第55話 記憶画像

大分落ち着きを取り戻し、涙を服で拭いながら東夜が答えた。




「でも……、どうしてこんな」




よく状況が飲み込めないまま、孝は言った。




「俺は病死だと聞かされてた……。でも違ったんだ! 美由紀は……自殺したんだ!」




再び、パニック寸前になる東夜を孝は「わかった、わかったから」と優しい口調でなだめた。



孝は東夜の背中をさすってやりながら辺りを見回した。



妹のこともこの病院のことにも詳しくない孝は別の違和感を覚えていた。



何かがひっかかるのだ。



あの頃、この病院に何かがあった気がしてならない。



もしかして、医療ミスでもあったっけ?



東夜の妹の自殺?


それとも……。



「あ!」



思わず孝は声を上げた。



「東夜、妹さんが自殺したのは新聞に載ってないよな? だからお前も病死という狂言を信じてた」



咄嗟の質問に、東夜は眉を寄せて怪訝そうな表情をする。



「いや、悪い。でも、病院で自殺をして新聞やテレビに載らない事って少ねぇだろ? しかもこんなに小さい子が。もしかしたら、裏で何かあるのかもしれねぇ」



孝の言葉に、東夜はようやく顔を上げて頷いた。



そして、その記憶は映画のワンシーンのように蘇ってきた。



そう、この日だ。



美由紀が持っているマンガを東夜が持ってきた日。



いつも通り院内に入らずに帰った、でも……それは帰りがけの事だった。



救急車や消防車が次々と病院の方へ向けて走っていくのを見たのは。



「火事だっ!」



瞬間、誰かが大きな声で叫んだ。



非常ベルがけたたましくなり響き、患者を運び出す看護婦達。



「そうだ……この病院は潰れたんじゃない、火事で全焼したんだ」




東夜の記憶は今鮮明に蘇っていた。



妹の死によって、ともにかき消されていた記憶が。



「とにかく、俺たちも逃げよう!」



急かす様に立ち上がる孝。



東夜は、美由紀の遺体を抱き上げようとし、その瞬間言葉を失った。




目の前にいるのは、数年前の茂の姿だった。



茂はまだ幼い顔をしていて、だが真っ直ぐにこちらを……、いや、美由紀を見詰めていた。



「茂……」



今の東夜の声は茂には届かない。



茂は美由紀の体を抱き上げると、そのままあの長いすへと運んだ。



「何してんだよ」



東夜の声が震える。



誰もいなくなった院内、茂は美由紀の体にペットボトルに入った液体をかけ始めた。



そして、それを見ている病院の委員長。



異様な空気が辺りを包む。



その液体が灯油だと気づくのはすぐだった。



ツンと鼻をつく匂いに東夜と孝は顔をしかめた。



「院内で自殺者なんて縁起でもない」



茂は軽く声を立てて笑いながらそう言った。



まるで、壊れた人形ような表情だ。



「火事と一緒に燃やしてしまえ。どうせこの土地は売り払って新しい病院を建てるんだ」



院長はそう言い、徐々に上がってきた室温に顔をゆがめる。



でも、まだ火はここまで来ていないし、出入り口もふさがれていない。



茂は面白そうに美由紀の体を見詰めていたと思うと、やがてそれも飽きたのか、マッチに火をつけ、それを躊躇する事なく美由紀の体に投げ捨てた。



一瞬にして燃え広がる炎。



「東夜、逃げよう!」



孝が東夜を引きずるようにして外へ出た。



すると、次の瞬間今までの事が嘘だったかのように辺りに静けさが戻る。



東夜はその場にじゃが見込み、今見た悪夢を必死に消そうとする。



「大丈夫か?」



掛ける言葉が見つからず、孝が同じようにしゃがみ込む。



あの長いすは皆が美由紀のために場所を空けていたのだ。



美由紀の死に場所のために。



東夜は血が出るほどに強く唇を噛み、怒りに身を振るわせる。



茂が何故あの病院と関係していたのか、そんな事どうでもよかった。



まるで人形のように簡単に、人の妹を燃やしてしまった茂に怒りを感じない人間などいるだろうか。



そんなの神様ですら許さないだろう。




「罰ゲームはお楽しみいただけたかな?」



陽気な口調で言ったのは、いつの間にか近くにたっていた茂だった。



「茂……」



東夜と孝が茂を見上げる。

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