第2話 王都へ 

 私は飛竜に乗って数日かけて王都に辿り着いた。誰でも飛竜に乗れるわけではないらしい。


 飛竜は乗る者を選ぶ。竜に選ばれなければ乗ることは出来ない。不思議な事だが、一度でも竜に認められれば、どの竜も乗ることを許すらしい。


 どうして私が竜に乗れると思ったの気になって母に聞いたことがある。


「貴女の父親は竜騎士の家系の出だから乗れると思ったのよ」


「私のお父さん?貴族の人だって言ってた人ね。その人は王都で生活してるの?」


「ええ、そうよ。でも私たちとは別の奥さんと子供がいるの。もう彼とは縁を切っているから他人よ。だからもし出会うことがあっても、他人だと思って接した方が傷つかなくて済むから・・・貴女もそうなさい」


 過去、もっと幼い頃に何度か自分の父親について詳しく知りたくて母に聞いたことがあったけど、適当にはぐらかされていた。やっと理由を聞いて、なるほど、そういう事なのか、それで話したく無かったのかと納得出来た。


 でも、お母さんが亡くなって、お父さんがいるのなら遠くからで良いから見てみたいと思うのはいけない事だろうか?何も迷惑をかけるつもりはない。どんな人なのかこっそり見たいだけ。それもダメな事だろうか?


 私の母は豊かで艶やかな赤い巻毛で緑の瞳の、肉感的な魅力のある(豊満ボティ-の)美しい人だった。でも私は金髪の直毛で髪飾りを着けてもするすると落ちてしまう程だ。瞳は薄い水色で、母とは全く違う容姿を持つ。身体は髪が短ければ少年にも見間違えそうな薄い身体だった。でも身体つきは成長すれば変わるかもしれないじゃない?


 ここまで違えば自分は父親に似ているのだろうと思った。見た目では母とは似たところがない。けれど母は私の容姿を綺麗だとよく褒めてくれた。愛おしそうに見つめてくる視線には、私を通してその向こうにいる人への情念が透けて見えるのだ。それでも、吹っ切るように視線を止め、私に笑いかけてくる母がなんとも悲しい気がした。


 赤毛と緑の瞳は魔女の家系の特色の様だ。その色の濃い薄いはあれど、魔女は皆、赤毛で緑の瞳だそうだ。


 ああ、だから私は母のような魔女の才能がなかったのだと思った。これは残念な事だった。私は母のような魔女になりたかったのだから。


 よく、子供のころは母を困らせた覚えがある。


「どうしてお母さんみたいにできないの?わたしはダメな子じゃないの?」


「そんなことない、ジュジュは魔女の血を濃く引かなかっただけよ。それはダメな事じゃない。魔女にならなくても貴女の好きなことをして生きていけるの。お母さんが協力する。なんでも好きなことをして生きていけるわ。きっと楽しい人生よ。素敵でしょう?」


 同じようなやり取りを何度も、何度もした。


 





「そうね、もし、ジュジュが城の竜騎士になりたければ、城の竜騎士試験に受かればなれるわ」


 そう母は言った。確か初めて自分で竜に乗った日の事だ。確か十才の時の話だ。


「竜に乗れたら他には何になれるの?」


「そうねえ、商会なら引くて#数多__あまた__#だわ、竜に乗れる運び屋は希少だから。どちらにしても、お給金は良いわよ。ねえ、でもお金は沢山あるの、生活のために働かなくても好きな事をすればいいわ」


「竜に乗るのは好きだけど、ここから離れるのは嫌だわ。もっと薬草の勉強もやりたいし」


「好きなだけ、好きな事をやりなさい。ここは貴女の家で、貴女はたった一人の私の娘よ。貴女が何をする時もお母さんは応援しているから」


「うん、ありがとう。お母さん」


 母は私を大切にしてくれた。私の存在を否定する様なことは一度もなかった。


 優しい想い出がいっぱいここに詰まっている。私は胸の上をそっと押さえた。




 王都に着くまでに一つ寄り道をした。魔女のアガダルおばさんの所へ寄ったのだ。母はこの人と懇意にしていた。


 アド・ファルルカが連絡を取ったのもこの人だったのだ。バラスの塩湖の底に住んでいる。


 入るのには結界を開く呪文の刻まれた札が必要だ。それは母から預かっていた。ここも同じように古の魔女の結界が張ってある。


 棘草の森には、よく自作の焦げたアップルパイを作って持って来てくれた。焦げていてもとても美味しくて、そのほとんどを私が平らげるものだから、おばさんは呆れていたけど。


「ゼフレールが亡くなったって聞いて驚いたよ。あの子は魔女なのに国に尽くした、それだけ守りたい者がいたんだろうけど・・・逝ってほしくはなかったねぇ」


 おばさんは神経痛が酷いと前から言っていたので、私が調合した神経痛を和らげる薬を手土産に寄った。


 私の訪問をたいそう喜んでくれたけど、王都に行くなら、人間には心を許さない方が良いと言われた。


「でもおばさん、魔女も人間でしょう?」


「いいや、魔女は限りなく人に近いけど、同じじゃない。ゼフレールは肝心な事を教えていないんだね。いいかい、魔女は死ぬような事さえしなければ長生きだ。私だってもう300歳を超えてるんだから」


「ええっ!お母さんはでも37歳だって言ってたよ?」


「あんた、それは137歳の間違いさね。まだまだヒヨッコだよ」


「じゃあ、私もそうなの?」


「どうかね?あんたは魔女ではないけど、だいたい混ざっていれば長命だからね。そういうことがあるから、人間には入れ込み過ぎず一線引いて付き合うのが一番なのさ。結局は自分が傷ついたり悲しい目にあうからさ」


「そうなんだ。人間と同じ時間を過ごせないって事ね。でも、どうしてお母さんはお父さんを好きになったのかな?」


「それこそ生きていれば何が起こるかわからない。魔女と人は違う生き物さ。無防備に人を好きになれば、人の世界の決まり事に疎い魔女は傷つく事になるんだよ。そりゃあ、あんたの母親も同じ時を過ごせなくても一緒に添い遂げたいと思った男に裏切られたんだ。だから簡単に人に心を預けてはだめだよ。わかったかい」


「うん、おばさん気を付ける。ありがとう」


「それにしても、ゼフレールはあんたに何重にも守りをかけてるね。まるで呪いのようだ・・・。私にも手が出せないほどに強い・・・何故こんなことをしたんだろうね?」


「えっ?どういうこと?」


「いや、分からない。魔女のする事だからね。本人にしか分からないさ。まあ気を付けて行くんだよ」


 おばさんの言うことは要領を得なかった。


「はい、気を付けて行ってきます」




 


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