちょっと嫌な気分になってそう返す。だいたい初対面でこういう風に話しかけるのは王都では普通なのかな?


「そう言わずにさ、これも何かの縁だと思うんだ。言い値で買うよ」


 銀色はこの国では魔を寄せ付けない色とされていて、人気が高いと母に教えられた事がある。


 だからヨーイも銀色にしたのだと聞いた。


 日差しが強かったので深く被っていたフードをおろして顔を出して相手を睨む。


「悪いけど、売る気はないから」


 すると私を見た男は私を見て急に態度を変えた。



「何だよ、汚い恰好してるし、平民の子供かと思ったらお貴族様かよ・・・今のは忘れてくれよ、悪かったな」


 私の周りを見回してそそくさと踵を返した。


「嬢ちゃん気をつけな、子供や女は目をつけられやすい。まあ、そんな綺麗な金髪や目をしてるんならお貴族様だろう?護衛が近くにいるんじゃないのかね?だからさっきの男もまずいと思って逃げたのさ」


 露店商のおじさんがそう言った。


「なるほど、そうなのね。護衛は・・・いるけど・・・」


「クケー」


 ヨーイが間抜けな声を出して飛んできた。私の肩にとまって、そうだそうだというように、身体を前後に振っている。


「おや、精工な自動人形を持ってるね。色が黒けりゃ本物の鴉に見える。誰の作だい?」


「誰って、母が作ってくれたの・・・」


 それに護衛といえばヨーイなんだけど、と思いながら返事をした。ヨーイは強い。戦闘に特化して作られている。


「ほうそりゃあすごい。なかなか自動人形を作れる魔導士はいないからね。盗られないように気をつけなよ」


「そうなんだ。私はものを知らないから、教えてくれてありがとう、おじさん。それで、王都で一番賑やかな場所はどこかな?お土産を買ったりしたいんだけど」


「ああ、王都は初めてなのかい?それなら戦争が終わって祝いの市場が暫く開かれているからそこがいいよ。城の正面にある中央広場だよ、行ってごらん」


「そうします」


 笑顔で手を振って別れた。


 王都に来たばかりなのに知らないことばかりだ。髪の色や瞳の色で貴族を判別するとか、知らなかった。


 そういわれて見れば、ここにいる人達は暗い色の髪が多い。


 しかし、ヨーイを盗ろうなんてしたら大変な事が起こるだろうけど・・・。人の腕くらい簡単に引きちぎってしまう。そんな事を街中でやらかさないようにヨーイに注意しておかなくては・・・。


「ねえ、ヨーイ、悪いことをする人に出会っても、身体を壊したりしてはダメよ。私が罰を受ける事になるかもしれないから、眠らせるだけにしておいてよね」


「クケー」


 さっきと同じように身体を前後させてヨーイは頷いた。


 おじさんが指さして教えてくれた方向に歩いて行く。人通りが多い。街道の両脇に並ぶ露店の種類も様々で見るだけでも楽しい。歩き回って美味しそうな食べ物を買ってマジックバッグに詰めた。


 このバッグは母が使っていた物を家から持って来た。中身の時間の経過が無いので食べ物を運ぶのに最適だ。


 見た目が使い古した普通のバッグなので目立たない。


 噴水で手を洗い、近くの木陰を見つけて歩道のレンガに腰を下ろす。


 バッグに手を突っ込み、まず取り出したのが 油紙に包んでくれた串に刺したイカ焼きだ。所々に切れ目が入れてあり、食べやすくしてあるらしい。かなり大きい。旨そう。この香りにやられて引き寄せられた。


 私は森に住んでいたし、近くの町は海から遠かったのでイカ焼きって食べた事がない。包を開くと焼きたての熱々のままで、甘辛いタレの香りとイカの香りが押し寄せてきた。圧倒的な魅惑の香りだ。


 まず、えんべらの部分にがぶりと噛みつくと、甘さとしょっぱさ、そして香ばしいタレの風味が口中に広がる。


 弾力のあるイカは、口いっぱいに食いちぎって噛むと意外と柔らかくプチプチと容易く嚙み切れた。


「熱っ、ん~うっまい・・・!」


 このタレとイカの風味がなんて合ってるのか!食感というか歯ごたえもいい!


 完食して、指についたタレを舐めとっていると、誰かが誰かを呼ぶ声が聞こえてきた。


「フィルシャンテ!何をしているんだ?」


 近い?声のした方に思わず振り向く。


「ヴィード?」


 私はひっくり返りそうな程驚いた。なんとそこに立っているのは私の家政 自動人形オートマタヴィードにそっくりの男だった。


 本当にそっくりだ。銀髪巻毛にコバルトブルーの瞳。大切な私のヴィードに。


 


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