第36話 6+1
☆ ☆ ☆
ガチャンと、重く冷たい、しかし体に羽が生え大空へ飛んでいけるような音が、薄暗い部屋の中に響き渡った。
「出ろ」
檻の鍵を開けた男が一言そう言い、顎で合図した。
洋太はそれを半場夢の中にいるかのように、信じられない様子で眺めていた。
今まで目の前にあった鉄格子が、今はない。
それが、まるで奇妙な幻覚を見ているかのようにさえ感じる。
しばらくそのままの状態で動けずにいると、男は小さなため息を吐き出し、強引に洋太を檻の外へと引きずりだした。
洋太は、男に支えられながら、まるで子鹿のようにヨタヨタと足を前へ運ぶ。
檻から一歩出た瞬間、薄暗いはずの部屋がやけに明るくなったように見えた。
「いいのか……こんな事をして」
まだ、この状況を飲み込めずにいる洋太の口から、そんな言葉がこぼれた。
「構わないさ」
男はそれだけ言うと、洋太を出口へと導いて行った……。
☆ ☆ ☆
洋太は男の後ろをついて歩きながら、その後姿に息子の勇太を交差させていた。
部屋は思ったよりも広く、出口までには細い灰色の廊下を歩かなければならなかった。
重たい扉の音が、やけに遠くから聞こえてきていたのは、この広さが原因みたいだ。
「なぁ」
洋太は、後ろ姿の男へ話しかけた。
「何だ」
男は、振り返らずに答える。
「お前はもしかして……」
男の前方に、鉄の観音開きの扉が見えてくる。
あの扉が、きっと外へと繋がっているのだ。
「勇太……」
男に聞こえるかどうかの小声で、洋太はそう言った。
男が驚いたように目を見開き、振り返る。
その、瞬間だった。
狭い廊下に一杯の光が入り込み、それと同時に、バンッ!と凄まじい爆発のような音がした。
開かれた扉。
その向こうに、迷彩服とマスクをつけた男。
両目を見開き、何かを叫ぶ若い男。
それらが、まるでスローモーションのように、ゆっくりと流れていく。
やがて、洋太の目には冷たく無機質な灰色の天井だけが映った――。
☆ ☆ ☆
見事に心臓を打ち抜かれたホームレスを見て、斉藤竜は思わず顔をしかめた。
「どうだ、俺の腕前は」
自信満々にそう言い、拳銃の銃口にフッと息を吹きかける同僚。
竜は軽く方をすくめ「あぁ、見事だ」と、上辺だけの褒め言葉を投げかけた。
「でも、もうやめてくれよ。俺に当たったらぶっ殺してやるからな」
「当たったらお前が先に死んでるよ」
ケラケラとおかしそうに笑う男に反し、竜は少しだけ血を浴びてしまった服を見てため息をつく。
「しかし、『ゆうた』って誰だろうな?」
「『ゆうた』?」
「あぁ。こいつ、死ぬ前にその名前を呼んだんだ」
「へぇ? 誰からも必要とされてない人間が誰かの名前を呼ぶなんて、珍しいな」
こいつらきまぐれで4つの死の選択をさせられ、外へ出れるのだと、まんまと引っかかってしまったのだ。
射撃の的にされた洋太の遺体を廊下に放置したまま、男たちは歩き出し、重たい鉄の扉は固く固く閉められた……。
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